第49話 闇属性の今後

 マルティナとロランが国王への謁見で昨日の詳細を説明し、謁見が終わった後の午後。国王の執務室には、宰相と軍務大臣が招集されていた。


「まずはガザル王国への対応だが、こちらは賠償金の請求や輸出入の停止または制限、さらには入国制限など、各種制裁を課す方向で問題ないか?」

「はい。さらに国際会議の最中に起こったことですから、ガザル王国の罪を他国へ公表いたしましょう」


 宰相のその言葉に、国王は頷き了承した。


「ではガザル王国については、そのように取り計らってくれ。……そして次の議題だが、闇属性に関して話し合いたいと思っている。現在の我が国では闇属性に対する悪い印象が広がり、王家としてもそれを否定してはこなかった。しかしマルティナを助けたのは、闇属性であるロランだ」


 国王のその言葉を聞き、まず口を開いたのは軍務大臣だ。


「私は正直、闇属性に対する偏見を持っていました。どこかで悪人が持つものといった印象が、私の中に根付いてしまっていたのです。しかし政務部で真面目に働く官吏が闇属性だったという話を聞き……自分を恥じました」


 静かに悔いるように話す軍務大臣に、国王は真剣な表情で同意するように頷いた。


「私も同じだ。しかし闇属性が現在のように嫌われ、疎まれるようになった背景には、確かに過去の闇属性を持つ者たちが犯罪を犯してきたからというのも事実だ」

「そうですね……他の属性でも犯罪者はもちろんいるのですが、闇属性はその力が犯罪に直結しているため、どうしても目立ってしまっています」


 国王の言葉に宰相が静かな声音で言葉を続け、執務室には沈黙が流れた。


 今までの歴史で何度も闇属性を持つ者が冒してきた犯罪は、ストーカーからの誘拐や殺人などだ。相手の魔力の形を覚え、同じ街の中にいる限りどこに逃げてもすぐに見つかってしまうというのは、皆に恐怖心を与えた。

 そしてその恐怖心は犯罪者に対してではなく、闇魔法に対して向けられるようになったのだ。


「闇属性自体が悪いのではなく、それを悪用する人間が悪いのですが、一度根付いてしまった偏見をなくすのは容易ではありません」

「そうだな……今まで闇属性の者が王宮で働いたことはあったか?」


 国王のその言葉に宰相と軍務大臣はしばらく考え込み、まず口を開いたのは僅かに眉間に皺を寄せた宰相だ。


「調べてみなければ確かなことは言えませんが、官吏としてはいなかったかと。今回のように隠している場合は分かりませんが」

「騎士団にも入団した者は、少なくともここ十年はいないはずです」

「確か魔法学校には十年ほど前に一名入学しておりますが、最終的には様々な偏見に晒されて退学していたかと」


 闇属性を持つ者に対する碌な経験がなく、ロランへの対応をどうすれば良いのか判断できずに三人は黙り込む。


「今回の官吏が闇属性だというのは、広まってしまっているか?」

「現状ではそれほどではないと思いますが、兵士と騎士が多数目撃しておりますし、ガザル王国の者たちも見ております。またマルティナを助け出した背景を説明する際に、そこを隠すわけにはいかないかと……」

「では闇属性であることは広まるという前提で、今後について考えなければいけないということだな。さすがにそれを理由に罷免するというのは避けたいが、このまま雇い続ければ混乱は避けられないだろうか……」


 鎮痛な面持ちで発された国王の言葉に、宰相と軍務大臣は躊躇いながらも頷き口を開く。


「今回の官吏をよく知っている者たちは問題ないと思いますが、それ以外の関わりがない部署などからは、様々な苦情が上がる可能性があるかと思います」

「その者のことを考えても、働き続けることは辛いのではないかと……」

「もし雇い続けるのであれば、この機会に闇属性の地位向上のため国を上げた計画を進行するぐらいでないと……」


 宰相がそんな提案をするが、国王は頷かずに厳しい表情で考え込むだけだ。

 それからしばらく執務室内には沈黙が流れ、三人の頭の中ではロランにどうやって穏便に官吏をやめてもらうか、それとも他人と関わらない部署に移動してもらおうか、そんなことを考えていた時……執務室の扉がノックされた。


「会議中、大変失礼いたします。先ほどラフォレ様から今すぐ陛下の下へ届けてもらいたいと、書類を預かりまして……どうしてもということでしたので、お声がけさせていただきました」

 

 宰相補佐である男の言葉に三人は顔を見合わせると、宰相が椅子から立ち上がり執務室の扉を開けた。そして書類だけ受け取り戻ってくる。


「聖女召喚に関することか?」


 ラフォレといえば今回の計画の主要メンバーのため、そんな人物からの緊急連絡ということで三人の間には緊迫の空気が漂った。

 しかし宰相が封筒から書類を取り出し、そのタイトルを読み上げたところで、その空気が困惑のものに変わる。


「闇属性魔法の重要性について……だそうです」

「どういうことだ? なぜ歴史研究家のラフォレがそのような書類を……」

「そういえば此度の官吏は、本名がロラン・ラフォレでした。もしかすると、ラフォレ様の孫に当たるのでは……それにこの書類、マルティナとの連名になっています」


 その書類は急いで作られたことが分かるような、急拵えのものだったが、三人は国にとって重要な人物からの書類ということですぐに目を通した。


 するとその書類には、魔法属性と性格が一致するのかどうかについて研究された過去の書物や、闇属性を持つ者が救世主となった場合の過去の事件や出来事に関する書物など、闇属性を擁護するような書物のタイトルが連ねられていた。

 さらにはマルティナがつい先日発見した、聖女召喚の魔法陣には闇属性の魔法が必要不可欠であることも。


「――こんなものを作られては、無碍にするわけにはいかんな」


 そう呟く国王の表情は、先ほどと違って明るく晴れやかだ。


「そうですね……特に聖女召喚の魔法陣に闇属性が必要不可欠という点は、かなり大きいでしょう。そこを上手く強調することで、一気に闇属性に対する印象を変えられるかもしれません」

「ラフォレ様が協力してくださるのなら、貴族や国民に対して説明する資料にも事欠かないでしょう」

「――分かった。では闇属性に対しては、国を上げて地位向上に努めることとする。したがってロランはこのまま官吏として雇い、またその立場が脅かされないようしばらくは配慮を続けることにする」


 国王が宣言したその言葉に、宰相と軍務大臣は晴れやかな表情で頷いた。


「かしこまりました。国が闇属性を必要としていることを示すためにも、騎士団として闇属性の者を募集しても良いでしょうか。希少属性のため、光属性と同じように属性指定の募集をしても良いかと思います」

「確かにそうだな。ではその方向性で進めてくれ。また魔法学校でも闇属性の者を歓迎し、闇属性を教えられる教師も雇いたい」

「かしこまりました。ではそちらは私が手配をしておきます」


 そうして国のトップである三人の話し合いによって、長年不遇な立場に甘んじていた闇属性は、一気に日の目を見ることとなった。

 闇属性魔法が国のために活用され、闇属性の魔法使いが皆に感謝を伝えられる日も、そう遠くないだろう。

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