第14話 調査隊会議

 瘴気溜まりに関する情報をまとめ、それを政務部の官吏たちに説明して、さらには各貴族へ通達をする準備にも手を貸して……と忙しく働いたマルティナは、あっという間に午前の勤務時間を終えた。

 食堂でお昼をとったら、そのまま政務部には戻らず調査隊の集まりが開かれる会議室に向かう。


「確か会議室は、三階の一番大きな部屋だったはず……」


 書状に書かれた場所を思い返しながら進むと、目的の会議室の扉は大きく開かれていた。そしてその部屋の前にはちょうど、第一騎士団の団長であるセドリック・ランバートがいるようだ。


「マルティナ、昨日ぶりだな」

「昨日はお世話になりました。ランバート様も瘴気溜まりの調査隊に召集されたのですか?」

「そうだ。何人かの研究者と騎士、そして瘴気溜まりに関する情報をもたらしたマルティナがメンバーらしい。調査隊の隊長は俺が務めることになったからよろしくな」

「そうなのですね。よろしくお願いします」


 マルティナは顔見知りで自分の能力について把握しているランバートが隊長と分かり、安心したのかほっとしたように口端を緩ませた。


「では中に入ろう。そろそろ研究者たちも来るだろう」


 二人で中に入り少し待っていると、四人の人物がぞろぞろと会議室に入ってきた。

 先頭は白髪に同色の髭が特徴的な、背の高い老年の男性だ。相応の年齢だと伺えるが、背筋はピンと伸びていて動きはハキハキと素早い。


 その男性に続くのは穏やかそうな壮年の男性に、猫背気味の若い男性、そして目付きが鋭く年齢不詳な見た目の女性だった。


「待たせたな」

「いえ、私たちも先ほど来たところです。皆さんはご一緒に来られたのですか?」

「そうではない。そこで偶然出会っただけだ」

「そうでしたか。ではさっそく会議を始めましょう。陛下からは全部で六人と聞いておりますので、これで全員のはずです」


 ランバートのその言葉でそれぞれが好きな席に腰掛け、調査隊の初回の会議が始まった。


「まずは軽く自己紹介としましょう。私はセドリック・ランバートです。第一騎士団の団長の任を拝命しており、此度の調査隊の隊長も務めます。私の他にも多くの騎士が調査には同行すると思いますので、よろしくお願いします」

「君が隊長なのか、よろしく頼む。私は歴史の研究をしているオディロン・ラフォレだ。まだ詳しい事情は知らないが、過去の文献などを調べるのであれば力になれるだろう」


 ランバートの後に口を開いたのは白髪の男性で、その男性の名前を聞いた瞬間にマルティナが少しだけ体をビクッと動かした。


 オディロン・ラフォレと言えば歴史研究家としてかなり有名な人物なので、本などで名前を見たことがあったのだろう。

 ラフォレとは王国の由緒正しき侯爵家の名前で、そこから派生した子爵家も存在している。オディロンは侯爵家の次男として生まれ、歴史研究の功績で子爵位をもらい、ラフォレの子爵家を開いた人物だ。


「ラフォレ様、よろしくお願いします」


 ――まさかそんなに凄い人だなんて思わなかった。ラフォレ様なら、ランバート様が丁寧に接しているのにも納得だ。


「では次はラフォレ様のお隣の方――」


 それからも自己紹介は恙無く進み、残りの三人の研究者はそれぞれ植物専門、地質専門、魔物専門の研究者だった。

 研究者をまとめるのはオディロン・ラフォレに決まり、あとはマルティナの紹介を残すのみだ。


 書状でマルティナのことを聞かされているのか、四人の研究者は例外なくマルティナに探るような、興味深そうな視線を向ける。


「最後にマルティナ、挨拶を頼む」

「かしこまりました。私はマルティナと申します。政務部で官吏として働いておりまして、此度は瘴気溜まりが発生した現場に同行した縁と、さらには黒いモヤが瘴気溜まりだという情報を持っていたということで、陛下より調査隊の一員として任命されました。少しでも皆様のお役に立てるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします」


 その挨拶を聞き、まず口を開いたのはラフォレだ。マルティナのことを見定めるような瞳と口調に、マルティナは緊張の面持ちでゴクリと喉を鳴らす。


「その瘴気溜まりというもの、私は今回の書状を受け取り調べたのだが、短時間では書物に記述を見つけられなかった。君はなぜ瘴気溜まりについて知っていたんだ?」


 問いかけに答えようとマルティナが口を開きかけると、マルティナより先に魔物を研究している女性が口を開いた。


「私も長年魔物について研究しているけど、瘴気溜まりという言葉すら聞いたことがなかったわ」


 さらに続けて、地質研究をしているという猫背の男性がテーブルを見つめたままボソボソと早口で言葉を紡ぐ。


「ぼ、僕も、地質について研究するために世界中を巡っているんですけど、魔物を排出する黒いモヤなんて一度も見たことがありません……そもそもその黒いモヤとはどのような物質で成り立っているものでしょうか。地面の近くにあったらしいですが、地中から作り出されているとすれば地中を構成する物質の中でモヤを作り出すようなものは存在しないので、もしかしたら何か新種の物質が作り出されたのでは――」

「ほら、そんなに捲し立ててはマルティナさんが困ってしまうよ。すみませんね〜。ちなみに私も植物を調べるために森にはよく入りますが、書状にあったような黒いモヤは見たことがありません」


 植物研究をしている男性が話に割って入り、穏やかな表情でマルティナを見つめた。


「あ、そ、そうですか。あの、情報をありがとうございます」


 マルティナは三人が立て続けに口を開いたことで少しの間だけあっけに取られていたが、すぐに持ち直して自分の能力を説明するために口を開いた。


 平民図書館の本を読破し、中古本屋でも珍しい本を端から読み、さらには王宮図書館の本も読み進めている。そして読んだ本の内容は絶対に忘れない、完全に記憶できる。


 そんなマルティナの説明を聞いて、ラフォレが怪訝な表情でマルティナを見つめた。


「では君は何千冊、いや何万冊もの本の中身を全て覚えていて、いくつかの本に瘴気溜まりという言葉があり、それが今回の現象と似通っていたため、黒いモヤは瘴気溜まりではないかという結論に達することができた、そういうことか?」

「はい、そうです」

「信じられないが……この場で嘘をつくことも考えられないか。では、その瘴気溜まりについて記述がある本を教えてくれないか?」

「もちろんです。私が知っている限り、瘴気溜まりは四冊の本に記述がありました。その中でも三冊は暗黒時代についてまとめられた書物で、一冊は悪魔に関する研究の論文です」


 そこからマルティナが本のタイトル、ページ数、瘴気溜まりの記述がある部分の本文抜粋を何も見ずにスラスラと行なったことで、四人の研究者たちはマルティナの特異な能力を実感することになった。


「……信じられない記憶力だな」

「とてもありがたいと思っています」

「今の話を聞く限り、今回の黒いモヤが瘴気溜まりである可能性は高そうだ。我々はその調査をし、消滅させる方法を考えなければいけないということで良いか?」

「はい。仰る通りです」


 ラフォレの問いかけに答えたのは、今度はランバートだった。ランバートは紙束を取り出して、それを一枚ずつ配っていく。


「この紙には瘴気溜まりに関する現時点で分かっている情報と、我々調査隊が調査をするべき点をまとめてあります」

「ほう、確かに知りたいことばかりだ。マルティナの話では瘴気溜まりを現時点で消滅させられる可能性があるのは、聖女という特殊な存在の召喚を除けば光属性の魔法使いだけだったが、他の方法を徹底的に検証するのだな」

「はい。光属性の魔法使いは数が少なく集めるのが難しいので、他に方法を見つけることができるのが理想です。ただ我々の調査と並行して光属性の魔法使いを陛下主導で集めてくださっているようなので、他の方法が見つからなければ光魔法を試すことになります」


 そこで今回の調査隊の役割を完全に理解した研究者たちは、各々の専門分野を用いて瘴気溜まりに対する検証の内容を考えた。


「私は瘴気溜まりから生み出される魔物の種類や大きさ、また生み出された魔物と普通に生息している魔物の違いについて検証したいですね」

「僕は瘴気溜まりがある場所の地面に変化があるのかどうかを、調べようと思います」

「私はやはり植物ですね〜。瘴気溜まりが植物に影響を及ぼすのかどうか、調べてみたいです」

「私は歴史研究の専門家なので、現場というよりも書物を調べたいな」


 これらの意見をまとめて今後の方針を決めるのは、ランバートの仕事だ。


「分かりました。ではまずは現地に向かって、瘴気溜まりの現状を調べましょう。そしてそれらの情報を持ち帰り、各々で瘴気溜まりをどうやって消滅させれば良いか案を出し、それを次回で試すのはどうでしょうか」

「賛成だ。私も一度は実物を見てみたいからな」

「異論はないです」


 誰の反対もなかったことで今後の方針は決定となった。最初の現場検証は皆の予定を合わせて三日後の午前中となったので、それまでは各自で検証の準備だ。


「では三日後に、またこの会議室に集まりましょう」

「分かった。三日後までにできる限り準備をしておく」

「よろしくお願いします」

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