第11話 報告と軍務大臣

 王宮に戻ったマルティナは、ランバートに連れられて軍務大臣のところに向かっていた。緊急事態の場合のみ、事前の約束なしで大臣室に向かうことが許されているそうだ。


「軍務大臣ってティエルスラン侯爵ですよね」

「そうだ。とても誠実な方だから安心すると良い。陛下も尊敬できる素晴らしいお方だし、マルティナの言葉が軽くあしらわれることはないだろう」


 マルティナはランバートのその言葉に安心し、ガチガチに固まっていた体の力を少しだけ抜いた。


 それから王宮内を足早に進み、数分後に二人は軍務大臣室の前にいた。


「軍務大臣、緊急の連絡があると第一騎士団の団長と、政務部の官吏が来ております。通しても良いでしょうか?」


 部屋の前にいる護衛が中に声をかけると、すぐにドアが開かれた。軍務大臣は執務机に座って書類仕事の最中だったらしい。


「ランバート殿、官吏殿、どうしたんだ?」

「緊急事態ゆえ用件から申し上げます。東の森に黒いモヤが発生し、そこからこの地域には存在していない魔物を含む大量の魔物が産まれています。現在は何とか押さえ込んでおりますが、いつどうなるかは分かりません」

「……魔物が産まれているのか?」

「はい。そのモヤについてはこちらのマルティナが知識を持っていますので、マルティナから説明いたします」


 ランバートに紹介されたマルティナは、緊張の面持ちで少し顔を上げた。


「政務部に所属しております。マルティナと申します。黒いモヤは瘴気溜まりと呼ばれるものである可能性が高いです。暗黒時代を読み解く、暗黒史、人類の起源、悪魔の生態という四冊の本にその言葉が載っておりました」


 それからマルティナがランバートにした説明と同じ内容をより詳しく話すと、軍務大臣はポカンと口を開いて固まってしまった。


「……ど、どういうことだ? なぜそんなに色んなことを知っている? 暗黒時代を研究しているのか?」

「いえ、私は人よりも優れた記憶力がありまして、一度でも読んだり聞いたりしたことは忘れないのです。その記憶力のおかげなのか読書がとても好きになり、平民図書館の本を読破いたしました。現在は王宮図書館の本も読み進めており、その記憶から話をしています」


 マルティナのその言葉をすぐには信じられないのか、軍務大臣は微妙な表情で口籠る。


「軍務大臣、マルティナのこの言葉は真実です。私はその凄さを目の当たりにいたしました」

「……分かった。ランバート殿が言うならば信じよう。しかし先ほどの書物は確認させてもらう」

「もちろんです。ページ数まで覚えておりますので、後で伝えさせていただきます」


 何気なく発されたページ数までという言葉に、ランバートは瞳を見開き驚きを露わにした。軍務大臣はすでに驚きを通り越して茫然としているようで、深く考えることを放棄したのか表情を変えずに口を開く。


「……今聞いても良いか? このあとすぐに書物を確認して、陛下へ相談申し上げようと思っている」

「もちろんです。では暗黒時代を読み解くから伝えさせていただきます。こちらには瘴気溜まりに関する記述が各所にありまして、まず最初に出てくるのは二十七ページの六行目でして――――」


 それからマルティナは僅かでも記述がある部分は全てを伝え、軍務大臣が畏怖のこもった眼差しでマルティナのことを見つめるようになった頃、やっとマルティナの報告は終わった。


「ありがとう。ではこれを元に陛下と相談し、今後の方針を決めようと思う。方針が決まり次第に通達するので、それぞれ騎士団と政務部で待っているように」

「かしこまりました」


 マルティナとランバートは軍務大臣に礼をすると、大臣室を後にした。


「これからどうなりますかね……」


 大臣室からそれぞれの仕事場に戻る途中、マルティナが不安そうな声音でそう呟いた。その言葉を耳にしたランバートは、王宮の廊下から暗雲に覆われた空を見上げて口を開く。


「しばらくは慌ただしい日々が続くだろうな。被害が広がらなければいいが……」

「祈るしかないですね」

「そうだな。しかしマルティナの活躍で、早期にあのモヤの正体が分かり対処ができるだろう。被害は最小限に抑えられるはずだ。マルティナのおかげだな」


 ランバートのその言葉で少しだけ不安が和らいだのか、マルティナは口端を緩めた。


「ありがとうございます」

「お互い国を守るために全力を尽くそう」

「はい!」


 二人は力強い表情で頷き合い、それぞれの仕事場に戻った。

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