第8話 マルティナの真価

「第一騎士団の一から五班を救援に送る。他の班も状況次第では追加で送ることになるだろう。大至急騎士団の派遣体制を整えて欲しい。東の森に一番近い外門を使う」


 ランバートのその言葉にロランはハッと我に返ったように立ち上がり、慌てて頷いた。


「か、かしこまりました……! 今すぐ東の森に近い外門を一般人の通行禁止にし、そこまでの大通りも通行規制とします!」

「頼んだ」


 ロランの言葉に頷いて険しい表情で詰所を出ていこうとしたランバートに――控えめな、しかしよく通る声でマルティナが声をかけた。


「ランバート様、差し出がましい意見だと思いますが……私は一班から五班を派遣するのは止めるべきだと思います」


 その言葉を聞いて、ランバートは怪訝な表情で振り返る。そんなランバートに顔を強張らせながらも、マルティナは硬く拳を握りしめて口を開いた。


「敵はボア系と火を操る魔物、さらにワイバーンという事でした。それならば遊撃が得意な二班は相性が悪いです。盾使いが多い班を選ぶべきだと思います。九班は全体的な実力では他の班に劣りますが、盾使いが三人に弓使いと槍使いがいます。ボア系には最適でしょう」


 官吏になって僅か一週間のマルティナが、騎士団の実情を完璧に把握して最適な提案をしている様子に、ランバートとロランは呆気に取られた。


「それから火を操る魔物には圧倒的に水魔法が有利ですから、班は関係なく水属性を持つ騎士を全員派遣するべきです。水属性を持つ騎士は全部で二十一人。四、五人ずつ班に追加しましょう。またワイバーンですが、ワイバーンは一見強く見えますが弱点がいくつかあります。魔物図鑑第二巻三百六ページに、ワイバーンの色による弱点の違いが記されていました。緑色のワイバーンは瞼の上に平衡感覚を司る器官があり、そこを突けばすぐに落ちます。赤色のワイバーンは足です。他のワイバーンよりも少し足が大きく、それがなくなると飛べません。黄色は尻尾です。実は黄色のワイバーンにのみ小さなしっぽがあります。そこには痛覚が集中しているらしく、攻撃されると致命傷になります。また植物図鑑第三巻百七十二ページにコラムがあったのですが、ユルウカという植物が――」

「ちょっ、ちょっと待て!!」


 気が急いているのか早口で重要な情報を垂れ流すマルティナを、ロランが止めた。


「マルティナ、普通の人はお前みたいに記憶力が良くないんだ。一度にたくさんの情報を聞いたところで覚えられない」

「あっ、そうでした。えっと……では今から紙に書き起こして……」


 マルティナが慌てて書類の束から白紙の紙とペンを取り出したところで、呆気に取られていたランバートがマルティナの腕を掴んだ。


「お前が直接現場に来るのが一番早い。俺と一緒に来てくれるか? 俺から離れなければ身の安全は保証する」

「え……私が、ですか?」

「ああ、魔物と騎士団に関しての知識は俺よりも上だと、先ほどの助言で分かった。来てくれたらありがたい。さっきの口ぶりからして魔物図鑑を読み込んでいるのなら、王都周辺に普通は現れない魔物についても知ってるよな? ワイバーンは王都周辺に現れたことなど一度もない魔物だ。他にもそういう魔物がいた場合、少しでも知識があると安全性が格段に上がる」


 強い意思のこもった真剣な眼差しで見つめられたマルティナは、少しだけ躊躇いながらもゆっくりと頷いた。


「私で、お役に立てるのでしたら」

「ありがとう。ではいくぞ!」


 ランバートはマルティナの言葉を聞いた瞬間に、腕を引いて詰所のドアを開けた。


「……マルティナ、絶対に生きて返ってこい! こっちのことは任せとけ!」


 ドアが閉まる直前にロランが叫び、マルティナの返答がロランへと届いたか届いてないか、微妙なところでバタンっと大きな音を響かせて扉は閉じた。


 マルティナは大股で歩くランバートについて行くため、駆け足で騎士団詰所の外を歩く。


「まず、さっき言ってたユルウカってなんだ?」

「黄色い花を咲かせる植物です。ワイバーンが好むと書かれていたので、もしあるならばワイバーンを王都とは反対の方向に誘導できるのではないかと思いました」

「分かった。ではその植物も探させる。ただその前に班編成だ」


 急足で訓練場に向かうと、そこには慌ただしく装備の準備をしている騎士たちがいた。緊急事態ということで、全員が訓練場に集められているようだ。


「皆、聞いてくれ! 魔物に合わせて最適な班編成を伝えるので、それに従って動いて欲しい。ここにいるマルティナは俺が認めた人材だ。この緊急事態が終わるまでは、マルティナの言葉は俺の言葉と同等だと思ってくれ。ではマルティナ、よろしく頼む」


 ランバートの言葉を聞いて騎士たちはマルティナの存在を不思議に思いながらも、団長が言うことならとほぼ反発することなく頷いた。

 日頃から団員たちと、友好関係を構築しているランバートの言葉だからこそだろう。


「まずは一班に出動を要請します! 一班に加わっていただきたいのは、レジス様とマチュー様、テランス様です。水魔法を使えるお二人は火属性持ちの魔物を、テランス様は弓の命中度が素晴らしいですから、ワイバーンを狙ってください。ワイバーンの弱点は後で伝えます。では次、三班に出動を要請します!」


 それからマルティナが各騎士の得意な武器や戦い方、それぞれの騎士の相性、魔物の種類や弱点にまで言及して班構成を決めていったことで、騎士たちは最初よりも真剣にマルティナの言葉に耳を傾けるようになった。


 十分ほどで全てを話し終え、騎士たちは急いで準備を再開する。


「騎士団長、遅れました」


 そんな頃に訓練場へと駆けてきたのは、副騎士団長のフローラン・ラヴァンだ。ラヴァンとマルティナはこれが初対面だからか、互いに数秒間顔を見合わせた。


「後半だけですが、あなたの話は聞いていました。なぜ官吏がと疑問ばかりですが、この緊急事態にその知識は役に立ちます。協力、よろしくお願いします」

「は、はい! 最善を尽くします」

「団長、私はこちらに残ったほうが良いでしょうか」

「そうだな。現場には俺が行くから、お前はここで情報を精査して欲しい。現場から何かあれば伝達を送る」


 それから十分ほどで準備が整い、政務部に戻っていたロランが緊急出動の体制が整ったと訓練場に駆け込んできたところで、ランバートの号令によって騎士たちは一斉に東の森へと出動した。


「マルティナ、気をつけろよ!」

「はい! ロランさんも、調整よろしくお願いします!」

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