十話 拷問
「……まあとりあえず、状況を整理しよう」
ショーン達は酒場を抜けて、南の地区の真ん中にある噴水広場にいた。石造りのシンプルなデザインで、面白みはこれといって無いが、安心感はある。
周りには観葉植物やベンチが、取り囲むように置いてある。
周囲では他の地区の住民が避難してきている。主に高齢の人々が集まり、お互いの身に起こった事を共有しあっていた。
彼等は主にベンチに座ってたりしているが、その内の一つに、ジャックは全身を預ける様に座っていた。
彼は先程よりも落ち着いてるが、まだ息が少し荒い。ジャックが泳ぐ目で見上げると、心配そうに見つめるショーンとキーラが見えた。
「話せるか」
「……いける」
彼がハッキリと返すと、ショーンは「よし」と言い地面に落ちた小石を拾った。
そして彼の前に屈むと、地面にサッカーボール位の丸を描いた。恐らくこれがニューコランバスだろう。
「取り敢えずだが」
そして大きな丸の北、東、西の端っこに×マークを付けて、南の端っこに△マークを付けた。
「まあなんと言うか、この町は包囲されている」
「エスコドールノ軍ニ?」
「かもしれん」
ショーンは左上辺りにエスコドールの顔を描いた。意外と特徴は得ているが、そんな事は関係ない。
ショーンは彼の顔を訝しむ様に、ジッと見ていた。キーラも彼の事を知ってるのか、嫌そうな顔をしていた。
「麻薬で財を成したクズだ、金なら腐る程ある……あんな軍隊共雇えて当ぜ――――」
彼が決めつけるように話す中、ジャックは脳裏にはあの記憶がまだ、微かにこびり付いてるのに気付いた。
それは最小限に留まってるものの、とても不快で恐怖や不安を彼の脳内に直接煽ってくる。
ジャックはそれが嫌である。何とか振りほどこうと、ショーンの図から向こうにいる住民の群れへ目を向けた。
何かいないのか。気を紛らわせる物は、紛らわせる者はいるのか。まだまだ蠢いてる。不快だ。
だが消すことは出来ない。塗り潰さないと行けないんだ。何で塗り潰すべきか――――
――途端、ジャックある者を見つけた。
「……どうした?」
ショーンは向こうを吟味しているジャックへ、慎重に声をかける。ジャックは彼に目を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「まだ……疑問点がある」
「?」
肩をすくめるショーンに対し、ジャックは二回程頷く。そして重い体に耐えながら、強引に立ち上がった。
直後少しよろけたが、直ぐに姿勢を立て直しキーラの元へ歩いた。彼がキーラへ手を差し伸べると、彼女は戸惑うように持っていた物を渡した。
それはあのケース入りのバッグである。彼はそのバッグを自らの肩辺りに掲げた。
「これと、あの警察署の件がまだ解決してない」
「警察署って……あぁ、理由の無い休業日の……」
ジャックが持つ疑問に、彼は少し間を置いて溜息を吐いた。彼は少し呆れているようだ。
「あくまで今襲ってる奴の話なんだ、関係あるか?」
「でも同じ日に起こった事だ、因果関係はあるだろ」
「じゃあ因果関係があるとして、証拠が無いようなもんを、どう結びつけるんだ……」
彼の言葉には怒気が見え隠れしている。だがジャックはショーンに何も返さず、彼の後方を覗き見るように見た。
彼のまた不審な行動に、ショーンの表情に再び疑問符が浮かんだ。
「確かにケースの件は当人が死んだからな」
ショーンは、彼が妙な行動を取った理由が分からなかった。
そして彼につられる様に、後ろの方を振り向くと、「あ」と素っ頓狂な声を上げた。
振り向いた先にはある男が紛れていた。緑色の肌、背は低く、容姿は化け物の様だ。
彼は昨日魚人達の酒場で出会った、ゴブリンの警官である。
彼は半そでの落ち着いた私服を着て、住民達に見事に紛れ込んでいる。
だが男の特徴である疲れ切ったその目は、彼以外の住民は持っていなかった。
彼に気付いたショーンは、少し驚いた表情でジャックに振り向き直した。
「だがソイツは生きてる」
そう言うと、ジャックはゴブリンへ向かって歩き始めた。
彼の足取りは調子が戻ったのか軽くなっており、ゴブリンとの距離を一気に縮めていった。
ゴブリンの男は吞気に欠伸をしている。しかし彼が迫って来るのに気付くと、一瞬で血相を変えて逃げようとした。
それよりも速くジャックは彼の首根っこを掴み、自分の元へ強引に引き寄せる。
尚も男は抵抗しようとしたが、ジャックが彼の首元へ銃を突き立てると途端に大人しくなった。
「何故逃げる」
銃の安全装置を外す音が男の耳元で響き、ゴブリンは「ヒッ」と裏声を上げた。
幸い周囲は驚くだけで、特にバレてはいなそうではあった。
――――――
噴水広場を直ぐ抜け、数個程の建築を過ぎると、割と小さな小屋が見える。
広場辺りに人が集中していた為、人の気配は皆無に近い。そこへジャックはゴブリンの男を強引に連れて来ていた。
古ぼけた小屋へと連れていく中、ゴブリンはジャックへ「やめてくれ」だの「勘違いだ」だのほざいている。
だがジャックは聞く耳を持たず、更に強く引きずって行った。
そんな彼に対し、ショーン達はただ付いて行く事しか出来ない。
取り敢えず周りに誰かにいないか見張っていた。
ジャックは小屋のドアを蹴破ると、そこへゴブリンを力一杯投げ入れた。
「だぁ……!」
男は奥の壁へと勢い良く転がると、鈍い音を出しながらぶつかった。彼がぶつかった痛みに悶え苦しむ中、ジャックは銃を向けながらゆっくりと入った。
小屋の中は外観同様、古く、汚く、そして薄暗い。唯一の明かりも右壁の上辺りにある、小さな小窓から差し込む光だけだ。
光はゴブリンの方へ伸び、彼が犯罪者であるかのように照らした。
「警察署の事について話せ」
銃を向けたまま聞くジャックに対し、彼は壁を背に座ったまま何も話さない。
後に入ってきたショーンがドアを閉め、場内がより一層暗くなると、ジャックはポケットからサイレンサーを取り出して銃へつけ始めた
「どえらい目に合わないように、話した方がいいですよ」
「……」
一応は目上の人の為、ショーンが割と丁寧な言葉で諭すも、尚もゴブリンは固い口を開かない。
そんな彼の元へジャックが駆け寄り、片手で口を押えつけた。
そして彼の右太ももへ銃口を突き付け、引き金を引いた。
「~~!!!!」
『パス』と布を叩くような音が鳴ると、ゴブリンは口で押えられても聞こえる程の悲鳴を上げる。
叫び声が響く中、ショーン達は何も言わず彼を見つめるジャックに微かな恐怖を感じていた。
キーラに至っては酒場の事もあり、恐怖を感じつつもかなり心配していた。
「喋る気になったか」
彼は銃口を左の太ももへと移すが、ゴブリンは涙目を浮かべながらも口を堅く結ぶ。
ジャック彼の顔を見て「そうか」と抑揚も無く言うと、容赦無くもう一度引き金を引いた。
布を叩く音、そして押さえつけられた悲鳴、一連の業務を行う中でジャックの表情は一切動かない。正に「無」だ。
「喋る気になったか」
もう一度ジャックは同じ事を言うが、ゴブリンはかなり強張った表情でそれを拒否した。
「そうか」
機械的に同じ言葉を紡ぐと、今度はゆっくりと銃口をスライドし始めた。
まず左肩へ、そこから右にへと向けていく。途中で脳天へと位置が上がると、彼の震えが一気に強くなった。
彼は涙をより一層流すが、ジャックは気にせず銃口を胸骨の真ん中に向けてる。
そしてゆっくりと下へと落としていった。最初はへそ……その次に腰……そして……遂にその銃口が股へと向けられる。
ゴブリンは引きづった様な喘ぎ声で、ジャックの顔を見続けていた。彼の顔は以前として「無」だ。だが彼の目にはあらゆる感情がこもっていた。
「もう一度言う」
お金への欲求、暴力への欲求、そしてある理由による行為の正当化、何かを紛らわす出来事への欲求。
そしてそれら四つで全力で塗りつぶそうとしている、「過去」への恐怖。
だがその「恐怖」は塗りつぶせず、逆に覆いかぶさってくる。その眼を見たゴブリンをも巻き込み――――。
「喋る気になったか」
「…ァィ」
股関に突き付けられた"ソレ"よりも、眼に脳を焼かれたのだろう。男は裏返った声で全てを話そうとした。
一連の行動を、ショーンは何とも言えない表情で見ていた。
キーラもショーンと同様の表情をしていたが、何か訝しむ様な感情が混ざり込んでいた。
彼女にはジャックがどういう人物か分からないのだ。ここまで爆破やカーチェイスと、連続して危機が起こったが、それらを涼しい表情で難なく切り抜けている。
かと思えば急に血相を変え、満身創痍の状態になったかと思えば、コロっと体調を戻し、尋問と言う名の拷問をこれまた涼しい顔で行う。
彼は生まれながら、もしくは何かあったサイコ野郎なのだろうか。
「
彼女の漏らした本音にショーンがゆっくり頷き返す中、ゴブリンは涙目で警察署の件を話していた。
その時だろうか、小窓の方から風を切る音が聞こえた。それも一瞬。それと同時にゴブリンの方から何かが潰れる音がした。
彼らが無意識に音の方を向くと、ゴブリンの喉に丁度人差し指が入れそうな穴が開いていた。
穴を開けられた本人は声を出そうとするが、どう頑張っても掠れた声しか出せない。
何が起こったか理解出来ずショーン達に目を向けると、彼等は驚いて銃を取り出しながら小窓の方を見ていた。
「……………!?」
穴から血が吹き出した所でゴブリンは何が起こったか完全に理解した。彼は機密漏洩を防ぐため銃で撃たれたのだ。
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