八話 追走劇 Ⅲ

 今までの奴とは違い、二人は異様な空気を放っていた。


 彼等は派手な登場の後、いの一番にショーンのバギーへと矛先を向けた。

 魔法の補正か、二人共可視化された花緑青はなろくしょうのスリップストリームを纏っている。

 見た目だけではないらしく、ジャックをあっという間に置き去りにし、ショーンへと急速に迫っていった。

 迫って行く中で気付けば彼等は、襲撃者達のバギーの横に付いていた。

 バギーの運転手は助っ人の登場に「早くぶっ殺してくれ!」と、もう一方のバギーを笑顔で指差しながら叫ぶ。

 第二班も嬉しいのだろう。風の槍の男が素晴らしい笑みを彼等に向け、お祝いの品を差し出すように、槍を振り上げた。


「?」


 斜め一閃、バギーは発動機と男ごと抉れ、爆発炎上しながら飛び上がった。


 朱色の花と訛り色の煙を纏い、野郎のバギーはショーンに向かって弧を描きながら飛んでいく。

 さながら質量が高く、射程の短い砲弾。当たったら一溜まりもないが、動きは鈍重である。

 ショーンは砲弾を難無く避けると、目的地に向かって逃げ続けた。

 一方、地と対面したバギーは更に爆ぜ、横一面を朱色に染め、炎の壁を作り出した。


 壁は第二班を燃やし尽くそうと、堂々と立ちはだかった。

 触れただけでも、その命を散らしてしまいそうだ。だが彼等に纏わりつくストリームが炎に触れると、ぽっかりと穴が開くように掻き消えた。


 彼等が難なく通ると、壁は直ぐに戻り、今度はジャックの前に立ちはだかる。


 ジャックは自らを守るものを身に着けていない。度々炎を潜ったりはしたが、これはその倍の面積と高さだ。

 一度入れば一溜まりもない。これは他の道を使うのが安全策だろう。ジャックは冷静な目でバイクのブレーキレバーを引――――その瞬間、彼の脳裏にあの報酬の話が浮かぶ。


 あの時彼は、一ヶ月食うのに困らない料の金を貰った。三日経てば、それの三倍の報酬金が貰える。そう、三倍の報酬をだ。

 その報酬金を使えば……使えばだ……もしかしたら自らの……思い出を……消すことが……。


 ――怒りと呆れ、そして覚悟の目へと変わったジャックは、バイクのアクセルグリップを更に強くひねり上げた。


――――――


 ここからは獣の腕がついた男を「獣腕」そして風の槍を持つ男を「槍男」とする。

 その二人は風俗嬢を見るような目で物色しながらバギーへ近づいて行った。

 ショーン達は彼等に対し銃で抵抗していく。だが獣腕が自らの腕で防ぎ、槍男が全ての弾を槍さばきで全てはじいた。

 彼等はもう手詰まりかと覚悟し始めた。その瞬間、後方の炎の壁から一人の男が縫うように現れた。


 あのジャックである。


 火の中一気に通り抜けて行ったが、バイクの後方が引火し、爆破しながら第二班のバイクを猛追した。

 後部に纏ったバイクはまるでジェット気流の様に見える。

 それは見た目だけじゃ無いようで、先程よりも速い速度で迫り、気付けば槍男の直ぐ後ろにまで付けていた。


「……!」


 彼の存在に気付いた槍男は、すぐさま横に薙ぎ払う。

 ジャックはその柄の部分を強引に掴み、逆の手で持った機関銃の照準を彼へ向けた。

 自身の死相が見えたのだろう。男は手を離し、すぐさま放たれた弾丸を右に避ける。

 離された槍は一瞬で霧へと変わり、彼の手の元へ戻るとまたあの形へと作られた。

 彼は今度は離れた距離から一気に槍を振り落とした。

 するとそこから風の刃が生まれ、ジャックへと飛んで行った。意表を突くような斬撃をジャックは難無く避けると、また機関銃で牽制しようとした。

 だが北西の方向から斬撃が飛んできた為、すぐさま屈んで避けた。


 斬撃の色は猩々緋しょうじょうひ、送り主は獣腕である。


 彼らが見合う中、ショーンのバギーが右へ曲がって行く。彼等もそれに気付き、一同はハンドルを右に切った。


 彼等はニューコランバスの繫華街を抜け、その先にある商店街に入った。


 この地区では未だに多くの野次馬が、彼等の惨状を遠目から見ている。

 轟音に次ぐ轟音はこちらにも聞こえるが、彼等はそれでも吞気に見ていたわけだ。


 だが彼等が自分達の方へ来ると、話が変わってくる。

 彼等は一瞬で恐れおののき、甲高い声や野太い声で叫び散らかしながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


「あいつら馬鹿じゃねぇの!!!!」


 ショーンは悪態をつきながら、右の商店街へドリフトして行く。

 ジャックもエンジン部分を何度も爆発させながら、彼に続いて行った。

 彼の通る道に沿って、小規模の爆炎が小刻みに炸裂し、住民達へとその手を伸ばして行く。

 彼等は死に物狂いで離れていくことで難を逃れたが、第二班は臆せず爆炎の中へと飲み込まれて行った。

 先述の通り、通常の人間なら炎に触れるだけで、五体を朱色に染めて絶命する筈である。

 しかし第二班は違う。彼等は花緑青の気流で難なく防ぎ、ジャックへ槍や腕を振りかぶって襲い掛かった。


 先着は獣腕だ。

 彼の至近距離での攻撃を避け、機関銃を彼に向ける。これに反応し、自慢の爪を縦に降ると、鉄の塊は輪切りに切り落とされた。


 武器を消えた事を好機と見て、獣腕は更に肉薄する。

 そんな彼が突き出した抜き手を、ジャックは片手ではたき落とし、流れる様に裏拳を鼻っ面辺りへ叩き込んだ。


 ヘルメットのガラスが割れ、獣腕のガラの悪い人相が露わになった。


 彼の体制が大きく崩れる中、槍男が大急ぎでリカバリーの突き出しを繰り出し、ジャックの追い打ちを阻止する。

 体制を戻した獣腕と、ヒットアンドアウェイで距離を取った槍男。彼等は強烈な怒りで額に青筋を立て、自らの武器を強く振るう。


 斬撃、それもかなりの数の。


 斬撃の雨が彼に迫るが、これらを難なく避けたジャックが、ホルスターから出した拳銃で牽制する。


 バギーが右に左に曲がって行く中、彼等は激しいデッドヒートを繰り広げていた。

 彼等とショーン達との距離は、徐々に縮まっていく。

 キーラは助手席の下に置いていたバッグを取ると、守るように抱えながら彼等をジッと見た。

 そしてふとショーンの方を見るとクラクションを鳴らして道をあけながら、タイミングを伺うように後ろを見ていた。


 商店街に入ってから数十秒後、この地区の名物であろう逆ローゼの橋へと迫っていった。

 橋の下は水路となっており、流れる水に血が混ざっているがそんな事はどうでもいい。

 バギーとの距離を目と鼻の先にまで縮めた槍男が、自慢の槍を突き出そうとする。

 だがジャックの弾が飛んできて、慌ててはじいてしまう。その隙に肉薄した彼の蹴りで、距離を話してしまった。

 それに乗じて、獣腕が斬撃を放とうとする。だがジャックが割れたヘルメットへ、的確に弾を撃ちこんできて、これを慌てて右腕で防ぐ。


 すんでのところでヘイトを逸らすのは、ベテランの妙技か、邪魔としか思えない。

 彼等はジャックに対して、フラストレーションを溜めていった。

 そんな彼等をキーラはじっと見ていたが、突如ショーンに肩を叩かれた。


「銃を撃つ準備をしてくれ」


 突然の要望にキーラは目を丸にしたが、彼の覚悟が決まった表情を見てやっと理解した。

 バッグを元の位置に戻し、機銃のグリップをしっかりと握る。


「よし」


 ショーンはフッと一息付き、ブレーキペダルを渾身の力で踏みぬいた。

 ゴムを勢い良くこするような音が、甲高く鳴り響いた。


 バギーの真後ろで走っていたジャックは、慌ててハンドルを切る。

 奇跡的に避けるも、バランスを崩して横の建物へと転がってしまった。

 逆に二班は、積もりに積もった怒りで視線が狭くなっており、突如止まったバギーに一瞬面食らう。 

 そしてつい無意識でバギーを避けて、二人仲良く橋に入って行った。


 それはつまり機関銃の射程へ、意気揚々と入ったという事だ。


 ――それに気付き一瞬で青ざめた二人を、機関銃の銃口は完全に捉えていた。


 カチッと言う子気味のいい音、その後に轟音が立て続けになり続けた。


 商店街の象徴である橋の半分程は、粉塵と共に吹き飛んで行く。

 彼等は槍で弾いたり、自身の前に青緑の丸い防護壁を展開して防ごうとしたが、12.7 mm口径の前には無力。

 橋ごと吹き飛んで行き――――鉛色の煙で姿を隠した


「……やった……か?」

「サア……?」


 ショーンとキーラは呆然と橋の先を見る。

 そんな中ジャックは背中をさすりながら、立ち上がった。

 ゆっくりと立ち上がるたびに、体の節々が痛みと共に音を鳴らす。

 歯を食いしばっても、彼の痛みの声は漏れ出ていく程だ。

 やっと完全に立ち上がり、ショーン達が見ている方向へ振り向く。

 既に煙は晴れていて、そして彼等の姿は影も形もなくなっていた。

 ショーンはその光景を、只々口をあけながら見ていた。

 死に物狂いで逃れた彼は、ケース入りのバッグがある事を確認し、力の出てない手でジャックを手招きした。

 バギーには席はないため、後頭部にしがみつくと、ショーンは疲れた目でアクセルを踏み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る