二話 突入 Ⅱ

 木造の中はごく普通の居酒屋といった感じだ。奥にカウンターがあり、テーブルやイスもある程度の量がある。

 広さもジャック達がちょうど暴れる事ができるくらいだ。

 少し違うことと言えば明かりだろうか。

 通常の酒場より少ない数のランプで照らされてるだけで、微妙と言う言葉が似合う程に暗い。


 三人はその中で、二十数人くらいの魚人達に臨戦態勢で出迎えられていた。

 奥のカウンターではリーダー格とされる、ドレッドヘアーのサメの魚人が、水を飲みながら三人を睨んでいる。

 奴は睨みながらも、何か焦っている様子だった。


「あっちだ」


 側頭部に指を当てた後にエルフは奥のドアの方を指さした。

 三人が奥へ歩き始める中、リーダー格が慌てて「おい行けよ!」とまくし立てるように叫んだ。

 瞬間、奴の言葉に触発されたのか、一番前にいた魚人がバールを振り上げて襲い掛かって来た。

 血走った目だ、もうなりふり構わないだろう。エルフと髭面はそんな彼へ身構える。

 すると二人の間を縫って、ジャックが前へと躍り出ると、中段の蹴りを目にもとまらぬ速さで浴びせた。

 蹴りは男の腹に深々と入って行き、男は苦悶の表情を浮かべる。

 そしてワイヤーで勢い良く引っ張られるように飛ぶと、テーブルを幾つかぶっ壊し仰向けに倒れた。

 余りの光景に一瞬静寂が訪れる……だが魚人の内の誰かがやけくそ気味に雄叫びを上げ始めた。

 それに呼応するように全魚人が雄叫びを上げると、三人へと一斉に襲い掛かってきた。


 ジャックはまず前方から殴りかかった二人を相手取った。

 一人の大ぶりの突きを避け、お返しとばかりに男の顔面へ拳を振り抜く。

 流れる様にもう一方の頬へ裏拳を薙ぐと、二人は鼻血を出しながら、弧を描くように倒れた。


 隙が生まれたと勘違いしたのか、彼等の間から三人目の魚人が殴りかかって来た。

 ジャックは男の拳を右手で真正面から受け止め、その拳を強く握り、魚人の足のすねへ思いっ切り蹴り込む。

 鈍い音と共に、男の膝関節から下はあらぬ方向へ折れ曲がって行った。

 男は後ろへ倒れ込むと、子供の様に泣きじゃくってしまった。


 一息つこうとしたジャックだったが、後ろから四人目の魚人が木の椅子を振り上げ走りこんで来た。

 だがジャックは振り向かずに、奴の腹へ蹴りを入れる。

 彼の後ろ蹴りは魚人の腹を完全に捉え、鈍い音を立てながら貫いていった。

 男は持っていた椅子を落とし、腹を抑えると、口から吐瀉物を吐いて「く」の字でゆっくりと倒れた。


「……」


 一気に四人倒した彼は、向こうにいる魚人を沈黙を貫きながら睨み付けた。

 睨まれた彼は、怯えるような表情で一瞬たじろいでしまう。

 だが、自身を奮い立たせる為に歯を食いしばると、持っていた木材を握りしめて襲い掛かった。

 ジャックはそんな男が振り回す木材を、僅かな動きで躱し続ける。

 縦に振れば机を粉々に壊し、横に振れば魚人に当たり、歯を何本か飛ばす。

 威力は申し分無い物のジャックを捉える程の速さが足りない。

 中途半端な速さの振りを避け続ける彼に対し、男は怒りと興奮で徐々に汚い大声を上げ始めた。

 興奮が最高潮に達しただろう、男は寄生を挙げながら横に思いっ切り降った。


 それをジャックは寸分足りとも見逃さなかった。


 これまで避け続けていたジャックは、突如右前腕部で棒を防ぎ、彼の側面へと回り込んだ。

 そして防御を解いて木材を持つ腕を両手で掴むと、下から膝蹴りを入れていった。

 彼の腕は折れ曲がり、骨と血管が激痛と共に姿を顕にした。

 そこから小さな噴水のように血を少量程まき散らされる中、彼はガキの様に泣き叫び始めた。

 そんな彼の胸倉を掴んだジャックは、向こうで銃を撃とうとする魚人に向かって放り投げていった。


 大立ち回りを繰り広げるジャックに対し、後ろから一人の魚人が羽交い絞めにして来た。

 マグロの様な風貌の筋肉質の魚人である。ジャックは彼の面に向かって後頭部で頭突きをくらわした。

 マグロ男が鼻血を出しながら後退りすると、ジャックは男の方へ振り向き、腹に二発、顔に一発の突き、とどめに首元へ回し蹴りを叩き込んだ。

 マグロ男は全ての攻撃を受け、痣だらけの顔になった。だが鍛えてるのか、よろけながらも耐えきった様子だ。

 彼は血走った目で、ジャックの顔へ固く握りしめた拳を振りぬく。

 マグロ男の殴り方のせいか、ジャックは後ろではなく下へと吹っ飛び、大の字で床板にめり込んだ。


「bっgoろじでやRU !!!!」


 折れた歯を痰を飛ばすように吐き出すと、マグロ男は青筋だらけの表情で何か叫んだ。

 そして奴はジャックの足を持ち、力一杯引きずり回し始めた。

 怒りで何を言ってるのか分からないが、かなりブチ切れてる事は確実に分かる。

 鼻血だらけのジャックは、少し冷や汗を流しながら周りを見回し始めた。


 エルフの男は四人位に囲まれていた。男達はナイフや鉄パイプを、彼に向かって振り下ろす。

 だがエルフはそれらの攻撃を最小限の動作で全て避けていった。

 そして電光石火の如く、それぞれの急所へ一発ずつ叩き込んだ。

 反撃の時間は1秒、四人は何も分からず、糸の切れた人形のように倒れた。


 髭面は樺茶色かばちゃいろの警棒を乱雑に振り回し、敵陣を暴れまわっていた。

 警棒からは白い稲妻が走り、振り回すたびに美しい白線がほと走る。おそらく魔法の類だろう。

 無論電流が走っているため、殴られた魚人達は全員漏れなく泡を吹き、小刻みに震えながら倒れた。


「……」


 彼等の活躍をジャックはじっくりと眺める。

 そんな中一人の魚人が仰向けの彼へと迫り、逆手に持ったナイフを勢い良く振り下ろした。

 だがジャックはそれに気付くと右前腕部で素早く防いだ。

 刃物は腕の骨へと深く刺さり、強烈な痛みがジャックを襲う。

 腕から血が少し吹き出す中、ジャックは口を噛みしめて耐え忍んだ。

 彼は右腕で男を振り払うと、左手でナイフを強引に抜き、男の肩へとナイフを突き立てた。

 ナイフは彼の肩へと、勢い良く突き刺さり、男は金切り声を挙げながら倒れた。


 幾分自由が効き始めたのか、ジャックは左手で支えながら、体を瞬時に斜めに少し浮かせた。

 マグロ男は急に浮き上がった彼を見て、呆気に取られる。

 その隙を見逃さず、ジャックは浮いた姿勢から、流れる様に右足の回し蹴りを放った。

 伸びのある蹴りは、マグロ男の側頭部を打ち抜く。彼は強い脳震盪を起こし、蹴られた方向へと半回転しながら倒れた。

 彼の下敷きになったのか、男の巨躯の下でうめき声が聞こえた。


「……やべえって」


 一連の様子を見ていたリーダー格は、大量の汗を流すと、この現状をどう打開すべきか見回した。

 見回し……見回し……見回し……そしてすぐ前にいた情けなさそうなブリの魚人が、黒光りのマシンガンを持っている事に気付いた。


「オイ貸せよ!」

「ウェ?」


 彼はカウンターを飛び越えると、ブリ男からマシンガンを強引に奪い、三人の方へ照準を向け、躊躇なく撃ち始めた。

 焦って撃ったのか、弾は四方八方に飛び交う。巻き込まれた魚人の屍が次々と重り、木造の壁に無数の穴が開く。

 酒場内には血の香りが漂い、木片の粉が舞い散って行った。


「え、ちょ銃刀法違反……いやもう罪何個か犯してるか……」


 ブリ男がブツブツ言い訳を並べるなか、男は引き金を引き続ける。

 焦りからか、半ば裏返った声でまくし立てるが、何を言ってるのかよく分からない。

 ……それは一見すると、何も見えない煙に向かって銃を撃ち続ける滑稽な画にも見える。物凄く哀れだ。

 弾が切れたのかリーダー格は慌ててマガジンを探し始めた。


「あ、どうぞ」


 彼はブリ男が差し出したマガジンを分捕り、男は大急ぎで装填し始める。

 焦りで中々上手くはまらず、彼の息遣いがドンドン荒くなっていく。ようやくはめ終えると、急いで前方へ照準を向けた。

 ……今度はすぐには撃たず、出て来た所を仕留める方向性のようだ

 煙が晴れていくと、血まみれの躯がそこかしこに転がっていた。

 辛うじて生きている者も、怪我をしてるのかうめき声を挙げている。一種の地獄のようだ。

 だがその地獄の中に例の三人、特にジャックの姿は無い。リーダー格は銃の持つ手が震えながらも、ぎらついた目で彼等の姿を探した。


「お前も探せ…!」

「…」


 彼は手同様震える声で、隣のブリの男に呼びかける。だが彼から何の反応も帰ってこない。


――――なぜ返事が来ない?


 リーダー格は一瞬疑問に思うと、マシンガンを前方に向けながらも、視線をブリの男の方へと向けた。


 ……そこには無表情で圧を放つジャックがそこにいた。


 ブリ男は彼の腕で首を締め上げられ、白目を剥き泡を吹いている。

 ジャックがその拘束を解いた瞬間、彼の体は糸が切れたかのように崩れ落ちていった。


「!!??」


 その光景を見たリーダー格は一瞬で血相を変えると、慌ててマシンガンを彼へと向けようとした。

 だがジャックは向けられていくマシンガンの銃身へ、勢い良く裏拳を薙ぎ、遥か向こうへと弾き飛ばした。

 頼れる武器を失った訳だが、奴はならばと今度は腰から出したナイフで彼を刺そうとした。

 だが、それよりも早くジャックの拳が彼の顔面へと入り、彼の体はよろよろと後ろに下がっていった。

 余りの威力に意識が朦朧としているのか、目が混濁しきっている。

 そんな彼に慈悲をかけることは一切なく、ジャックは追い打ちとばかりに鋭い後ろ回し蹴りを彼へと放った。

 蹴りは彼の側頭部を完璧に捉え、彼の体は蹴られた方向へ錐揉み回転で吹っ飛ぶ。

 彼の体はカウンターを超えて、その後ろにある棚へとぶつかり、床へと落ちていった。

 ぶつかった衝撃でワイン数本が落ちて、割れる音がした。

 リーダー格が吹っ飛ぶ様を見届けた後、ジャックは一種の地獄を見渡すと、口を開いた。


「終わったか」


 その声には何かを寂しさが感じ取れていた。

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