第14話 最終日 S級・決勝戦⑦「スローモーション」
最後の直線で併走になった⑤大野と⑧海野(由)。しかし、その2人の間へ⑥青澤の凄まじい捲りが届いた。このとき、ヘッドバット(頭突き)で⑤大野を僅かに退けた⑥青澤。
加えて絶体絶命の展開から最終2センターを駆け抜けてきた⑦古達。彼の捲りが⑤大野の外側から伸びてくる。しかし、⑥青澤にどかされた⑤大野の体が⑦古達と接触。⑦古達をブロックする形になった。
ゴールの瞬間、⑤⑥⑦⑧番の4名がハンドルを投げる。彼らはほぼ一直線に並んでゴール線を駆け抜けた。
ホームストレッチ(客)
←(1コーナー)―――――――(4コーナー)→
⑦
決勝(ゴール)← ⑤ ③ ②
⑥ ⑨ ①
⑧ ④
――――――――
ホームストレッチ(バンク内側)
ゴールの瞬間、観客の絶叫が天に吸い込まれたように消えた。代わりに、場内には波乱の決着を物語るようにどよめきが広がる。
「獲った!!!」と、大声と共にテーブルを思い切り叩く音がした。成行と見事は背後を振り返る。テーブルを叩く音はそこから聞こえた。そこには手と体を震わせながら場内テレビの画面を見つめる雷鳴がいた。
刹那、彼女と目が合う成行と見事。雷鳴は感極まって涙目になっていた。2車単で⑤⑥、⑤⑦、⑥⑧のBOX車券を、さらに3連単で⑤⑥⑦⑧⑨のBOX車券を購入していた雷鳴。確定放送はまだだが、大穴的中と判断してよい結果だった。
「キタっ!!!マジでキタっ!!!大当たりだわ!!!」
喜びを隠せない雷鳴。一方、彼女の隣では大波乱の結果に呆然としている幸。が、それは他の圧倒的大多数の客にとっても同じといえた。
「⑥番が来ちゃったよ!」
「⑥⑧かよ!?買わないって!」
「いくら広重が飛んでも、⑥頭では買えないぞ」
「大吉が残ったでしょう!?」
「最悪!ここで負けるか、広重」
「海野は海野でも、お兄ちゃんの方が来ちゃったよ」
殆どの客には想定外の結末で、どよめきは静まる様子がない。中継映像では⑥青澤と⑧海野(大)の2名の様子を捉えていた。ゴール後のカメラは決まって1着の選手の姿を捉える。⑥青澤と⑧海野(大)の両名が映っているのは、どちらが1着か判定が難しいという意味だろう。
一方、バンクにいる選手たちからも2センターの大型映像装置の画面が見える。そのため、彼らもレース結果を確かめるため、そこへ視線を向けている。
大型映像装置や場内テレビの画面はリプレイ映像に切り替わる。リプレイは残り半周辺りから。競輪場内の客たちは食い入るようにリプレイ映像を見る。最後、4人の選手が並んでゴールしたように見えた。一瞬の出来事で、肉眼では誰が1着だったのかが判断できない。
ゴール線に差し掛かる瞬間、リプレイ映像がスローモーションになる。⑤⑥⑦⑧の4人の選手が全力でハンドルを投げる。客たちの要望に応えるかのように、映像はいつも以上にスローに映されているように思えた。
客たちは目を凝らして、各選手の車輪がゴール線にかかる瞬間を見極めようとする。
「おい!これ、わからないぞ!」
「⑥が早いでしょう?」
「⑧だって!
「ああっ!大野、少しだけ届いてないなぁ」
「アカンわ!古達は届いてないわ!」
客たちは口々に誰が1着かと話し始める。スローモーションでは⑦古達の車輪が他の3名に比べて僅かながらにゴール線へ届くのが遅い。ほんの僅かな差。実寸では数㎝レベルだろうか?
「えっ!?⑥?青澤さん?」
「
成行と見事も大型映像装置のリプレイに目を凝らしていた。残念ながら④海野(由)は、最後の直線で⑤⑥⑦⑧の4人に交わされて1着争いに名乗りをあげていない。
「⑥でも、⑧でも、どっちでもいいわい!大ホームランだよ!」
嬉しさに悶絶している雷鳴。彼女は思わずテーブルに顔を伏せる。
一方、場内テレビに向かい合掌しているのがアリサ。
「お願いします!お願いします!お願いします!」
「お姉ちゃんは誰を頭にしていたの?」と、尋ねる見事。
「青澤さんよ!地元・立川の選手を頭にしなくてどうするのよ!」
今の波乱の展開で酔いが醒めたのか、必死に祈るアリサ。
リプレイ映像がバンク内側からのアングルに切り替わる。カメラが真正面から選手たちのゴールを捉えている。
バンクのほぼ真ん中に近い位置を緑色のユニホーム⑥青澤が突き抜ける。彼の内側に桃色のユニホーム⑧海野大吉。そして、⑤大野や⑦古達の姿も差が無くゴール線を通過しているように見えた。
『大波乱の展開となりました、日本選手権競輪・決勝戦!審判からの決定放送をお待ち下さい!放送があるまで、お手元の車券はお捨てにならないようにしてください!⑤⑥⑦⑧と4名の選手で大接戦です!審判からの正式発表をお待ちください!以上、第11レース・日本選手権競輪の決勝戦でした!』
実況中継アナウンサーの声に続いて、場内にチャイムが鳴り響く。審判放送だ。
『お知らせします。只今のレースの1着は⑤番、⑥番、⑧番の写真判定を行います。決定は今しばらくお待ち下さい』
審判放送の後、客たちは再びざわめき始める。中にはもうハズレが確定しているのか、帰り支度を始める客もいた。静岡競輪場内の客たちは決定の瞬間を待つ。
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