第2話 謎の石柱の文字を読んでみた。


「ダンジョンに入る前に、諸君に報告したいことがある。それは今、私を撮ってくれている今日の相棒、ドローンについてだ。先日までとは違うのだが、諸君は気づいたかな」



【コメント】

 ・違い? 分からん

 ・そういえばなんか映像の安定感がいつもと違う

 ・いつもより星波様が美しい。明らかに高画質になってるは気づいていた

 ・星波様の声が更に透き通っていると思ったら新ドローンだったのか

 ・もっとアップでご尊顔を!!

 ・分からんと言った奴、まずは分かれ

 ・星波様、スペックをはよ



「このドローンは先月に発売されたOrange社製の最新ドローン『オーディンVer.15』なんだ。前のバージョンよりも画質、音質、バッテリー、輝度きど、モンスター警戒性能、そして静止性や追尾性を含んだ機動性能の向上は当然として、更にあらゆるイレギュラーに対する耐性が大幅に強化されている。価格は720万。少々高いが、これも全て私を応援してくれているキミ達のおかげで購入できた。いつも本当にありがとう、愛してる」


 鳳条星波がドローンに近づき、画面に向かってキスをする。

 


【コメント】

 ・え、え、え、え、?????

 ・うおおおおおおおおおおおっ。

 ・きすうううううううううううううううっぅっ!!

 ・キスキスキスっ、星波様からキスゥゥゥゥゥッ!!!

 ・俺のが百倍、愛してるうううううううっ

 ・俺へのキスと愛の告白、しかと受け止めました!

 ・あ……幸せ過ぎてもうイってもいいかも

 ・ちょ、さらっとキスとか愛してるとか、え? 

 ・悶え死にさせるつもりですか??

 ・あとで動画五億回見ます

 


 (きゃああああ、キス、星波様からのキスゥゥゥっ! 死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅ)


 私は枕に抱き着くと、ベッドの上で右へ左へと転がった。

 今までもウィンクとか投げキッスとかはあったけど、まさかのお口でのキス。

 多分、いや間違いなく、気を失った視聴者が数十名はいたに違いない。


 私も毎回、星波様に投げ銭(お財布事情により少量)はしているけど、今日ほど投げ銭しておいてよかったと思った日はない。


 消費税の数パーセントに私の投げ銭が使われていると思うと、ファン冥利に尽きるというものだ。


「では、早速、〝虐げられた貴婦人達の宴〟に入りたいと思う。ギルドの確かな情報によれば今日は私のほかにダンジョンシーカーはいないらしい。私だけのダンジョンをたっぷり堪能したいと思う。そしてトップダンチューバーの威信と名誉にかけて、最高の映像を諸君たちに提供したいと思ってる。

 では――黒焔の剣ウロボロスソードに皆の想いを乗せて、いざ――……」


 その後、鳳条星波は〝虐げられた貴婦人達の宴〟を踏破した。

 

 掛かった日数は3日。

 彼女は寝るときと休憩以外はずっと配信を続け、モンスターとのバトルやトークでファンを魅了し続けた。


 ダンジョン奥地にいた主、貴婦人アンドロネシア(巨大なメスゴリラみたいなモンスター。どこが貴婦人??)とのバトルでは同接数322万という数字をたたき出し、当然のごとくSNSのトレンド一位には彼女の名前が燦然さんぜんと輝いたのだった。


 そんな鳳条星波に憧れていた私は2カ月前、ギルドにて念願のダンジョンシーカーの資格を取得し、晴れてダンチューバーの仲間入りを果たしたのだった。



 ◇



「はっ!?」

 

 星波様に思いを馳せていたら、いつまにか夕暮れ時になっていた。

 さきまでそれなりにいた初心者ダンジョンシーカーや、ダンジョン案内人に連れられていたツアー参加者も、その姿を消している。


 それもそうだろう。

 クラスD、しかも地上のダンジョンにやってくるのは、総じて暗闇が苦手なダンジョン初心者なのだから。


 実際は霊光石によって照らされてはいるけれど、夜の暗さはやっぱり心を不安にさせるものだ。


 私も人並みには暗さに不安を抱くし、何より周囲に人がいないのが寂しい。

 あと30分もすれば夜の帳も降りるだろうし、今すぐここから帰るべきだろう。


 帰ってリモートで両親に顔を見せないと心配する。

 私がダンジョンシーカーであることに好意的な二人だけど、気をもむようなことはさせたくない。遠方にいるからこそ、尚更だ。


 私はリュックサックを背負いダンジョンから出ると、帰途へと就く。

 そのとき、ふと目に入る草むら。

 草むらの一部がまるで小さなトンネルのようになっている。


 気になった私はその草むらに寄ってみた。

 どうやら草むらのトンネルは奥のほうまで続いているようだ。

 小柄な私なら屈んでいけば進めるけど、さて、どうしようか。


 奥に何があるのだろうかという興味と、もうすぐ本格的に暗くなってしまうという焦りが拮抗する。

 

 しかし、軍配が上がったのは興味のほうだった。

 これもダンジョンシーカーゆえの性質だろう。


 気になったら行ってみないと気が済まない。

 もちろん危険がないと確信できてからだけど。


 危険なんてないよね。ただの小さなトンネルだし……。


 私は、屈むとトンネルの中を進む。

 まるであの国民的アニメ映画の少女になったみたいだ。

 まさかこのさきに、大きな体のヘンテコな生き物がいるのだろうか。


 大体、100メートルくらいのトンネルを抜ける。

 目の前には小さな広場があった。

 その広場の真ん中には一メートルくらいの苔むした石柱が一本だけ建てられていた。


 少し拍子抜けの光景だったけど、石柱は気になる。

 私は石柱のそばに行く。

 その苔の状態から、相当昔からここにあり、しかも誰も触っていないと思われた。


 よく見ると石柱の上部、ななめに切り取られた平面に文字が書かれている。

 石碑のようだ。


 ただ文字は、苔と汚れで全くと言っていいほど読み取れない。

 そもそもダンジョンの文字は象形文字であり、私は翻訳書がないと読めないのだけど。


 だけど、ちゃんと翻訳書持ってるんだなぁ、私。えへんっ

 

 星波様のようなトップダンチューバーはもちろんのこと、それなりに活躍しているダンジョンシーカーも翻訳書などなくても読めるので、胸を張れることではないのだけど。


 私はまず、苔と汚れを持っていたウェスで拭きとる。

 完全に綺麗にはならなかったけど、文字の判別はできるようになった。

 あとは翻訳書とにらめっこしながら、日本語に変換していくだけだ。


 20分後、なんとか訳すことに成功した。

 周囲には闇が迫っている。私はリュックサックからライトを取り出すと、声を出してその文字を読んだ。


 コレ ヲ テン ニ アゲタマエ コレ ハ ナンジ ト タイジ スル モノ ナリ


 刹那。


 広場全体が光の壁に包まれてかと思うと、足が地面から離れた。

 それもつかの間で、今度は息もできないほどの高速で私の体は頭上へと上がっていったのだった。


「きゃあああああああああああああっ!!?」

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