どぶも夜空も暗いんだから実質星空

 後日、札幌駅に足を運んだ私は彼女を…増毛を探していた。彼女曰く、ぱっとひと目でわかるような格好をしているとの事だったが…


 と、例の白いやつの付近に視線を巡らせていると、先日とは違い、かなり厚着をした増毛がいた。のだが、大人しくしていれば確かに絶世の美女としか形容し難いその顔に、やぁやぁ我こそ増毛。などと書き込んでいた。マジックペンのようだが、水性なのか油性なのか…そこだけが気がかりであった。


 私は、なればこそと増毛にやぁやぁ、其方が増毛か。我は上幌向なり。いざ尋常に。などと声をかけた。彼女は面食らいながらも、じわじわと込み上げた笑いを抑えきれず、高飛車な姫のような高笑いを響かせ、2人仲良く警備員に叱られた。


 ひとしきり笑い、怒られた後、彼女は早速本題を切り出した。


「私の生き方を習いたいと君は言っていたね。では、しばらく私とデートをしようじゃあないか。それで多少はわかるはずだ。」


 どうやら水性であったマジックペンの名乗り書きを、アルコールティッシュで拭いながら、私の手を引いて歩き始めた。そして、一言


「生きるとは、抑圧でも解放でもない。流水のようでもない。大木であれ。これを理解しなさい」


 と、訓戒を述べ、吹雪の札幌の街へ繰り出した。


 そこからは、とにかく彼女の破天荒と美しさを知ることとなった。


 連れの私がいるのに適当にナンパをしては、奢るでもなく奢られるでもなく、ただご飯を食べて、会話をして別れたり、また迷子の子がいれば、親を探さず、その場で2人で遊び始めたり。もちろん、すぐに親がやってきたが、増毛は感謝の言葉を聞かず、まるで誘拐がバレたかのように全力疾走で逃げ始めた。


 そんな、当たり前の日常を狙って外すような、少し斜に構えた態度で、自由気ままに遊んでいた。自由奔放で、風光明媚。奔放明媚なんて造語がふと頭に思い浮かんだ。


 夜が深まり、より人が増えると、彼女は路上パフォーマンスと称して、聞いたことも無い曲を、アカペラで見事に歌い上げ、聞き惚れている観衆から金銭を巻き上げ始めたり、ふらっと立ち寄ったコンビニで、店長らしき人と仲良くなって、急に2時間だけバイトをして給料を貰ったり。彼女の収入源は、これらしい。


 そんなことを繰り返して、もう時間は夜の12時。そろそろ、君は帰りなさいなんていって、居酒屋から出てきた少し疲れた様子のOLを口説き落とし、荷物を持ってどこかへ増毛は消えていった。


 こんなデートは、その後も続いた。2週間に1度、土曜の朝から2人で集まり、私も彼女に倣って目に付いたものに手を出しては、偶に警察の世話になったり、そのまま仲良くなってたまたま近くでひったくりをしていた男を捕まえて、交番勤めの同い年の青年と呑みに行ったり。その様子を、増毛は楽しそうに見ていた。


 それが、なんと6年も続いた。私はもちろん、会社に勤めながらだったが、気づけば日常で辛いと思うことも、嫌だと感じることも無くなっていた。順調に貯金も増えたし、できることが増えて、少しづつ出世街道も進んでいた。


 だが、かの奔放明媚な増毛は、突然姿を消した。


「そろそろ、帰らないと叱られるからね。流石に自由に遊びすぎたようだ。」


 私は、彼女に帰る場所があることに驚きながら、すぐに別れの日は見送りをさせて欲しいとメッセージを送った。しかし


「すまないね、私はもう北海道にはいない。そのスマホと、写真は記念にでも取っといてくれ。じゃあ」


 最後に、この6年で随分伸びた髪をばっさり切り、似合わないスーツを着た増毛の写真が送られてきた。それから、本当に音信不通となった。


 そんな、とにかく自由で、不思議で美しかった知人であり、師匠は突然消えてしまった。


 あまりに突然の事で、最初はどうにも気落ちしたが、たったの2日で慣れてしまった。これも、彼女に生き方を習ったからか。なんて、ポジティブに考えて。


 この6年は、とにかく酷かったけれど、楽しかった。と、増毛のスマホを眺めて、少し振り返っていた。


 死にかけたことや、全財産を失いかけたこと、時には警察のお世話にもなりかけたことは、もちろん最悪だった。というより起こった出来事の7割は最低最悪で、増毛は暗く汚れたどぶ川もいいもんだろう?なんて、笑って言っていた。


 しかし、そのどぶの底には、間違いなく、誰も知らない、誰も手にすることが出来ない宝石が眠っていた。


 自由奔放な彼女のことだ。どうせ、適当に生きていれば、強風や大雪にもふらりと耐える大木のように生きていれば、また会える。そんな期待を手に、今日も雪かきに励んだ。

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