第46話


「それで理世は、どうするつもりなんだ? これから」

「それは……」


 今この場では、あの時のように話が出来ている。

とはいえアイドルとしての立場が消えたわけじゃないんだ。

 あちらはリヨンの時のように、綺麗さっぱりなくしてくるわけにいかない。

 いやそもそも、リヨンのときですら、綺麗さっぱりとはいかないことだってもう、わかったはずだ。

 ならこれからどうするかが問題だけど……。


「まだ決まってないまま来たんだよね」

「そっか」


 まあそうだろうという思いもあった。

 アイドルとして、その部分だけを切り取ってしまえば、俺たちの関係は間違いなく不適切だとは思う。

 とはいえお互いに、あのままあれっ切りで終われるような繋がりではなかった。そういう話だ。


「会ってケジメを付けて、もうアキくんにも納得してもらって、それが多分、正解なんだとは思うんだ」


 世間的な正解は多分そうだ。

 ただ……。


「リヨンは、どうしたい?」


 あえてリヨンに問いかける。


「……もちろん、あのまま仲良くしてたいよ」

「じゃあそれでいいんじゃないか?」


 来る前に大吾に言われた言葉が頭の中に蘇ってくる。

 俺自身がどうしたいか。

 それはリヨンにも、同じことが言えるだろう。


「アキくんにしては楽観的な感じだね?」


 泣き笑いという表情で理世が俺に言う。

 まあそうかもしれない。

 俺だけの考えじゃない。ここまで助けてくれた人たちの言葉だから俺らしくないんだろう。

 でもこれは、大吾だけじゃなく沙羅にも、そして寧々にも似たようなことを言われていたからな。


「俺はリヨンと仲良くしたいし、リヨンもそうなら、他のことは後で考えるでもいいんじゃないかって」

「ふふ。なるほど。あくまでリヨンなら……だよね」

「そういうことだな」

「そっか。うん。アキくんは、私をリヨンとしてだけで見られるの?」


 まっすぐ俺の目を見つめてきながら理世が問う。

 答えは……。


「無理だと思う」

「ふっ。はは。正直に答えちゃうんだ」


 ここで嘘をついて誤魔化したら、それだけで罪悪感なく元の関係に戻れた可能性はある。

 でもそれを受け入れられるような関係でももう、ないだろうから。


「アイドルの部分も、リヨンの部分も、多分一緒くたで、それこそほんとに、前田理世としてのリヨンを見ていくと思う」

「ふふ。それはもう始まってるんだよね?」

「そうだな」


 色々問題はまだあるだろう。

でもこれが、一番の問題を解消する答えだと思う。怖がっていたリヨンに対する。


「そっかそっか」


 一人でリヨンが何度か繰り返す。

 そして。


「よしっ! 私もしたいようにする! そうしよ!」


 リヨンの表情が変わる。

 と思ったらまた考え込むようにうつむいた。


「私ね、ほんとにここに来るまで……ううん、来てからも迷ってた。アイドルとして貫くべきなのか、私が好きにしたい方を選ぶべきなのか。でもそれ以上に、そもそもアキくんが受け入れてくれるかが一番不安だったんだよね」


 そこで一度言葉を切って、再びリヨンが話し出す。


「ほんとにもう、これでお別れかもって、そういう覚悟も……してきたんだよ」


 その覚悟がどれだけのものだったか、その様子から十分伝わってきていた。


「でもやっぱり、私は私のやりたいようにやる! リヨンはそのために作ったアカウントだったし、アイドルの私とは違うんだし、何よりアキ君が受け入れてくれてるならそれでいいや! そうする!」


 今度こそようやく、パァッと表情が晴れ渡る。


「よかった」

「まあとは言ってもアイドルだから、私はやっぱりアキくんだけのものにはならないし、許すのは身体だけにしておくね」

「身体も許さない方がいい気もするんだけど……」

「いやなの?」


 いたずらっぽくリヨンが笑う。

 その問いかけには答えられなかったが、答えられなかった時点で俺の負けだろう。

 リヨンも満足そうに笑うだけだ。


「ああそうだ」

「ん?」

「アキくんは名前、教えてくれないの?」

「ああ……」


 これでいよいよ、最初に使った言い訳は使えなくなるな。


「彰人だよ」


 アキとリヨンから、彰人と理世に。

 文字にすれば大したことはないが、それでも二人にとっては、大きな、本当に大きな変化だった。


「いいね。どっちで呼ぼっかな」


 ニコニコ笑う理世の顔は、テレビの中で見るのと違う魅力を放っていた。

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