第39話

「お兄ちゃん」

「ん?」


 宮川家のリビング。

沙羅がソファに寝そべりながら、台所に立つ兄、大吾に語り掛ける。

 冷蔵庫に飲み物を取りに行っただけの大吾はそのままダイニングテーブルに戻って来て、ソファ越しに沙羅と会話をしはじめた。


「先輩、大丈夫かな」

「アキか」


 彰人の状況……というよりも、元々リヨンとつながりがあった大吾はそちらの状況を把握していた。

 リヨンのアカウントが消えた。

 アキにも新しい連絡先を教えることなく、ただただ唐突に姿を消したということだけ、大吾は把握していた。


「励まさないでいいんすか?」

「……そうしたいのは山々なんだけどな」


 とはいえ前回彰人を激励した時とは状況が違うのだ。

 彰人が頑張ったところでどうすることもできない。

だというのに無暗に背中を押すのも励ますのも、何か違うという思いが、大吾の行動力を持ってすらためらいを生じさせていた。

 とはいえじっとしてもいられず、状況だけは妹の沙羅にだけはちょこちょこ相談してはいたわけだ。


「ここ数日先輩は様子がおかしかったっす。お兄ちゃんに聞いた理由なら、それもしっくりくる気がするし」


 バイト先で彰人を見ている沙羅が言う。

 ちなみに家で口調が安定しないのはここ数年ずっとだ。

 外での話し方が染みついているが、家でやるには不自然。

 結果的にちぐはぐながら、それでも外よりは口数が多くなるのは、元々家族と話していた口調の分かもしれない。


「きっとすごいショックを受けてるっす。あの目は相当、本気だったはずだから」


 淡々とした語り口調ながら、どれだけ心配しているかも伝わってくるような、そんな声だ。

 その声で、改めて沙羅が、兄に問いかける。


「このままでいいんすか?」


 ソファから身体を起こし、ダイニングテーブルで飲み物を飲んでいた大吾を見つめる沙羅。

 大吾ももちろん、このままにしたいとは思っていなかった。

 とはいえ……。


「俺らに何が出来る」


 大吾には無力感に加えて罪悪感もあるのだ。

 おそらくリヨンがネットを離れた一因は、いや原因そのものが、彰人にリヨンの正体をばらしてしまったことだと考えている。

 大吾の予想はおおむね的を射ているし、そのきっかけが妹である沙羅の何気ない会話から生まれたことを気にしていた。

 もっとも、いつかこうなる以上、妹を責めるのも違うだろうし、そんなことを彰人が望まないことは、大吾が一番理解している。

 沙羅自身に負い目を感じさせないようにすることが、今できる唯一の行動と、そう思っていたんだが……。


「SNSはもう特定してるっす」

「は?」


 沙羅の口から出た言葉に思わず飲み物をこぼしかける。

 大吾が沙羅のいるソファに目を向けると、携帯画面を見せつけるようにした沙羅が目に入った。


「裏垢っすね。リヨン名義でも、理世名義でもないっすけど、行動パターンから考えるに間違いないと思うの」

「それ……え……」


 考えがまとまらず言葉にならない。

 だが沙羅がこういうことで外してこないということだけは、大吾が一番よく知っていた。


「まだ動いてるアカウントか?」

「そうみたい。元々病んだときしか浮上しないっぽいから、三か月ぶりに更新してるっす。ここ数日」

「数日……」

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