第12話【理世視点】

「楽しかったぁ」


 帰り道。

 一人で歩きながらそんな言葉が漏れるくらいには、満足度が高いものになった様子だった。


「ただ……」


 気になることもある。

 特に理世が心配になったのは……。


「親戚の子……本当に大丈夫?」


 今日のデートがうまくいったのは間違いなくその親戚の子のおかげ。

 それは感謝している理世だが……。


「私と同じタイプの服って……」


 この見た目を見た目だけでやってる人は少ないと理世は考える。

 自分のことは完全に棚に上げているのだが、おおよそ考えとしては当たっていた。

 幸いなのが彰人の寧々に対する恋愛感情が一切ないことと、逆もしかりであることだ。少なくとも今は。

 とはいえそんな事情はわからない理世にとっては、やはりどうしても気になる問題だった。


「いやいやそもそも別に私に何か言える筋合いはないんだけど……」


 友達以上にはなりつつある自覚がある。

 一回目にその一線を超えようとしたという実績は、その気持ちを増幅させていた。

 だからこそ、そのつもりが確定していない理世の中にも、多少の独占欲のようなものが芽生えているのだ。


「私は私でちゃんとそういう関係になるのはまずい気もするし、別に縛り付けたいとかはないんだけど……」


 でも……と続ける。


「一番ではいたいなぁ」


 アイドルの性か、本人の気質か。

 理世の自己分析によれば、他にそういう相手がいても自分は気にはならないだろうと判断している。

 とにかく一番が自分であれば、仮に他の相手と寝ていてもうるさく言わない。

 逆に言えば今この瞬間、自分が彰人の中でどの立ち位置かわからないこの状況こそもやもやが募るのだ。


「今日も妙に距離があったような……」


 今回のデートでは手をつなぐ以上のスキンシップは発生しなかった。

 一回目が近すぎたという話もあるが、理世が距離を開けられたと考えるのも無理はないくらいの距離感はあった。

 実際のところ、彰人の性格を考えるならば進展に当たるのだが、当事者である理世が気づくことはない。


「やっぱ引かれて……いやでもデートに誘ってくれたのは事実だし……」


 ぶつぶつとぼやきながら帰り道を歩く。

 幸いというべきか、理世の住むマンションまでの道のりは人通りも少なくこの時間はこんな独り言も咎められることはないのだが、それをいいことに理世はどんどんヒートアップしていった。


「それにしても、ちょっとうらやましかったかも……」


 動物たちを見ていると撫でられたい気持ちが湧き起ったものの、そこまでは要求することなく一日を終えた理世。


「うぅ……もうちょいさりげなくタイミング掴めばやってくれたんじゃないの!?」


 理世が嘆く。

 彰人なら頼めばやってくれただろうという理世の予想は概ね外れていない。

 彰人ならそんなに気にしないだろう。

 そしてそれを薄々勘づいている理世は別の結論に辿り着く。


「あれ? ていうかそのくらいならその親戚の子にもやってるんじゃ……」


 一周回って再び心配。


「いやいやでも、撫でるくらいでどうこういうことも……」


 と、同時に自分に言い聞かせるように言い訳を並べていく。


「今日の態度から見て、アキくんはまだそういう経験はないはず」


 とはいえ……だ。


「いますぐ何か怪しい関係になっていなくても、いつそうなってもおかしくない……というか、私のことは断ったけどもっと押しが強い子になら流されてもおかしくない!」


 この部分についても理世の予想は概ね外れてはいないだろう。彰人は土壇場でも断る気持ちはあるが、物理的に迫られた時に無理に押し退けるほど非情にもなれない。

 私のことは断ったのに! と理世が心の中で叫ぶ。

 彰人は何もしていないのにどんどん理世の中で罪状が広がっていた。


「でも……」


 頭に広がるあることないことを一度落ち着けるためにも、立ち止まって考え込む。


「まずはアキくんと普通に話せるようになったことが、良かった」


 一人、胸に手を当てて考え込む。

 親戚の子の存在は気がかりなものの、今日この日があったのはその存在が欠かせないことも理解している。

 だからこそ、軽い嫉妬のような気持ちを抱きつつも、強く不満にも思えず、結果悶々と一人で過ごす日々が増えることになるのだが……ひとまず今日は、幸せな満足感に満たされたまま家路を歩いて行ったのだった。

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