20、逆走

「そろそろ、起きてくんねぇかな」


 少女の姿となったフェスタは、ダウンしたアルターと寝転がっていたアインを引きずり、災害の中心から遠ざかっていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「謝るくらいなら、今すぐ落ち着け!」


 災害の中心にその原因たる少年が蹲って。ぐずり泣いている。


「能力の制限リミッターがぶっ壊れてるせいか……徐々に範囲が広がってやがる」


 シルヴァンが殺し屋アルファを連れて行ってから一分ほどしか経過していないだろう。

 たったそれだけの間に、血や瓦礫で煩雑としていたルナの周囲数メートルは『更地』になっていた。


「んんっ……これは……俺は生きているのか?」

「ようやっとお目覚めか、随分と早起きなようで。とにかく、目ぇ覚めたんなら自分で動いてくれよ」


 アルターはフェスタの状況を把握し、寝起きのぼーっとした頭を無理にでも目覚めさせる。


「殺し屋は!?」

「2ターンくらい前の話だな、そいつぁ」


 フェスタは独り立ちしたアルターに、アインを引き渡し、一分ぶりの諸手の解放を享受する。


「現状の脅威は今日二度目の暴走能力者。逃走生活初日から忙しい要素で満載で候」

「韻踏んでる場合か!」


 アルターは昨日今日の付き合いでしかないフェスタの性格を掴みかけている。常に余裕を崩さない、というよりは、余裕ぶっているのだろう。

 その証拠に、視線はアルターではなく、問題の皇太子から外れない。


「殿下……一体何があった?」

「あの蛇野郎がサフィールが死んだって吹き込みやがった」

「…………そうか」

「驚かないんだな」

「騎士である以上、常に己と仲間の死は覚悟をしている」


 騎士団長が亡くなった時ですら、彼女はその感情を表には出さなかった。

 それが騎士という生き物だ。


「帝王学ってので、その心の強さってのを身に着けていて欲しかったもんだ」

「いや、俺達のそれは心の強さなんて上等なものではない、異常なだけだ。殿下の悲嘆、あれが本来の正常な心の反応だ」

「……人の感情に異常も正常もねぇだろ」


 ぼそりと零れ落ちた言葉はアルターに聞かせるために放たれた訳ではない。


「それよりもだ、俺の記憶では、殿下の能力は『治療』ではなかったか? 現に俺の治療も施してもらっている。暴走しているとはいえ、その本質に変わりはないだろう」 


 通常時のルナの能力は、大した効力ではないにせよ、『治療』としての役割を遂行していた。 


「んあー……ありゃ、『治療』なんて、生易しいもんじゃねぇ……」


 細胞の活動を活発にし自然治癒力を高める。或いは、フェスタが行う変身のように本来自然治癒に掛かるはずの時間の省略。

 これらは過程が違えど、同程度の結果が生まれる。


 一見すれば傷口は塞がっている、元に戻っている。だが、塞がった後にある皮膚や血管、肉は同一の性能を持った別の細胞によって補修されているに過ぎない。

 時間の進行による変化が、治療の正体と言えるのかもしれない。


 ただ、それらの場合『治し』てはいるが、『直し』てはいない。


 結果が同じように見えているだけなのだとしたら、その過程もまた違ってくる。


「時間の逆転による特定の地点への回帰……『治す』んじゃなくて、『直す』それがルナがこれまで行っていた治療の正体だ」

 

 積み木に例えよう。

 多くの治療という行為は、それまで積んでいた積み木が倒れたとき、新たに同じ形の別の積み木を積み、元の形に治すものだとすれば。

 ルナの行っているそれは、倒れた積み木を拾い集めて元の形に戻して直すことと同じだ。


 それを人体に適応している。


「『時間の逆転』……そんなこと可能なのか?」

「可不可の議論は必要ねぇよ」


 今更の話だ、能力は何でもあり。

 エネルギー保存の法則どころか、物理法則も因果律すらも無視した現象だらけ。

 そこに論点を置いたところで事態は収束しない。

「ようやく、手ぶらになれた。お前は、そのガキ連れて極力離れていろ」

「何をする気だ?」

「やることは変わらん。ルナがくたばっちまう前に、暴走を止める」

「殿下の周囲では、時間が逆転しているのだろ? 能力の範囲に入ったら何が起こるか……」

「お前が寝てる間に検証済みだよ。毎秒一年ってとこだ」


 懐から使い古したペンを取り出し、ルナの能力の範囲内に放り投げる。


「一年前に貰った万年筆だ。中古だから最初に製造されたのはざっくり十数年前かな」


 地面に落ちたペンは数秒は微動だにしなかったが、すぐに変化が見え始める。 

「使っている間に付着した手垢や、擦り傷、はげた塗装は新品の頃まで戻る。動きは逆再生されないが、状態は確実に戻る。で、問題はその後だ」


 新品同様になった万年筆は、まず外装の塗装が溶けて剥がれ落ち、次に本体の金属、インクタンク、ペン芯のゴム、ペン先が瞬きの内に塵と液になった。


「塗料は漆の樹液まで、ゴムも樹液かな。金属類は多分鉱石とかにまで戻るんだろうけど、量が少ないからほぼ砂鉄になったってとこだな」


 そして少しの後に樹液は完全に消え果て、塵は風に舞ってしまう。


「樹液は採取した樹木の年数かな。鉱石は何万年単位のもんだからそうそう消えないだろうが」

「これ人間が入ったら……」

「言わずもがな、赤ん坊にまで戻ったあと、十月十日分経て、赤ん坊の種にまで戻って最終的に雲散霧消」

「…………」


 アルターは難しそうに顔をしかめ、その様子をフェスタはやれやれと言った風に彼女の肩に手を置く。


「解決策はもうある。お前の役目はさっき言った事だけだ」


 フェスタは瞳を閉じて深呼吸する。


「さっきの話を踏まえた上で、ルナに近づけんのは、自分だけだ」

「お前、何を」


 目が見開かれる。


「……『正解の無い問い掛けスフィンクス』」


 いつぞやの美女の姿に、フェスタは変身する。


「時間の逆行に対応するなら、こっちは時間の早回しで相殺するんだよ」

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