14、『無敵』を解剖してみた

「おーい! アルター! 無事か!?」


 驚愕もほどほどにフェスタはアルターを安置していた場所の上空まで飛行する。


「あぁ、何とか!」


 砂に塗れた見慣れた顔を発見し、一先ずフェスタは安堵し、地面に舞い降りる。

 どうやら目立った怪我は増えていないようだ。


「震度は大したことなかったしな、慌てるほどではない」

「思ったより、落ち着いているな?」

「東方の島々出身だからな、多少は慣れている。そんなことより、殿下の安否が気がかりだ」


 自分も怪我人だというのに、他人の心配か。とフェスタは思ったが、あえて口には出さない。

 というか身に覚えがあった。


「一応、頭を保護出来る場所に詰め込んでいるが……アルター無理をさせて悪いが保護を頼めるか?」

「頼まれるまでもないさ。して、殿下は何処に匿っている?」

「あ……」


 それまで真っ直ぐ目を見て話していたフェスタが、急に目を反らす。


「…………青い……ブリキの……」

「どうした? 歯切れが悪いぞ」

「…………ゴミ箱……食堂裏のでかい奴」

「……聞こえなかった。貴様、もう一度言ってみろ。殿下を何処に保護している?」


 穏やかな顔をしてこんなこと言っているが、すでに剣を抜いている。


「中身は全部出してから詰め込んでるから! 頼んだぞ!」

「そういう問題ではない!! かの御方を何と心得て――って、おいコラ待て! 飛んで逃げんな!!」


 首の皮一枚だが、何とか身の危険を回避したフェスタはやり残したことの方へと向かう。


「押さない、走らない、喋らない。に『殺さない』も追加しないとだな」


 どちらかと言えば、フェスタに必要だったのは『殺さないで』だ。


「死体でも確認しに来たか?」

「おっと」

 

 軽口もほどほどに、低くうなる声が彼女を呼び止めた。

 それは燃え残った炎が燻る壁の瓦礫の上から。


「……よう、インチキ魔女」 


 アイン。

 流石に幾度も強襲を防ぎ切ったフェスタを相手に不用意に近づくことはない。

 脱水や低酸素で激しく体力を消耗しているが、まだ意識を保っている。流石は騎士団で一部隊の隊長を勤めているだけはある。

 隊長は化け物しかいないのだろうか?


「ご挨拶ぅ。インチキはお前の方だろ? ネタは上がってんだ」

「空飛びながら一方的に殴ってた奴が何言ってやがる」


 暴走の症状が和らいでいる。

 フェスタは会話がある程度成立していることで、そう考えていた。

 荒業だが気絶一歩手前まで持って行けたからか、敵愾心は変わらずだが半狂乱の状態は抜け出せている。

 そう、あと一歩なのだ。


「もうちょっと理性飛ばしとけよ……逆にやりづれぇわ」


 暴走状態であったから、無敵の一端を担う完璧無比な剣技が鳴りを潜めていたというのに。

 今が一番、殺気が澄んでいる。


「もう、お前をただの野良の魔術師とは思わない。危険因子として、俺の全力を以て斬らせてもらうぞ『黒魔女』フェスタ!」

墓守の鍵マスターキー、急上昇!」


 もう蹴って跳び上がるための壁はない、空中の優位は死んでいない。


「遅い」


 音もなく、アインは居る。

 言葉を発している頃には、すでに剣を振り終えている。


「――『無穹むきゅう』」


 魔女が昇る空は、もう無い。

 振り被る所作も、振り降ろした瞬間も消し飛んだように、ただ剣が下を向いている。

 意趣返し。

 気が付けば術を放つ魔女へ、気が付かぬ間に断ち切る刃を。


「……あっけないもんだな」




「奇遇だな、私もそう思ったんだよ」


 上空。


「――ッ」


 どのようにして今の一撃を躱したのか? それは後回しで、アインは声の方に警戒を向ける。

 そこにあるのは、晴行く曇天の隙間から覗き見える蒼と、目を眩ませる刺すような陽の光。

 黒い影はいない。


「悪い。どうやら消えてほしいらしいからな、お前の目には、もう私の姿は映らないようにしたんだった」


 声は四方八方から。


「ラヴィお得意の声騙しをパクらせてもらったんだよ。音源ずらしは再現しやすいんだ」


 声はすれど姿は一向に見えはしない。


「一体! 何をしやがった!?」

「おいおい、初めましての時に見せたろうよ。忘れたんなら、やり直すか、初めまして」


 パンッと手を鳴らす音と共に、何もないと思っていた空間からその姿が浮かび上がる。


「――お前?」

「ご挨拶ぅ、って、あぁ……お前が姿見るのは初めてか」


 口角が上げて、愉快そうにその女は語る。  


「お前が、黒魔女フェスタ……だと? さっきまでの《子供》は……?」


 何が起きたのか分かっていないアインを全く気にかけることなく、慇懃無礼に深々とフェスタは頭を下げる。


「改めまして。アイン隊長殿。私は広域指定極道ギルド『北蠍の双爪リアレス』若頭補佐『黒魔女』フェスタ。好きな物はツナと鶏肉、嫌いな物は蛇とネギ類。趣味は日向ぼっこと読書、諸々の研究。特技は道案内と闇医者稼業を少々。得意な魔術は――『幻想魔術』」


 その姿は、徐々に風景に上書きされていく。

 さっきまで女がいた場所へ剣を振り下ろせども、感触はない。


「果たして、今見せた『私』は本物の『私』だっただろうか? 先の自己紹介に本当はあっただろうか? 今、お前に声を浴びせているのは本当に『私』なのだろうか?」

「耳障りなんだよ!」

「聞いただけだよ」


 声を頼りに剣を振れど、先ほどから虚空を裂くばかり。


「お前の能力は、うん、確かに無敵を名乗るに十分だ。現に今も間合いに入れないのに、外からの決め手に欠けている。検証の結果、お前の喉元に刃を立てることは不可能だ」

「何の話だ!」

「なので、私はこのまま退散することにするよ」


 声が遠ざかっていく。フェスタお得意の逃走。

 一度逃がせば、その足跡を辿ることはできない。


「逃がすか!」

「――言ってみただけだよ」


 背後。


「一つ言い忘れていたが」

「っ!?」


 振り向いた瞬間、そこに立つ人影を覆いつくす眩い赤と青の閃光が激しく点滅を繰り返す。


「幻想魔術のベースは光属性の術なんだ」


 フェスタは杖を肩に抱え、躊躇なくアインの間合いに入る。


「零番・『陽光』。黒魔女のクセに光の魔術が得意とはこれいかに、人は見た目で判断できないものだな。まあ、私の見た目は定まっていないがな」


 眩む目に映る間合いの中の人影、今なら仕留められる。だのに、手足が動かない。


「う、動け、ねぇ……!」

「光過敏症と言ってな、強い光の点滅を受けると意識障害や手足が痙攣などの症状を出ることがあるんだよ」

「なんで、大海獣バテンカイトスが発動しなかった……」


 地の術で鎖を作ってアインを完全に拘束する。

 

「お前の無敵は光を通すんだよ。幻術で虚像を見せていた光は間違いなく間合いを通過してるにも関わらず正常に稼働していたからな」


 そもそも、常に進入し続けているはずの光まで逸らしているのなら、2m以上先は闇に覆われているはずなのだ。

 それを踏まえてフェスタはずっと何を通し通さないか、その条件を調べるために『検証』を行っていた。


「結論、光過敏症なんて症状に個人差がある分の悪い賭けにでるしかなかったって話だ」


 幻術で翻弄していたように見えたフェスタも、内心、最後の一手の心許なさにハラハラしていたことだろう。

 それもお終いだ。


「お疲れさん、アイン」

「気安く名前を――」

 

 フェスタは自分の唇に人差し指をかざす。


「目が覚めたら、私らはもう敵じゃ無いからよ、ゆっくり休んどきな」

「最後まで意味わかんねぇよ、お前は」

「相互理解の時間はあとで設けるよ――二番・『揺籃ようらん』」


 皇太子を強制的に眠らせた催眠術。

 抵抗もできないアインは、重くなる瞼と微睡みゆく意識に誘われるがままに眠りに落ちていく。


「でぇはぁぁぁぁ…………疲れたァ……!」


 フェスタは張り詰めた緊張をほどくと深いため息を吐き、眠るアインのすぐ傍でごろんと寝転んだ。


「最後の最後のまで気を抜けんかったよ、こんな肝の冷えるような戦闘は二度とごめんだね」


 「ただまぁ」、と続け、雲が晴れしっかりと顔を覗かせる太陽に目を細ませながら、フェスタは満足げに口元を綻ばせる。


「約束は守ったぜ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る