5、謀略『迫る脅威』

「謀反人ソル。『能力抹消処理』後、監獄島行きの護送列車で連行、先ほど予定通り帝都を出立しました」


 一夜の冗談みたいな地獄絵図、現実感のない惨状を事実と受け止めながら、曇天に見下ろされながら、ソルの手によって築き上げられた大量の遺体を運搬する騎士達の姿。

 そんなことを気にも留めないで騎士団屯所内の会議室、不遜にも殉職した団長の椅子に腰を据える男が部下と思しき騎士から報告を受けていた。


「指示通り、サフィール隊長の遺体も処分のために護送車に積載しましたが、よろしかったのですか?」

「あぁ、構わないよ」


 部下の疑問に穏やかな笑みで答えるのは中年の騎士、ギュスタヴ。両脇に側近を従えながら鎮座している。


「『帝国を混乱に陥れた大罪人を征伐した英雄』とっていう存在は、我々『新生帝国騎士団』新たな門出のプロパガンダにもってこいなんだけど、俺の息が掛かってない第三者に遺体を調べられて毒を調べられても厄介なんだよね」


 平隊士たちが額に汗を滲ませ、唇に血を滲ませ、同僚だったモノを運んでいる中、ギュスタヴは煙草に火を着け、一服している。


「それに、もう一人の『哀れな山羊スケープゴート』の身柄は取り逃がしたし、皇太子は存命のまま。その上、全部の罪をおっかぶせる予定だった『北蠍の双爪リアレス』はソルちゃんを除いて雲隠れ」


 吸った煙を一気に吐き捨て、ギュスタヴは誤算に頭を抱える。


「雇った身元不透明の不逞浪士共は全員捕獲・惨殺済みだけど、主犯として捕らえたソルの元鞘は健在、賊軍の凶行を未然に防げなかった上に敵をほとんど取り逃がしたっていう、騎士団の失態なわけじゃん?」


 全部自作自演の癖に、いけしゃあしゃあとよくほざく。


「折角、二百人近い騎士の犠牲で厄介な団長と副長、それにサフィーちゃんを追い出せたのに、これじゃあ騎士団の地位を上げるどころか、役立たずの烙印を押されちゃう。そんなんじゃ英雄扱いどころか無能呼ばわりだ。それじゃ……あまりにもサフィーちゃんが浮かばれない」


 真昼間だというのにも関わらず、目の前のテーブルに置いていた葡萄酒ワインのボトルの栓を開ける。


「ならいっそ『使命に殉じた誉ある騎士の一人』として葬ってあげるのが、せめてものお詫びでしょ」


 グラスに注ぎ、そのまま一口煽る。


「キミも一杯どう? 遺体処理なんて呑まなきゃやってらんないでしょ」

「いえ……仕事中ですので。弔い酒は落ち着いてからでよいかと」

「そう……広場と城門前はしばらく立ち入り禁止だから、休憩しながらゆっくりやりなよ」

「承知しました。では失礼します」


 そう言って、部下の騎士は会議室を後にする。


「本当……計画書通りには進まないもんだ」


 ギュスタヴの誤算は、ソルの能力を把握できていなかったこと。そして、皇太子を連れ去った黒猫の存在。


「能ある鷹は爪をなんとか、って言うけど、いや、今回は眠れる獅子に手を出しちゃったって感じかな?」


 事前に内通者からソルの能力や戦闘力についての情報は受取っていたが、事前情報データ以上の暴れっぷり。それに――


「破壊の杖『雷鳴』……捜索状況は?」


 ギュスタヴは側近の女騎士に確認する。


「見つかっていません。戦闘に加わっていた騎士からの情報通り、消滅したと見てもいいのではないでしょうか」

「だよね……俺も見てたけど、ソルちゃんが力尽きる直前に霧散した」

「直前に別のモノに変換したと見ていますが、それらしいものは見つかっていません。持ち物も全て取り上げたのに何故……」

「まあ、仮に『今の』ソルちゃんが雷鳴を所持していたとしても、脅威じゃないけど、これ以上の誤算はごめんだからね。それに消えた翠嵐も気になる見つけ次第、すぐに持ってこさせて」

「御意に」


 そしてもう一つの誤算、黒猫の方。ソルの側近にして北蠍の双爪の門鍵であるフェスタと言う名の少女であることは把握していたが。


「それにしても、サフィーちゃんが殿下を託すような相手がいるとはねぇ」


 ギュスタヴもソルとサフィールが親しい仲なのは知っていたが、フェスタとの関係は盲点だった。

 流石に能力なんかは作戦に密接に関わる以上必須だが、交友関係にまで目を光らせてはいられない。

 そこが落とし穴になった以上は次からはきっちり対策するということだが。


 煙草を灰皿に押し付け、その隣にある計画書の内容を目でさらう。


「『毒』は仕込んでいます。いつでも合図一つで、皇太子は始末は可能だというのに、何か気がかりでもおありですか、参謀殿」


 その声は本来、一番隊隊長が座すべき席から。

 声の主は、口調こそ丁寧だがギュスタヴにへりくだる様子はなく、静かながらも自分はあくまでも対等かそれ以上だという意思が見え隠れしている。


「そう慌てないでよ『アルファ』。毒は最終手段」

「随分と悠長な話ですね。本当に貴方がこの国に変革をもたらす気があるようには見えませんよ」


 アルファと呼ばれた青年は、その瞳に苛立ちを秘めた仄暗い熱を点しながらギュスタヴを睨んでいる。

 それでも、ギュスタヴは盤上の一手を悩むような素振りで、意に介することはない。


「皇族の御身ってのは尊いモンでねぇ。その死因は評議会の貴族様方が徹底的に解明して、公表なされるのよ。もし、痛いから微量でも毒が検出されたら、『賊の手による非業の死』ではなく『政敵によって一服盛られた』って扱われる」

「そうなれば、騎士団の介入の余地はないということですか……」

「そう。死に意味を持たせるには、ちゃんとした物語ストーリーが必要なんだよ」

「貴方の理由は分かりました」


 そう言って、アルファは徐に立ち上がり、カツ……カツ……とゆっくりとしたテンポの足音と言葉を交互に鳴らす。


「ですが……あまり、のんびりされていると、我々としても、新生騎士団との付き合い方を考えさせていただかねばなりません」


 そして、ギュスタヴに背を向けた状態で、テーブルとの間に立つ。


「私も、か弱い民達も、『怒り』を蓄えている」


 アルファはボトルを手に取り、グラスに葡萄酒をなみなみと注いでいく。


「一人一人の怒りではほんの一滴ひとしずくに過ぎません。とてもではないが、帝国という硝子の壁に穴を穿つことすらできない」


 ワイングラスには似合わないほど、赤黒い液体が表面張力でなんとか収まっている状態まで注がれる。ほんの少しでも刺激を加えればテーブルに零れてしまいそうなほどに。


「しかし、溜まりに溜まった怒りは、その嵩を増していき、高く堅牢に見えた壁を今まさに越えようとしている」


 アルファはボトルの壁に残った僅かな葡萄酒を、グラスに落とす。


「私は、最後の後押しをする一滴だ」


 張力の限界を迎えたグラスから、赤黒い透明度の低い液体が氾濫し、テーブルを汚す。


「勿体ないことするねぇ」


 広がる葡萄酒の水溜りはテーブルに置かれていた計画書を濡らす。


「これは忠告です」


 空になったボトルを床に叩き付け、硝子の破片が宙に舞う。

 背を向けたアルファの表情は分からない


「うかうかして、積もった水滴を見逃さないように、お気をつけ下さい……ギュスタヴ新生騎士団長殿」

「おっかないねぇ」


 動じないギュスタヴを鼻で笑ったあと、アルファは会議室を後にしようとする。


「そう言えば、殿下は東に向かっているらしいよ。ネクタリスへと向かうんじゃないかな」


 アルファが立ち去る直前に、まるで今思い出したかのようにギュスタヴは告げる。


「そうですか。それは朗報ですね」

「こっちで始末を付けるつもりだけど、一応、キミにもね」

「それはどうも、では失礼します」


 最後まで慇懃な態度を崩さなかったアルファという青年は、人に見られていない場所でも上品だった。

 口元を手で隠し、上がった口角を隠す所作が身体から自然に零れ出ていた。


「民衆の怒りによって、『呪われた血』は洗われなければならない」

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