15、二律背反

「そうだ、ここでやらなきゃいけないんだ!」

「ラヴィ副隊長に続けッ!」


 及び腰ながらもラヴィの号令で、一番隊の隊士たちが一人、また一人と剣を抜く。


「馬鹿ばっか……」


 小さくソルが呟く。

 見知った顔、騎士と極道の違いはあれど、互いの面子を立て、形ばかりのいがみ合いはあっても、なんだかんだ、仲良くやってきた。

 気が乗らない。 


「ソルさん、ごめんッ!」


 剣を抜いた騎士が一人、ソルに真正面から斬りかかる。


「謝んなや……」


 気は乗らないが、身体は正直だ。

 薙刀で振るう腕で引いた一線は、躊躇い乱れなど微塵もない。

 彼女の表情は相変わらず、冷え切っている。


「……二十」

「ボレアス!」


 ラヴィが叫ぶ。あぁ、二十番目の彼はそんな名前だったっけか。

 正面から来た二十番目の彼の遺体で、ソルの視界が遮られる。その背後から二人の騎士が飛び出し、右と左の双方向から攻撃を仕掛ける。

 初めから、斬られることを前提に目隠しの役目を率先したのだろう。

 なら、もう少し勇ましい顔で来てくれ。


「二十一」


 斬った騎士の手に握られていた剣が零れ落ち、それを掴み取ったソルは薙刀を捨て、右の方の首を剣で貫く。


「二十二」


 当然、左からの攻撃はフリーになる。左の騎士が剣を大きく振りかぶり、その胸を槍が貫いていた。

 背を向けていたソルの脇から槍が伸びている。

 右を貫いた後、剣を逆手に持ち替え、槍に変換していた。

 左右は面倒でも前後なら、ソルが得意とするところだ。


「今の、どっちがルアンで、どっちがレシアか分かります?」


 その声が聞こえた方へ、槍を投げる。

 バキッと、音がした後、何かが地面に落ちる。


「角笛……」


 ラヴィの能力で出現する、別の場所の音を伝える特殊な角笛。

 角笛で気を逸らされたところに、同士討ちを怖れていないのか槍兵部隊と魔術部隊が波状攻撃を行なってくる。


「ソルさんに全うな手段で勝てるなんて思ってないです!」


 槍兵部隊長らしき男が険しい顔で向かってくる中で、ソルのその鉄面皮の瞼が大きく開く。

 槍兵たちは防具の上から、爆弾を巻いている。


「……ッ! やからって、そんなやり方があるか……」


 導火線に火は付いていない。だが、魔術部隊が放ったのは、炎の魔術。


幽体残脱スピリット


 硬貨を真上に弾く。振りかぶって投げる余裕はない。

 建物も何もない広場、移動の先に大地はない。


表裏一体ラッキーストライク


 残る硬貨の数に限りがある中で、十枚取り出し、真下へ投げつける。

 槍兵達はソルの放った槍の雨で串刺しになっていく。これで彼らは自爆なんていう、騎士の誉れもない無様な死は免れる。

 だが、爆弾は残っている。

 炎の玉が着弾し、ソルの真下で爆炎が上がる。


「クソッ!」 


 爆風に飲み込まれるより先に、硬貨を魔術隊の方へ更に十枚投げつけ、一枚を瞬間移動に、残りを全て槍に変えて蜂の巣にする。

 空中で投げたせいで命中精度が粗い。一人まだ息がある。


「三十二……あと、なんぼおるんや」


 着地と同時に取り逃がした一人を、一緒に投げた槍を拾い上げてトドメを刺す。


「槍兵の部隊長はゼファー、私が隊長に怒られているときによく、隊長を宥めてくれました。火を放ったのは部隊長はノクト、ゼファーとは親友で、私もよく連れ立ってに飲みに行ってたんです」


 四方からラヴィの涙声が聞こえる。

 どうせ、ブラフ。

 そう割り切って、角笛を無視し、残りの騎士達を殺していく。


「三十六」

「エイプリルにはよく隊長に告げ口をしない代わりに、お昼を奢らされたなぁ、可愛い妹分だった」

「四十三」

「よく私に恋愛相談を持ちかけてきてたんですよ。カイくんったら、彼氏に振られ続けてる恋愛下手の私なんかに持ちかけて……そんなんで成功するワケないのになぁ」

「四十九」

「私なんかが副隊長になって、良い気分じゃなかったろうに、コールさんは、よく私の仕事を手伝ってくれたんですよ」

「ラヴィ……ええ加減にせぇよ」


 四十九個目の首を落とし、ソルの手に握られているのは一本の槍、巾着袋に硬貨は五枚。


「揺さぶっとるつもりの間に、もう、お前しか残っとらんで」


 金の修羅の足下には死屍累々。

 歩くたびに、ピチャピチャと水の音が鳴る。


「息巻いとったのは、最初だけか?」


 答えを求めていない。


「なんで、私を最後に残したんですか?」


 ラヴィは立ち向かって来なかった、かと言って逃げも隠れもしなかった。

 ただ、目立つ場所で剣を握り締め、ずっとすすり泣きながら、角笛でソルに語りかけていた。


「別に脅威やないからな」


 もう目の前にソルはいる。

 ソルは常に、味方に指示を出す者、鼓舞する者、聡い者、つまりは、僅かでも脅威になる敵を優先して排除していた。


「お前はいつでも殺せた。なら後回しでええ」


 槍の刃先がラヴィの首に迫る。


「何の役にも立たないことなんて、私が一番わかってる!」


 ラヴィの首に接触するより先に、白色透明の曇り硝子のような壁に阻まれる。


「防御術か」


 ラヴィは防御術越しにソルの顔を見る。

 傷一つ付いていない、画家によって描かれた額に収まった肖像のように時間が止まった無表情。


「なんでッ!」


 ソルは弾かれた槍を手元から離し、目の前の壁を砕く最適解へ行動を移す。

 それを邪魔するために、ラヴィは自身の能力で角笛を出現させる。


「立体音衝ッ!」


 双方向ステレオで放たれる爆音の衝撃波でソルを襲う。


「なんで、貴方は何も聞かないんですか!?」


 衝撃で舞い上がった砂埃の先に残っているのは、ソルの槍のみ。


「何をや」


 ソルは既に、ラヴィの真後ろに回りこんでいる。


「どうして、私が貴方を売ったのか、とか!」


 身を守る術ばかり達者なラヴィは、再びソルの槍を防ぐべく防御術を張る。


「知ってどないせぇっちゅうんや」


 硬貨は既に握られている。


二律背反アンビヴァレンツ粉骨砕身キャメル


 その手に現れたのは、槍の刃の代わりに先端に無骨な鉄塊が付いた……長柄の鉄槌ハンマー


「これまで、ずっと隊長相手に手を抜いて……!?」

「そんなわけないやろ……」


 振り下ろされた鉄槌が防御の壁を、その重量で粉々に破砕する。

 だが、先端に重さが偏った鉄槌を連続で攻撃を放つのは困難。ラヴィが防御壁を再展開するのには十分猶予がある。

 だが、ラヴィは防御壁を張らない。張れなかった。


「終わりや」


 握られていた鉄槌は、槍に姿を変え、ラヴィの首に掛かっていた。


「本当、嫌な人」


 返り血で服や髪を汚し、顔見知りを八つ裂きにしてもなお、ソルの鉄面皮は揺らがない。

 涙目で霞んで見えているというのに、ラヴィの目に映る死神ソルは、悔しいくらいに美しかった。


「……最期に、見苦しいけど、一つ言い残していいですか?」


 もう抵抗する気はないのか、大人しく首を差し出している。

 ソルは首から槍を放さないが、黙ってラヴィの話を促す。


「旅籠に騎士が討ち入ったのは、貴方のせいじゃない」

「なんやて?」

「というか、私の角笛は盗聴は出来ても、それがどの場所での会話か分かるほど優秀じゃないんです」


 ラヴィは自分の羽織から、角笛を一個、ソルに投げ渡す。

 それは、ラヴィがサフィールに渡していた通信用の角笛。


「今回の参謀の計画は、騎士団を乗っ取って、謀反を起こし、国の実権を握ること。そして、その罪を全て、副長と隊長……そして、それに協力した北蠍の双爪リアレスに全て押し付けようとしている」

「……続けろ」


 珍しく、ソルはすぐに首を落とさない。

 『参謀の計画』とやらは初耳だが、それが、今回の大火事の原因か。


「北蠍の双爪に、内通者がいます。名前は知りませんが」

「そうか……」


 ソルは、ラヴィの首から刃を離す。


「ウチらを売ったと思ったら、すぐに主犯を売りよって……殺す価値もないわ。裏切りモンの看板ぶら提げて、生き恥さらしとけや」


 責めているのか、憐れんでるのか、それすらも、ソルは読ませてくれない。


「貴方がどんな選択をしても、結果は変わらないんですよ……だったら、せめて貴方に、隊長を――」


 ラヴィの視界がぐら付き、全身に激痛が走る。


「あぁ! ごほっ……がはっ、あ、ああぁぁぁ!!!!」

「ラヴィ!」


 ラヴィは痛みに悶え、血を吐きながら、ソルにもたれるように倒れる。


「貴方が……早く殺さないから、向こうが痺れを切らしたみたい……」


 ラヴィに身体を貸したソルは、彼女の首元に、蛇に噛まれたような痕と、そこから血管が青黒く変色し広がっていることを発見する。


「蛇なんかおらんかったやろ」

「仕込み毒ですよ……呪いみたいなもの、なのかな……いつでも好きなタイミングで劇毒を全身に回せるんですって、向こうにはそういう下衆な能力者がいるんですよ……私ら全員、噛まれてたんです」


 麻痺を起こし、呼吸も困難ながら、ラヴィは喋る。


「少し黙っとけ」

「まあ……そんなことは……どうでもいいんですよ。言ったでしょ、結果は貴方に殺されるか、毒で死ぬか……だったんです」

「黙っとけ!」


 大声を出しているのに、ラヴィの何でも聞き逃さない自慢の耳には、もう届いていない。

 体の端から血管に溶鉄を流し込まれるような激痛と共に感覚を失っていく、先端から腐り落ちていくような、押しつぶされるような。

 視界は朦朧として何も見えなくなっていくのに、無理矢理脳内物質を絶えず放出させられているように、意識がはっきりしている。


「ソルさん……貴方のことは大嫌いですけど……隊長を……サフィールと仲良くしてあげてくださいね」

「……」


 ソルは声を掛けるのをやめ、握り締めた槍で彼女の首を刎ねた。


「…………五十」


 彼女の返り血を浴び、地面に落とした視線を、ゆっくりと上げていく。


「ラヴィ……」


 その声は、ソルのものではない。

 崩れるように倒れたラヴィの骸の向こうに、声の主はいる。


「ようやっと……お出ましか。サフィー」


 名前を呼ばれた少年は、もはや付いているだけの左腕をぶら提げ、身体を預けるには頼りない二本の足で立っていた。

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