7、帝都炎上

「こっちに水を回してくれ!」

「火消しが足りてない、動ける人は周囲の家屋の打ち壊しに手を貸せ!」

「女子供は風上か川に避難させろ!」


 サフィールが教会を出たタイミングを計ったように、城下町は騒ぎとなっていた。

 一軒の民家が火元となり、周囲に延焼していっている。

 乾燥した地域であることから火事に耐性がある現地住民は積極的に消化活動や避難誘導に協力している。

 だが観光客たちは錯乱しているようで、成す術がなくなる者、風下に逃げてしまい逃げ場を失くしている者もいる。


「だ、誰か! 妻が炎に!」

「任しとき!」


 男性が火中に飛び込もうとしているところを、それよりも先に飛び出す姿があった。


二律背反アンビヴァレンツ


 それは硬貨を槍に変えて、燃え続ける倒壊した建物の残骸をなぎ払い、火に囲われた女性を救助する。

 消火活動を率先して行い、城下の民を鼓舞している北蠍の双爪リアレスの若頭、ソルだ。

 彼女は組長からの指示で、人々の救助に注力していた。

 煤まみれになりながら逃げ遅れた人々がいないか捜索をするソルは、風が吹き降ろす方へと一心不乱に走る少年とすれ違う。


「サフィー、なにやっとる!」

「あぁ?」


 既にソルが捜索を終えた火の手が燃え広がる方へと向かう黒髪の少年を引き止める。

 ソルに呼び止められ振り向くのは、天下の美少年と称されるその顔を煤で汚し、羽織の裾を血で汚したサフィールだった。


「もうそっちに人はおらん。それよか、騎士団はこんな時になにやっとるんや! 住民の避難誘導と救助活動はお前らの仕事やろ!」

「はぁ!? 巡回の騎士はいないのか?」


 ソルの発言に、サフィールは寝耳に水といった様子だった。

 他の騎士が一人もこの事態に気づいていないなんてことがあるわけないと思っていた。


「まさか……いや、そんなはずは……」

「何か思い当たる節でもあるんか?」

「…………騎士団の裏切り者が火を放った可能性がある」


 騎士団を裏切ったということは、不逞浪士の側についたということ、騎士道から足を踏み出したのなら、非道な行いを平然とやってのけてもおかしくない。そうサフィールは考えている。


「副長の方にも間者が紛れ込んでいる可能性……放火犯は騎士? それとも結託した不逞浪士……どちらにせよ、副長たちと合流しないと……」

「はぁ……ちょっとじっとしとけ」

「え? あ、おい!」


 ぶつぶつと何か考え事をするサフィールに埒が明かないといった感じで、ソルはサフィールを担ぎ上げる。


「待て! 俺はそっちに用があるんだよ!」

「何の用があるんか知らんが、騎士なんやったら、ギルドに任せてんと、ちゃんと民を守らんかい」


 じたばたしていたサフィールはソルにそう言われ、はっとしたのかぐうの音も出ないのか唇を噛んで大人しくなる。


「サフィール何をやっている!」


 そこに、火の回っていない方向から声が飛んでくる。

 姿を現したのは騎士団副団長アルターだ。火の手が上がったことを確認して真っ直ぐにこちらに来たのか、煤汚れも少ない。

 火元からやってきたのであればもっと汚れていてもおかしくない、少なくとも放火犯ではないと見ていいだろう。


「貴様、サフィールを離せ!」

「ん」

「あデッ!」


 アルターの怒鳴り声に、ソルは素直に従いサフィールを手放す。


「お迎えが来たんやったらウチは行くで。こっちも暇やないからな」

「待て。北蠍の双爪リアレスのソルだな」


 その言葉は抜剣と共に繰り出されていた。


「鞘走んなや。用件を先に言ったらどうや」

「ここに来る道中、不審な輩が方々の家屋に火を付けて回っていると耳にした。もしや貴様らの仕業ではあるまいな」


 返答次第では斬り捨てると、アルターの剣と視線は真っ直ぐにソルを睨んでいる。


「なんでそないなことせなあかんねん。ウチらはお前らに代わって仕事しとんのやぞ」


 喧嘩っ早いソルも相手がその気ならと、槍を構えている。


「それとも、邪魔するっちゅうことは、この火事、サフィーの言うとおり、本当に騎士が放ったって話になるんとちゃうか?」

「騎士が? どういうことだサフィール」


 ソルの言葉に部下の名前が出たからか、アルターは腰を強かに打ちつけたサフィールに説明を求める。


「副長……団長とワイスが殺されました……」


 一度、冷ました頭がさっきのことを思い出したことで煮えくり返りそうになるのを堪えながら、サフィールは先ほど教会で自分が見たままを副長に報告した。


「そうか……シンが団長を斬ったのだな、それで、お前は火中に入り、奴を追おうとしていたところを、そこのヤクザ者に捕まったというわけか」

「なんや棘があるのぉ……ウチに文句でもあるんか」

「いいや。この馬鹿の暴走を引き止めてくれたこと、並びに騎士の怠慢を知らせてくれたことには礼を言っておこう」

「そりゃどうも」


 互いに敵愾心は隠そうともしないが、今ここで小競り合いを続ける意味もないと判断し情報を共有する。


「現在、こちらの地区以外にも方々で火の手が上がっていて火消しが間に合っていない状況だ。騎士が出てきていないとなると、どこまで騎士団に裏切り者が紛れ込んでるかも分からん」

「頼りにならんなぁ、一応火の手が回ってない下町の方と風上の河原、後は城の堀の近くに住民は避難させとる」

「そうなってくると洛中の避難場所が手狭になるな。あぶれそうなら洛外に避難誘導を――」


 逃げ遅れた人を探しながら、呉越同舟と言った様子で私情を抜いてアルターとソルは情報を交換している。

 少なからず住民に被害は出てしまっているだろうが、当面の問題であった住民の安全は何とかなりそうな方向でまとまっている。

 もう一つの問題は。


「放火の目的は、やはり、テロ……ですかね」

「騎士団に裏切り者がいるとなると、官僚にも通じている奴がいそうだな。そう考えると、混乱に乗じて城を落とされるやもしれん」

「ッ!」

「陛下とアストレア閣下がいる以上、そう容易く陥落するとも思えんが……」


 先頭を走っていたアルターが足を止め、後ろの二人もそれに倣う。

 路地から人影が飛び出し、アルターに襲い掛かってきたのだ。


「この騒ぎの中で騎士に斬りかかってくるか、狼藉者め」


 襲い掛かってきた不審人物は剣を握っていたが、それをアルターは事も無げに引き抜いた剣で受け止め、蹴り飛ばす。


「帝国騎士団、副団長アルターと一番隊隊長、サフィールだな」

「騎士団を狙い討ちとは、相当命が惜しくないと見える」


 素顔をフードで覆い隠した襲撃者は防具を腹部に仕込んでいたのか大したダメージをみせることなく、警鐘を取り出し打ち鳴らす。


「最優先目標のアルター、サフィールを発見した! コッチだ!」


 その合図を聞きつけ、最初の男と同様、素顔を隠した不審人物たちが四方八方から現れる。

 総勢十五名。ちょっとした集団だ。


「お前らが目標らしいし、ウチは先行ってもええんとちゃう」

「向こうがその理屈で通してくれるんならな」

不逞浪士テロリストに話し合いなど無意味だ。貧乏くじを引いたと諦めろ」


 三人はそれぞれ構えるがサフィールは内心焦っていた。

 住民達の避難の目処が立ち、一度は抑えていた裏切り者のこと、敵の狙いである城にいる皇帝とルクスリア。

 それらを思えば、こんなところで足止めを食らっている場合ではない。

 そのことを察したアルターはソルに視線を送り、意図を汲んだソルは小さく頷く。


「サフィール」


 アルターはそれだけ言って、一度城の方へ視線を送る。


「アルさん……ありがとうございます!」


 言葉ではなく想いを受け取ったサフィールは、道を塞ぐ集団に向かって駆け出す。


「野郎共! やっちま――」


 音頭を取っていた男の首が飛ぶ。

 その傍を突風が吹き抜け、かつて男だったモノの背後には、黒い髪の少年が羽織を棚引かせている。


「奇数だったんで一人減らしておきました。後を頼みます」


 血払いを済ませ、剣を納めたサフィールは敬愛する陛下と殿下が待つ城へと走り去る。


「要らん気を使いおって」

「奇数の方が、どっちが多くヤッたか白黒はっきりついたのに」


 その背を見送る二人は、襲撃者の集団を襲い返す。


 合図も何もなく、襲撃者の一人の腹を穿ち、金色の髪が赤色を浴びて炎で照り返し夜闇に日輪が咲いたと錯覚させる。

 合図を送る気もなく、襲撃者の一人の手を斬り、武器を奪ったのちに防具の隙間を抜いて心臓を貫く赤い瞳は鬼を髣髴とさせた。


「言うじゃねぇか、ヤクザ女」

「むしろ、仲良く七ずつの方が良かったんか?」

「馬鹿言え――全員俺の獲物だ」

「抜かせ」


 鬼の副長と金色の修羅は、我先にと獲物を喰い散らかす。

 最後の一人に残るのは後悔のみ。

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