4、隊長会議

「サフィール。戻ってたか」


 公爵の用事が終わり彼を城へ送り届けたあと、丁度いい時間だったので騎士団の詰所に戻って、隊長室の前で木剣を振って定例会議までの時間を過ごしていたら、同じく屯所内にいた他の隊長が声を掛けてきた。


「シン。二番隊そっちの方はどんな様子だ」

「例年通り、現地民と観光客の間でのトラブルが多いな。それ以外は特に変わったこともねぇよ」


 俺に話しかけてきたのは二番隊隊長、シン・アルデバラン。皇帝陛下に帝国騎士団が取り立てられる前の道場時代からの兄弟子だ。

 帝国騎士団一の偉丈夫で、傍に立たれると凸凹になるのが地味に嫌だ。

 同じ隊長同士でこんな風に話しかけてくるのは同門の八番隊隊長のワイスかコイツくらいだろ。

 俺とシンもそうだが、団長、副長、ワイスと三番隊隊長のアイン、十番隊隊長のゲンさんは騎士団の前身の道場時代からの古参だ。


「そっちは?」

「こっちもいつも通り、巡回中に下町で揉め事を仲裁してたかな。あ、けど公爵を拾った」

「なんだそれ?」

「あとでまとめて報告する」

「そうかい……あ、そうだ今日のソルちゃんとの喧嘩はどうだった?」

「引き分け」

「途中まで圧してたって聞いてたんだが……」

「誰に聞いたんだよ?」

「お前のとこの副官、実況用の角笛スピーカー貰ってんだ。今日は通信が切れちまって勝敗分からんかったんだよ。今日はソルちゃんの方に賭けてたんだがな。あとで払い戻してもらわねぇと」


 そう言った馬鹿デカいシンの掌の上には、耳の穴に収まるサイズのラヴィの角笛が置かれていた。


「アイツ、こんなもん配ってやがったのか」

「いや、賭札と一緒に売りつけられた」

「……石抱半日か素振り一万本十セット、どっちのが効くと思う?」

「程々にしといてやれよ……あの子もあの子で隊士と隊長の間で苦労してんだから」

「これでも譲歩してるんだ。本来なら切腹だぞ」


 次に顔合わせたらただじゃおかねぇ。


「副長譲りの生真面目さだなお前は」

「むしろ甘やかし過ぎた。副長みたいに容赦せず、罰していれば風紀が乱れることもなかったのに……」

「目が据わってるぞーお前」


 自ずと剣の素振りにも力が入る。


「てかシン、なんで俺が負けるほうに賭けてんだよ」

「いやーソルちゃんも強いしさ、お前を負かすほどなら、俺も一度手合わせしたいなーってさ。で、実際どう?」

「あぁ?」

「俺とソルちゃん、どっちが強い?」


 シンとソル……比較できる感じではないが。


「シンなら『四つ』以下でいけるかもな」

「かなりの高評価じゃねぇの」

「素直な感想を言ったまでだ、斬らなければならない日が来ないとも限らん。敵の力量を見誤って逆に斬られるなんてことは避けるべきだろ」


 だが、ソルと何度も剣と槍を交えたが、まだ、底が見えない。

 というか、アイツの考えていることが、分からない。


『理解しようとするな』


 フェスタの忠告が頭を過る。

 言われるまでもなく、理解なんて出来そうにねぇよ。


「サフィール、シン! 間もなく隊長会議が始まるぞ!」


 丁度その時、たまたま近くを通った他の隊長に声を掛けられる。


「おっと、もうそんな刻限か。行こうぜ」

「ああ」


 丁度いい、益体もないことを考えても仕方ないし、俺は木剣を置き、隊服を着て会議室へと向かう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 各隊長計十人と騎士団長と副長、参謀を据えて、会議室には独特の雰囲気を醸し出されていた。

 空気が悪いのは副長が怖いからだと思う。


「今宵、不逞浪士の根城に討ち入る」


 各隊の報告が終わった後、副長がそう切り出した。


「先日捕らえた不逞浪士が口を割った」


 監察に混じって拷問したんだろうな……。


「洛中の旅籠に国家転覆を目論む不逞浪士が集会を開いたらしい。あろうことか皇太子殿下の生誕祭に乗じ、城下の町に火を放ち、皇城の制圧を企てているとのことだ」

「アルター、数は?」


 団長が副長の話を促す。


「およそ二十数名ほどです。ですが、本当のことを言ってるとも限らない、倍はいると見ていいでしょう。ただ、連中は潜伏場所を巧妙に偽装しているようで、候補は二軒までしか絞り込めていません」

「一軒はダミーってことですか」

「よって、我々は二部隊を少数精鋭で編成し二手に分かれる。一番、二番、八番隊の隊長は団長に、三番、六番、七番、十番隊の隊長は俺に着いて来い」


 副長は多くは言わないが、あえてこの場で襲撃場所を口にしないのは、情報漏洩の防止策だろう。


「他隊、及び一般隊士は不逞浪士に我らの動きを悟られぬように平常時通り巡回、ただし、不穏な動きを見せる者がいれば直ちに捕縛して構わない。不届き者の企てを未然に防ぐよう尽力せよ。討ち入りの実働隊はここに残り、詳細を確認せよ」


 そう告げた後副長は団長と参謀の方をチラッと見て他の通達事項がないことを確認し、先に告げた隊長たちを残して会議を解散させる。


「アルさーんー」


 俺は会議が終わって真っ先に副長に声を掛けに行った。


「なんだ、サフィール。お前は団長の部隊だろ」

「今夜の生誕祭、近衛と一緒に殿下の警護に参加する予定だったんですけど」


 帝国騎士団は帝都の治安維持組織だが、近衛騎士団は皇帝直轄の皇城護衛騎士なので同じ騎士ではあるが形式上は別の組織だ。

 とはいっても、別に対立してるとかはなく、こういった帝都を挙げての行事の際には互いに連携することが良くある。


「近衛には今回の件は連絡済みだ、向こうもお前をアテにしていただろうが、こちらの方が優先だと納得してもらってる」

「マジですか……」

「残念そうな顔をするな。不逞浪士どもを斬り捨てたあと護衛に加わればいい」

「……分かりましたよ」


 正直、今日はもう殿下の警護のために力を温存していたのに、急激にやる気が失せた。不逞浪士ども全員ブッ殺してやる。

 渋々、俺は団長たちの方へ詳細を確認しに行く。


「もう少しやる気を出せ」

「サフィーさんは殿下が命っすからね」


 団長に苦言を呈されてしまった。


「一人腑抜けがいるが、俺たちは三番通りにある『レイクサイド』という名の旅籠に向かう。先駆けは俺とサフィールが務め、ワイスは裏口を、シンは表を固めろ、中の様子を確認し、合図を送り次第二人は突入しろ。もし、こちらが外れだった場合、すぐさまアルターの部隊の方へと援護に向かう」

「捕縛ですか斬り捨てですか?」

「中心人物と目されているヴァルクという男は捕縛対象だが、それ以外の浪士たちは斬り捨てて構わん。サフィール、くれぐれも皆殺しにするなよ」

「なんで俺だけに言うんですか」

「サフィーさんが一番、無差別だからじゃないですかね」


 後輩隊長のワイスが敬意もクソもない忌憚のない意見を食らわせてくる。


「おまけに気が立ってるから仕事が雑になるかもしれん」

「シンこの野郎……!」

「ヴァルクの捕縛は俺が請け負う、お前達は斬ることに専念してくれ。浪士どもに動きを悟られんよう、それぞれ刻限に例の旅籠の前に集合だ」

「「了解」」

「……了解」


 ダメだ。全然乗り気になれない。


「サフィール、ラヴィに連絡用の角笛一組、用意させることは出来るか?」

「アイツ、多分ほとぼり冷めるまで屯所に戻ってこないですよ」

「何をやらかしたんだ……」

「一応、アイツとの連絡用のは手元にあるんですけど、完全にコッチからの着信を拒否してます」

「はぁ……ラヴィに反省文を提出するよう命じておけ。伝令は別の隊士を連れて行く」

「わかりました……いや、ウチの部下がカスで本当にすいません」

「とは言え、片方が外れだった、らもう片方は当たりなわけなんだ、あくまで緊急用の連絡手段が欲しかったってだけだから、まあ、その……アレだ気にするな」


 隊員の不始末に俺が頭を抱えていると、団長が肩に手を置いて励ましてくれる。



「まーた、団長さんがサフィーちゃん甘やかしてる」


 その後ろから、団長の肩に腕を回す男の姿がある。


「道場の頃からの仲だからってそうイチャつかれると、おじさんちょっと仲間はずれにされてるみたいで悲しいゼ」

「うげっ、ギュスタヴ参謀……」

「ちょいちょい、あからさまに嫌そうな顔しないでよ少年。若者に嫌われるとおっさんは泣いちゃう生き物なのよ」


 ぬっと現れた中年は参謀のギュスタヴ。見てくれはどうみても小汚いおっさんだが、もともと帝都で働く文官気質の騎士だと言う。

 団長や副長はこのおっさんを重用しているが、どうにも俺は苦手だ。


「ギュスタヴ、別に構わんだろ、サフィールは俺の弟みたいなものなんだ。それにこの騎士団で一番腕が立つ」

「そりゃあ、プライベートで仲良くする分には問題ないさ、そっちの方がお互いのためにもなる。で・も。あからさまな贔屓はだめよ。他の隊士たちの士気に関わるから」

「うっ……それもそうだが」

「やるんなら、騎士団全員に同じように家族みたいに接してあげることだよ。そっちの方がみんな嬉しいしね、団長」


 おっさんが見苦しいウインクをする。

 まあ、言おうとしていることはわかる。団長が俺に対する態度を変えられないなら、不平が出ないよう、皆公平に接しよう。と言っているのだ。

 参謀という役職は伊達ではない。


「団長とサフィーちゃんの仲を引き裂こうってわけじゃないんだからさ、サフィーちゃんもおっさんを邪険にしないでね」


 一応言っておくが、おっさんの食えない感じは苦手だが、決して人間として嫌っているわけじゃない。

 剣しか能がない俺からすれば、頭が回るおっさんは素直に尊敬できる。ただなぁ。


「仰ってることはごもっともですが……もう少し風紀に気を使っていただければ、参謀、ちょっと酒臭いですよ」


 だらしない。

 副長が規律を重んじているのに対して、参謀は気が緩い。その塩梅で騎士団が成り立っていると言ってもいいが……。


「そもそも、俺が気を落としてるのは半分参謀にも責任があるんですよ」

「え?」

「ラヴィに喧嘩賭博の商売を吹き込んだのアンタでしょ」


 俺は鞘に手を回す。


「………………………………じゃ、ご両人これからも仲良くねぇッ!」

「ちょっと待てや! 今日という今日は逃がさねぇぞ! ぶっ殺してやる!」

「ここで剣を抜こうとするなァ!! おい、誰か! サフィールを抑えるのを手伝ってくれ! 屯所が消し飛ぶ!!」

「丁度いい機会だ、サフィー、ギュスタヴに灸を据えてやれ」

「みんな! 団長の言うこと聞いてッ! アルも煽らないでェ!」

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