狭間の章3

報いの使者 前編

 ベルティアの街ミレーから数キロ離れた、とある教会跡。

 雑草と埃にまみれたこの場所に、ベルティア辺境伯領の立派な旗を掲げた騎士たちが集まっている。


 ツタの絡まった祭壇にもたれかかり、唇を噛むのはシェノだ。

 彼女は長椅子にちょこんと座るメイティに尋ねた。


「ゲブラー、街から離れた?」

「街から離れる様子はないみたいなのです。むしろ、街に近づいているらしいのです」


 魔道具の水晶を眺めながら、表情ひとつ変えずに答えるメイティ。

 望みとは違う答えに、シェノは拳でふとももを叩いた。

 騎士たちも焦りを隠すことなく、それぞれに言い放つ。


「なぜだ!? タキトゥスの針とやらは、我々が持っているのだぞ!?」

「マゾクめ! 一体何を考えているのだ!?」

「まさか、目的は他に!?」


 教会の祭壇には、洞窟から持ち出した石の棒――タキトゥスの針が横たわっている。

 ゲブラーがベルティアにやってきた理由は、タキトゥスの針の回収。騎士たちはそう考え、タキトゥスの針をミレーから離れたこの場所に運び込んだのだ。

 ところが、ゲブラーは街に向かったまま。


 当然、シェノたち騎士団はゲブラーの思惑が別のところにあると考えはじめる。

 それでもメイティの考えは変わらない。


「ゲブラーの狙いはタキトゥスの針で間違いないはずなのです」

「じゃあ、なんでヤツはなんとかの針がない街に? わたしたちが針を運び出したの、気づいてないとか?」


 シェノの言葉に、メイティはゆっくりと首を横に振った。

 メイティはシェノの軍師だ。軍師である限り、人の道を外れた行動をも選択肢として頭に浮かべる。ゆえに、マゾクの苛烈な行動についても想像がつく。


「考えられる理由はひとつなのです。ゲブラーはきっと、街を破壊することで私たちを誘き出すつもりなのです」


 無表情を貫き通すメイティだが、彼女の目尻には怒りが滲んでいた。

 できればメイティの言葉を否定したい、と思うシェノも、何も言えないでいる。

 代わりにシェノは、今までにもまして強く拳でふとももを叩き唇を噛んだ。


「あいつ……!」


 今までの言動、レンに対する仕打ちを見れば一目瞭然だ。

 メイティの言葉がゲブラーの行動を見抜いたものであると、この場にいる誰もが思っている。


 こうなると、騎士団に残された選択肢は少ない。

 崩れた屋根から射し込む太陽の光を眺め、しばし考え込んだシェノは、再びメイティに尋ねた。


「レンには連絡、ついたんでしょ?」

「はいなのです」

「だったら、わたしたちの任務は時間稼ぎか」


 それは諦めか、決意か。

 小さな笑みを浮かべたシェノは青いマントを揺らし、声を張り上げる。


「みんな! これからゲブラーに直接攻撃を仕掛ける! 生きて帰れる保証はないけど、ここでわたしたちが戦わなきゃ、生きて帰る場所がなくなる! だから、お願い! わたしと一緒に戦って!」


 教会跡に響く、絶望や希望を超えた言葉。

 騎士たちは顔を見合わせた。顔を見合わせながら、誰もが目を細め、次々に口を開いた。


「何を言いますか! シェノ様は俺たちの大将だ! お願いされなくとも戦いますよ!」

「まったくだ! シェノ様! 俺たちの本気、見せつけてやりましょう!」

「行き先が地獄だろうと、どこまでもついていきます!」


 熱気に包まれた騎士たちは槍を掲げ、燃えるような瞳をシェノに向けている。

 メイティですら、無表情の奥で闘志を燃やしていた。


 この場所には、もう恐れや絶望を抱く者はひとりもいないのである。

 そんな仲間たちを前にして、シェノはおかしそうに笑った。


「どいつもこいつも、バカばっかり。いいね! 行こう!」


 明るい心を胸に、シェノはアヴェルスを掲げ、騎士たちを引き連れながら教会跡を飛び出す。

 彼女たちは馬に乗り込むと、そのまま森の中を駆けていった。

 タキトゥスの針は教会跡に置いたまま。


 ミレーの街に住む人々を救う。ただそれだけの望みのため、シェノたちは馬を走らせる。

 戦場を目指すシェノたちにとって、数キロの道のりは一瞬でしかなかった。


 あっという間に森を抜け、彼女らは平野に差し掛かる。

 遠くに見える聖堂の尖塔や魔力工房の煙突は、ミレーの街並みだ。


 川沿いの草原を駆けていると、紫の煙をまとった異様な姿の男がひとり、シェノたちの視界に入る。

 灰色の鱗に覆われたドラゴンのようなその男は、間違いない。


「ゲブラー!」


 シェノが叫ぶと同時、騎士団は槍の穂先をゲブラーに向け、詠唱を口にした。


「アヴェルス! 惑星の加護を! 飛水針!」

「大地よ! 惑星よ! 彼の者に! 炎柱を!」 


 詠唱が魔力と共鳴し、アヴェルスは水の針を、槍は炎の柱を撃ち出す。

 一斉に放たれた攻撃魔法は、寸分の狂いもなくゲブラーに襲いかかった。


 にもかかわらず、ゲブラーは少しも回避行動を取らない。

 水の針や炎の柱が体を突き抜けたところで、穴だらけのゲブラーはようやく振り返り、忌まわしそうに言うだけ。


「弱き人間たちが揃いも揃って、何用だ?」


 言っている間に、ゲブラーの傷は完治する。

 この展開は全て予想通りだ。

 シェノは気にせず馬を走らせ、ゲブラーに突撃していった。


「なんとかの針は渡さない! 街も壊させない! わたしたちが、あんたを止める!」

「クク……ククハハハ! 何を言い出すかと思えば、寝言を伝えに来たのか。弱者らしい、愚かな選択だ」

「どっちが弱者かなんて、まだ分からないでしょ!」

「良かろう! ならば誰が強者で誰が弱者か、この場ではっきりさせてくれよう!」


 表情を歪ませたゲブラーは紫の煙となり、空に魔力の渦を巻く。

 辺りの土や草、石は渦に巻き込こまれ、ぐるぐると宙を舞いはじめた。

 いつしかそれらは魔力の渦に取り込まれ一体化、だんだんと巨大な体や翼を構成していく。


 そうして、シェノたちの数百倍を超える大きさを持ったドラゴンが、騎士団の前に現れた。

 まさしく削り取られた大地をまとい誕生した、怪物としてのゲブラー。

 紫の光を放つ強大な力と対峙して、シェノも馬を止めてしまう。


「ウソでしょ……」

「これはちょっと想定外だったのです」


 シェノだけでなく、メイティをはじめ、騎士団の全員が言葉を失った。

 当然だ。山ほどの大きさのドラゴンがこちらを見下ろしているのだから。

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