5—5 呼びつけ
扉をくぐり、僕は操舵室中央の椅子に腰掛ける。
僕の魔力は椅子から空中戦艦に繋がり、ガラス板には外の景色が映し出された。
東の空に浮かぶ太陽の光に照らされた丘の上では、裸体にリボンを巻き付けただけの真っ白な少女――ヘットがこちらを見つめている。
これから僕はヘットと話をしなくちゃならない。
でもその前に、大きな疑問がひとつ。
「どうしてミードンがここに?」
「にゃ~」
膝の上で丸まるミードンは、僕のお腹に頭をなすりつけ、心地良さそう。
ただ、疑問に対する答えは分からないままだ。
みんなとの別れのとき、僕はたしかにミードンをメイティに預けたはず。なのに、どうしてミードンはここに?
きっとメイティがミードンを空中戦艦に置いていったんだろう。
じゃあ、なんでメイティは信用できるかどうかも分からない僕のところにミードンを置いていった?
首をかしげていると、とろけた笑顔でミードンを撫でていたイーシアさんが、あることに気づいた。
「あら? ミードンちゃんの首輪を見てちょうだい」
「これは――」
首輪には、メイティに返したはずの特別な遠話の魔道具――鈴がついたままだった。
それだけじゃない。首輪には、鈴と一緒に一枚の紙切れがぶら下がっていた。
紙切れには走り書きで、こう書かれている。
『お前が信用に値する人間かどうかを決めるのは、シェノ様や私なのです。お前が勝手に決めるな、なのです』
文字からでもメイティのプイッとした顔が思い浮かぶ。
でも、僕の頬は緩んでしまった。
だってメイティは、まだ僕のことを信用してくれているんだ。そうじゃなきゃ、ミードンや魔道具の鈴を僕に渡しはしない。
「にゃ~ん! にゃにゃ!」
いきなり鳴き出し、僕にネコパンチを食らわすミードン。
どうしたのかと思っていると、鈴が仄かに輝き、軽く綺麗な音を響かせる。
そんな鈴に手を触れれば、鈴からメイティの声が聞こえてきた。
『やっと繋がったのです。ミードンのお手柄なのです』
「メ、メイティ!?」
『黙って聞けなのです。ゲブラーがタキトゥスの針を狙って、ベルティアの街ミレーに攻め込んできたのです。今すぐにシェノ様と街を助けるのです』
言うだけ言って、メイティの声は聞こえなくなり、鈴は静まり返る。
一方で僕の心は騒がしい。
「大変だ! 早くミレーに行って、シェノとメイティたちを助けないと!」
「ええ! でもその前に、ヘットちゃんをなんとかしないとだわ」
チラリと外に目を向けたイーシアさんの表情は、少しだけ焦りが含まれている。
丘の上に立つヘットは、退屈そうに伸びをし、ついでに大あくびをしていた。
けれども不思議なことに、僕がヘットに視線を移したのと同時に、ヘットも僕に赤い瞳を向け、脳内に彼女の声が流れ込む。
「お~い、神の子さ~ん、お話ししようよ~。アタシさ~、神の子さんのこと~、すっごい気になってるんだよね~。だって~、神の子さんはアタシを~、すっごく気持ちよくさせてくれるんだも~ん」
恍惚とした瞳に刺され、僕は言葉に詰まる。
とはいえ、いつまでも黙っているわけにもいかない。
僕はヘットと話をするため、遠話魔法を試みた。
頭の中に響くヘットの声を参考に、僕の声をヘットの頭の中に響かせて――
「僕の声、聞こえるかな?」
「お~! やっとお話ししてくれた~! へえ~、思ったよりかわいい声なんだね~」
ヘットは目を細め、口元に指を当てながらそう言う。
どうやら無事に僕の声はヘットに届いたらしい。
となれば、さっそく聞いてみよう。
「ひとつ質問、いいかな?」
「別にいいけど~」
「ゲブラーがベルティアを襲ってるのは、本当?」
「ああ~、それね~、ホントホント~」
びっくりするほど簡単に答えちゃうんだね。
とてもじゃないけれど、僕はヘットの答えを簡単に受け取れないよ。
こうしている間にも、シェノやメイティたちに危機が迫っている。
――早くみんなを助けに行かないと!
そのためにはヘットを、ゲブラーを倒さないといけない。
だから僕はイーシアさんに尋ねた。
「イーシアさん、マゾクって倒せるの?」
「倒せなくはないわ。でも、すごく難しいわね」
腕を組み、顎に手を当てて、イーシアさんは説明を続ける。
「マゾクは究極的には魔力そのものよ。だから強い魔力で粉々にしてしまえば、マゾクを構成する魔力が自然界の魔力に溶け込んで、マゾクは自分を再構築できなくなるわ。問題は、必要とされる強い魔力が、尋常じゃなく強い魔力ってところね」
「僕の魔力でマゾクは倒せるの?」
「今のレンくんだと、ヘットちゃんやゲブラーを粉々に吹き飛ばすことはできても、再構築できないところまで追い詰めるのは不可能だわ」
イーシアさんの表情を見れば、マゾクを倒すのがどれだけ難しいことなのか、すぐに分かった。
でもマゾクの再構築を許しちゃうと、戦いはいつまでも続いちゃう。
戦いがいつまでも続けば、シェノやメイティたちはいつまでも危機に晒されちゃう。
なんとかしてマゾクを完全に倒す方法があればいいんだけど……。
「尋常じゃなく強い魔力――そういえばタキトゥスの針は、魔力を圧縮したものだったよね」
ふと思い浮かんだ、洞窟探検の成果。
イーシアさんは体を前のめりにし、目を大きくさせ声を張り上げた。
「まさか、本気かしら!? いくらなんでも危険すぎるわよ!」
「だけど他に方法はないよね」
「……もう、レンくんったら大胆なんだから」
苦笑いを浮かべながら、イーシアさんは僕の頭を撫でてくれる。
これはつまり、僕の提案を受け入れてくれたってことかな。
と、ここで操舵室に警報が鳴り響いた。
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