4—6 神の子

 イーシアさんに助けられた僕とメイティ、ミードンは、無人輸送機に迎えられ、空中戦艦に戻った。

 空中戦艦に戻るなり、僕はイーシアさんに抱きしめられる。


「良かったわ! レンくんが無事で、本当に良かった! 大丈夫? 怪我はないかしら? 痛いところとかは? 喉かわいた? お腹空いてない? お風呂入る?」

「だ、大丈夫だよ! 怪我はない! お腹は空いたけど……」

「まあ! それじゃ、さっそくご飯を作らないとだわね! 今日は洞窟探検クリア記念日ということで、ご馳走よ!」


 目に炎が見えるくらいやる気満々のイーシアさんは、さっそく厨房へ向かった。

 ものすご勢いで走り去っていくイーシアさんの背中を眺めて、僕は思わず苦笑い。

 でも、この景色がもう一度見られて、一安心だよ。


 ほっと一息ついていると、背後から明るい声が聞こえてきた。


「やるじゃん、レン」


 声のした方向に振り返ると、そこにはシェノとメイティの二人が。

 メイティは無表情のまま僕から目をそらす。シェノはそんなメイティを後ろから抱きしめ、八重歯をのぞかせ言葉を続けた。


「マモノの群れを足止めして、巨大マモノの爆発からメイティとミードンを助けて、今日の洞窟探検、レンは大活躍だったね!」


 少しの偽りもない、まっすぐな言葉と視線。

 かの有名な闘う貴人に褒められて、僕は呆然としちゃった。

 呆然とする僕に笑みを向けて、シェノはメイティの背中を押す。


「ほらメイティ、レンにきちんと感謝の言葉」

「……もう言ったのです」

「え? 何を?」

「感謝の言葉、もうレンに言ったのです」 

「ほえ? えええっ!? ウソでしょ!? レン、ホント!?」

「あ、うん、本当だよ」

「そんな! あのメイティが自分から他人に感謝する日が来るなんて!」

「シェノ様、私のことをなんだと思ってるんです?」

「感情表現が苦手で無愛想だけど、素直な気持ちはかわいい女の子」

「ひ、人前でそういうことは、言わないでほしいのです……」


 珍しく頬を赤くしたメイティは、足元にいたミードンを抱きしめ、ミードンのもふもふなお腹に顔をうずめた。

 シェノはおかしそうに笑って満足げ。

 なんだかほっこりする光景だね。


 ただ、僕はちょっと複雑な気分だった。

 というのも、僕はシェノの言葉を素直に受け取れなかったから。


「僕、ホントに活躍できてたかな?」

「うん?」

「だって僕、魔法でマモノの群れを足止めしてただけだよ? 洞窟で遭難したときはメイティとイーシアさんに助けてもらったようなものだし、巨大なマモノを倒したのはシェノと騎士のみんなだし。僕はみんなに助けられてばかりで……」


 シェノやメイティ、そしてイーシアさんがいなくちゃ、僕は何もできなかった。

 結局のところ、僕はみんなにお世話になってばかり。

 だから今回の洞窟探検も、活躍していたのはみんなの方だと思うんだ。


 そんな正直な気持ちに対し、シェノは僕のおでこを突いて言い放つ。


「お互い様、でしょ。みんなが誰かを助けて、みんなが誰かに助けられた。じゃ、みんなに助けられたレンは、みんなを助けたってこと。それに、メイティを助けてくれた時点で、レンはわたしにとってのヒーローだよ」


 思いがけない言葉だった。

 僕がシェノにとってのヒーロー? なんだかちょっと、恐れ多い気がするよ。でも、嬉しい気持ちは隠せない。

 ニカっと笑うシェノに続いて、騎士たちが運ぶ〝石の棒〟を眺めたメイティも口を開く。


「王女殿下の任務は果たすことができたのです」

「そうそう! これもレンとイーシアが手伝ってくれたおかげ!」


 やっぱり、シェノの言葉と視線はまっすぐだった。

 ここまで言われて、それでも僕は活躍してないなんて言うのはダメだ。


「僕、みんなの役に立てたんだね。僕、ようやくみんなを守れたんだ」


 夢がひとつ叶った。

 みんなを守るため、なんていうひどく曖昧な夢が、ついに叶った。

 僕に夢を叶えさせてくれたのは、目の前にいるシェノたちだ。


 だから僕は、シェノたちにありがとうを伝えようとする。

 伝えようとして、僕は口をつぐんだ。なぜなら、シェノが打って変わって鋭い視線で一人の騎士を睨みつけていたから。


――どうしたの?


 そう尋ねる前に、シェノは一人の騎士に声をかける。


「あんた」

「な、なんでしょうか!?」


 困惑した表情の騎士に対し、シェノはいきなりアヴェルスを突きつけた。


「あんた、どこのどいつ?」


 冷たい質問。

 神器を突きつけれら、騎士はさらに困惑――することはない。騎士は死人のような顔をして、いつか聞いた低い声で応える。


「子供騙しとはいえ、こうも早く見抜かれるとはな」

「ナメないでよ。わたしは自分の部下の顔くらい、きちんと覚えてる。死んだはずの部下がいたら、疑うに決まってるでしょ」

「人間どもめ、そうやって些細なことばかり気にしているから、いつまでも弱者なのだ」


 途端、騎士の顔が、体が溶け出し、紫の煙へと姿を変えた。

 煙はアヴェルスを嘲笑うかのように漂い、僕の目の前で人らしき何かを形作る。

 そうして煙は灰色の鱗に覆われたドラゴンのような男となり、シェノたちを見下した。


 空中戦艦艦内に紛れ込んだ男に対し、シェノの表情は強張る。


「あんたは――」

「俺はアケルウスの執行人、ゲブラーだ。マゾクの軍勢長、と言った方が、お前ら弱者には理解できるか」


 男の自己紹介を聞いて、僕の体は硬直した。

 人間では太刀打ちできない、残虐なマゾクが、すぐそこにいるんだ。


 まさしく死と隣り合わせの状態。恐怖を隠すことなんて、少しもできない。

 騎士たちも恐怖は隠せないのか、槍を持つ手を震わせている。

 それでも数人の騎士たちが、突如として現れたマゾクを仕留めようと、ゲブラーめがけて飛びかかった。


 が、ゲブラーは一歩も動かない。一歩も動かず、体から無数の針を突き出す。

 無数の針は容赦なく騎士たちを貫き、ゲブラーの体に針が戻ると、辺りには鈍い音が響き渡った。


 ゲブラーは、地面に倒れ血溜まりに浮かぶ、さきほどまで笑顔だった騎士たちを見下す。


「俺と話をする資格もなく斬りかかった弱者にふさわしき終末だな」


 人間性の欠片もない瞳、表情、声色。

 それが、次の瞬間には僕に向けられる。


「弱者には弱者にふさわしき終末を。強者には強者にふさわしき栄光を。俺がここに来た理由は、強者に栄光を与えるためだ。会いたかったぞ、神の子よ」


 そう言って、ゲブラーは僕に手を差し出した。

 訳が分からない。ゲブラーが何を言っているのか、理解ができない。

 混乱した僕は、思わず聞き返していた。


「神の子? それは、僕のこと?」

「他に誰がいる。弱者ばかりのこの場所で、唯一の強者はお前しかいないではないか」


 やっぱり訳が分からない。

 神の子? 唯一の強者? ゲブラーは僕に会いたかった?


 理解できない。理解したくない。

 そんな僕を見て、ゲブラーは怪訝な顔つきをする。


「まさかお前、自分が何者か聞かされていないのか? いや、この艦のオートマタのことだ、それも当然か」


 小さく笑ったゲブラーは、血に染まったかのような赤い瞳で僕を見据え、低い声を唸らせた。


「神の子よ、お前の真実を教えてやろう」


――聞きたくない!


 僕は直感している。これからゲブラーは、僕の探し求めていた答えを口にしようとしているんだ。

 けれども、きっとそれは、知りたくなかった答え。


 一方で、答えを知りたいという気持ちは、ゲブラーの語る真実を待ち望んでいる。

 ゲブラーは淡々と、真実を突きつけた。


「この空中戦艦シェパーズクルーク、そのプロテクター・オートマタであるS114、そしてお前、全てが俺たちの作り出したもの。中でもお前は、俺たちが作り出した、俺たちと同じ存在――いや、俺たちをも超える存在、神の子なのだ」


 受け入れたくない真実。でも、それが嘘だと言うこともできない。

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