2—3 ベルティア辺境伯領騎士団

 眼下に広がるのは、ボコボコになった大地と、焦げたマモノたちの残骸、そして『ベルティア辺境伯領』の旗を振る騎士団たち。


 イーシアさんの提案で空中戦艦は地上に降り、騎士団を艦内に招き入れた。

 招き入れたからには、騎士たちに挨拶しないとね。

 僕とイーシアさん、ミードンは、空中戦艦に乗り込んだ騎士たちに挨拶するため、艦載機格納庫にやってきた。


「艦内で一番広い格納庫が、もうぎゅうぎゅう詰めだね」

「約300人の騎士さんたちと、同じ数のお馬さんを乗せたんだもの、仕方ないわ」

「にゃ~」


 想像以上に格納庫は混雑している。騎士たちの白銀の鎧がピカピカ光ってまぶしいくらい。

 まあ、白銀の鎧がなくても、僕にとって騎士団はまぶしい存在なんだけど。


「すごい、憧れの騎士団だよ! 強そうな人たちばっかりだなぁ」


 王国軍の先頭に立ち、マモノから人々を守る屈強な兵士たち。

 彼らは僕の夢の先にいる存在なんだ。誰かを守ろうと王国軍に飛び込んだ僕にとって、憧れのど真ん中にいる存在なんだ。

 今の僕――特別な魔力を持ち、多少なりとも空中戦艦を操れるようになった僕――でも、それは変わらない。


 だからなのか、僕はなかなか騎士たちに声をかけられなかった。

 対照的に、イーシアさんは積極的に騎士たちに声をかける。


「騎士団のみなさん、お疲れ様でした」

「あ、ああ……ええと、あなたは?」

「空中戦艦シェパーズクルークのプロテクター・オートマタであるイーシアです。みなさんのため、お食事を用意中です。あ、怪我をしている方はこちらへ」

「おお! ありがたい!」


 次々と騎士たちを案内するイーシアさん。

 怪我をした騎士たちは、飛んできた医療用の機械に連れられていく。

 そんな光景に、男ばかりの騎士たちはデレデレとした表情を浮かべていた。


「まさか、空中戦艦にあんな美しい人がいたなんて……」

「でも、プロテクター・オートマタってなんだ? あの人は人間じゃないのか?」

「もしかして、神器に宿る女神様かもしれん!」

「それだ! 間違いない!」


 さっきまで戦いに身を投じていたとは思えない会話だ。

 思わず僕はミードンに話しかけちゃう。


「騎士のみんな、思ってたより明るい人ばっかりだね。ただ、イーシアさんが騎士のみんなに他人行儀なのは意外かも」


 なんとなくだけど、今のイーシアさんの笑顔には愛想笑いっぽさがあった。

 とはいえ、あれが初対面の人に向ける普通の表情だ。やっぱり、僕に対するイーシアさんの接し方は普通じゃなかったらしい。


 騎士たちの対応をしているイーシアさんを眺めていれば、ミードンが飛び出した。


「にゃ~!」

「うん?」


 飛び出したミードンが足を止めたのは、床にぺたりと座る、スカートにシャツというシンプルな格好の、癖っ毛の髪に青い花柄の髪飾りをつけた、無表情を貫く小さな女の子の前。

 ミードンは女の子に向かって鳴いた。


「にゃ~ん」


 すると、女の子は無表情のまま目をぱちくりさせ、眠たげな声で尋ねる。


「にゃんこなのです。私に何か用なのです?」

「にゃ! にゃ!」

「髪飾りが気になるのです?」

「にゃ~」

「ダメなのです。これは大切な人からもらった、大事な髪飾りなのです」

「にゃ!」

「う~ん、まあ、触るだけならいいのです。でも、傷つけないでほしいのです」

「にゃ~!」


 嬉しそうに鳴いたミードンは、ヒョイっと女の子の頭の上に乗っかった。

 頭の上で髪飾りをいじるミードン。それを少しも気にせず、無表情の女の子。

 よく分からない絵面だけど、なんかかわいい。


 そんなかわいい景色に、ベルティア辺境伯領の旗と槍を持ち、軽めの鎧に青いマントを揺らした、ポニーテール姿の明るい少女が入り込む。

 少女は八重歯をのぞかせながら女の子に話しかけた。


「メイティ、何してんの?」

「ニャンコと遊んでいたのです」

「そうなんだ。遊ばれてるようにしか見えないけど」

「遊ばせてやっているのです」

「なに? そのドヤ顔」


 吹き出すように笑って、少女はミードンを撫でようとする。撫でようとして、ミードンに猫パンチを喰らう。

 途端に肩を落とした少女は、ふと僕の方を見た。


「君は?」

「え? あ、ええと、僕は――」

「分かった。君はあのイーシアの妹だね!」

「いや、僕は――」


 訂正する前に、イーシアさんが僕の両肩を掴み言い放った。


「その通りよ! この子はレン=ポートライトくん! 私のかわいい妹ちゃんなの! フフ、あなた、なかなか見る目があるわね」

「えへへ~、でしょでしょ!」


 なんだか話がおかしな方向に向かっている。

 だいたい、イーシアさんはお姉さんというよりお母さんじゃない? と言いそうになって、僕は口を閉じた。


 口を閉じている間に、イーシアさんと少女は謎のハイタッチ。

 パチンといい音が響いて、イーシアさんは少女に尋ねた。


「あなたのお名前、教えてちょうだい」

「わたし? わたしの名前はシェノ=フォールベリー! よろしく!」


 その名前を聞いて、思わず僕は体を乗り出した。


「シェノ=フォールベリー!? ベルティア辺境伯の娘で、貴族の女性なのに最強の騎士として神器の槍『アヴェルス』を振るい、騎士団を率いる闘う貴人の!?」

「ふ~ん、詳しいね。もしかしてレン、わたしのファン?」


 すっごく誇らしげな顔をするシェノは、旗を掲げ、マントをはためかせ、胸を張った。


「ええ! わたしが闘う美少女、シェノ=フォールベリー! いい? 闘う美少女、だからね! そしてこれが、神器の槍『アヴェルス』!」


 旗に代わって、魔法文字が刻まれた柄に、魔法石と幾何学的な機械が埋め込まれた刃物が特徴的な槍を掲げるシェノ。

 神器の槍『アヴェルス』といえば、数百年も昔から騎士団に受け継がれてきた伝説の槍だ。

 空中戦艦と同じく旧文明時代の代物で、マモノも蹴散らす最強の槍。


 シェノとアヴェルスの組み合わせに、僕は目を輝かせた。

 一方のイーシアさんは、アヴェルスの機械部分を見て口に手を当てる。


「あら、懐かしいわ」

「イーシアさん、アヴェルスを知ってるの?」

「空中戦艦と同時期に作られた道具だからね、もちろん知ってるわ。アヴェルスは魔力で水を操作する工具として作られたんだけど――」

「は? 工具?」

「――新文明は魔法石を組み込んだ槍に合体させて、武器にしたのね。いいアイデアだわ!」


 神器に関する意外な真実が明らかになった。

 シェノはアヴェルスをじっと見つめ、ミードンを頭に乗せた女の子に話しかける。


「ねえメイティ、アヴェルス、工具として作られたらしいんだけど。わたし、というか代々の騎士たち、ずっと工具を伝説の武器って呼んで、振り回してたことになるんだけど」

「生まれた理由と生きる理由が異なることはよくあるのです」

「ああ、そっか! そう考えれば、なんかかっこいい!」


 清々しい笑顔を浮かべたシェノは、誇らしげにアヴェルスを担いだ。

 そんなシェノを見て、女の子の頬がほんの少しだけ緩む。

 イーシアさんはシェノに尋ねた。


「ミードンを乗せた、そのかわいい子はどなたかしら?」

「この子はメイティ=ストラーテ。わたしの軍師」

「よろしくなのです」

「にゃ!」

「フフフ、よろしくね」


 ペコリと頭を下げるメイティ、落ちないように必死なミードン、にっこり笑うイーシアさん。

 続けて僕も挨拶しようと思ったけど、なぜかメイティに睨まれたので黙っちゃう。


 自己紹介が終われば、シェノは部下に旗とアヴェルスを預け、伸びをした。

 腕を上げ、鎧の隙間から脇やお腹をのぞかせ、つま先立ちするシェノ。

 そんな彼女を見て、イーシアさんは顔色を変えた。そしてなんの前置きなくシェノの腕とふとももに触れた。


「ひゃあ!」

「シェノちゃん、腕を怪我してるわよ! それに、ふとももが真っ赤だわ!」

「だ、だからって、いきなりボディタッチする!?」

「お腹とかは怪我してない? 大丈夫かしら?」

「ふぁああ!」 


 鎧を捲くし上げられ、焦りを隠せないシェノ。

 うっすらと浮かんだ腹筋に汗を滴らせたシェノのお腹があらわになって、周りの騎士たちは顔を赤くしている。それは僕も同じ。ちなみにメイティはシェノを凝視している。

 僕や騎士たち以上に顔を赤くしたシェノは、イーシアさんから離れて叫んだ。


「き、気にしないで! このくらいの怪我、日常茶飯事だから!」

「でも心配よ。すぐに医療ドロイドを呼んであげるわね」


 そうして飛んでくる、医療用ドロイドたち。

 シェノはドロイドたちに連れられ、メイティと一緒に格納庫を後にした。


 もう、イーシアさんの過保護はちょくちょく人を困惑させるよね。

 ま、そこがイーシアさんのいいところなんだけど。


「さあレンくん、他の騎士さんたちも艦内の部屋に案内するわよ」

「うん、そうだね」


 300人の騎士たちの案内は大変だ。

 マモノたちとの戦いは終わったけど、もう少し頑張らないと。

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