第38話 番外編・ある獣人の思い(ヒナツ視点)

 薬を入手する際いつも世話になっていたある風狼族の男に渡された香。それが始まりだった。


「これは焚くことで、元気になるお香です。先生」

「そんな物ができたのか――」


 ちょうど風邪を引いた生徒がいた。薬を買い付ける男が持ってきた香だ。僕は教え子たちのいる教室で何の疑いもなくそれを焚いた。

 はやく元気になるようにと。

 次の日、風邪の生徒が増えた。僕はまた香を焚いた。次の日も、次の日も。もらった香を使い切った五日目。生徒たちは皆、風邪を引いた。違う、何か別の病気だ。

 最初、香のせいかと疑った。けれど、同じ場所にいた大人……僕には何もなかった事からすぐに疑いの候補から外した。


「大丈夫ですか?」


 最初に発症した生徒、イーシャは香で風邪を治そうと思った子だった。

 この子の風邪が皆に感染ってしまったのかもしれない。その事を彼女自身気に病んでいた。


「僕がなんとかする。皆の薬を買いにいかなくては」


 生徒達全員の家をまわり、金を集める。回復薬等の薬は貴重になってきていて金がかかるからだ。

 皆で出し合って、購入しなければ手に入らない。


「先生、お願い」


 咳き込みながらイーシャは僕に願った。

 僕は頷き、風狼族の集落に向かう。

 雷狼族に薬を作れるものはいない。唯一回復魔法や回復薬を作れるかもと期待されている神の名を冠するスキルを持つイーシャもまた病に冒されている。

 僕は香を渡した男を探した。だが集落にその男は戻ってきていなかった。


「調合スキルを持っていた風狼族が全員連れて行かれた!?」


 法外な値段で薬を売っていた男がそう言った。


「そうだ。だから、もっともっと金がいるようになるぞ、ニイチャン」

「そ、そんな……」


 ふらふらと集落を出ようとした時、僕は呼び止められる。


「話は聞かせてもらった。うちにある薬を譲ってあげよう。風狼族の方も大変なんだろう。実は雷狼族でも妙な病気が流行っていてね。これを飲めばすぐに酷い咳でも静かに眠れるようになるよ」

「本当、ですか……」


 値段はさっきの男の半分ほどであった。ただ、人数分にはまだ足りない。


「水で薄めて……全員分に……。そうだ、薄めた分効きにくくなるかもしれない。イーシャ……イーシャの分は」


 イーシャは優しい子だった。誰にでも等しく接し、笑顔を絶やさず、成績優秀。


「先生、村長になるんですよね? 頑張って下さい。わたし、応援しますから」


 彼女はきっとこの村の、いや、この世界の救世主、神になる。彼女のスキルはきっとそういう物だ。


「女神様に村長になるように言われたんだ。僕はだから村長にならないと。イーシャ、君も必ず僕が救ってみせる」


 ◇◇◇


 イーシャが神の元に行ってしまった。

 病気は良くなるどころか、悪化の一途を辿っていた。

 彼女は村にある、神様の聖域と呼ばれる場所から神の元に行った。


「皆を救いたい」


 彼女は父親にそう言い残した。

 皆を救う。イーシャの願いだ。僕は薄めた薬を配り続ける。

 救う、救う、救う――。

 どうして、その中にイーシャの命が入ってない?


「薬が尽きたんだ。次をくれ……」

「いったい何人が必要なんだ? ほら」


 薬を手にして村に戻った。


「すまない、ヒナツ。オレも時間があれば行きたいんだが」

「いいえ、ウルズさん。ミラさんの事で大変でしょう」

「ミラはスクがみてくれてるから、村の中なら走り回れる」

「そうですね」


 村の中ならまわれる。村長の座巡って戦う相手ウルズは言った。

 その娘、スキルがいまだ不明で何の役にも立た無さそうなミラもまた、病気で伏せっていた。

 神の名を冠するスキルを持つイーシャがいなくなって、この男の娘が生きている。

 ウルズは僕が薬を買いに走っている間にも村長候補として村中をまわれる。

 僕は寝ないで村をまわり、次の薬を求めてまた風狼族の集落に行く。


「はぁ、もう無理だよ。薬はない。どうしても買いたきゃ向こうにいきな」

「そんな――」


 薬で皆を救って、村長に選ばれなければ僕はイーシャとの約束を果たすことが出来ない。

 言われた通りに向こうに足を運ぶ。とても手が出る値段ではなさそうだった。


「もう金がない――」


 数人聞いてまわった。返ってくるのはもう無理だという言葉。

 諦めたら、イーシャの気持ちはどうなる? どうなるんだ?


「あんたは嘘をつかれてるんじゃないか?」


 薬をなんとか手に入れようと来た風狼族の集落で声をかけられる。

 怪しい老婆だった。


「え?」

「キヒヒ、ほら、薬をあげよう。それとあんたの手足になってくれる男達も」

「誰ですか? 僕は……」


 お金はない。だが、薬は手に入れたい。


「村長になるんだろう」

「どうしてそれを――」

「もう一人の候補の男。あんたがいない間に暗躍してるんだろうねぇ。せっかくあんたが頑張ってるってのに、キヒヒ」


 老婆の香水だろうか。変に甘ったるい匂いが鼻をつく。


「……そうなのでしょうか。僕は、僕はイーシャとの約束を果たしたいのに」


 気がつけば、老婆は姿を消していた。しかし、薬と手足になるという男達がここにある。あれは夢ではない。

 村へと急ぐ。たくさんの薬を手に入れた。僕が村長になるんだ。


 ◇◇◇


 僕はただ、皆を守りたかった。……イーシャ、君も含めて。

 なのに、皆を救うと願った君だけが助からなかったなんてそんな世界はおかしいだろ?

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