お局女とヴァンパイア 輸血パックの強制契約されまして

国樹田 樹

第1話 夜道の変態さん

 ―――私は、つけられていた。


 何をって、鳥の排泄物じゃなくて後をつけられてるってことね。汚い話しちゃってごめんなさい。

 鬼の残業あがりの深夜一時。労働基準法もへったくれもない会社に勤めているせいで、こんな馬鹿みたいな時間に帰らなきゃなんない自分を呪うわ。


 人気のない夜道。

 会社のある中心地より少し離れたこの場所は、住宅街ではあるものの街頭は心もとないぐらい少なく、月明かりでなんとか辺りが見える程度。


 そんな道を、私はカツンカツンとヒールを響かせ歩いていた。


 くっそー……残業してもせめて夜七時や八時ならまだ人通りあるのに、深夜なんて静まりかえって気味が悪いことこの上ないわ。

 なのに私の歩く少し後ろを、得体の知れない足音がひたひたとつけてきているんだから、本当たまったもんじゃない。


 痴漢か、物盗りか。

 都会よりは治安が良いが、それでもど田舎というほどでも無く。

 いわゆる『そういう』輩はどこにだって出没し、大抵狙うのはお年寄りか女子供である。


 実家が空手の道場なおかげで、一通りの護身術は身につけている私は、気味の悪さはあるけれど内心あまり恐がってはいなかった。

 気配が近づいたら、伸してやる。

 そう心に決めていた。


 幸嶋 新(こうじま あらた) 二十九歳。独身。


 男みたいな名前だとよく言われるが、正真正銘のお局OLである。

 あー……自分で言ってて空しい哀しい。


 だってさ、こんな時間に帰宅だよ? これ毎日なんだよ?

 男なんてできるわけないじゃん! 結婚なんてできるわけないじゃん!

 ……そゆことにしといて。

 そもそももうウン何年前に別れた男なんて―――


 とか過去の男遍歴を思い返していたら、ふいに背後に近づいてくる、気配。

 足元にある私の影に、黒い大きな影が重なった。


 きやがったっ!!


 振り向くと同時に、奥歯を噛み締め構えを取る。

 深夜に婦女を襲うとは、不届き千万!! 万死に値する!!


「血……血を……」


「やかましゃああああっ!!」


 振り向きながら聞こえた声に、よっしゃ不審者確定! と意気込みそのまま片足を振り上げた。

 無論、相手の顔面に向かってだ。

 空気を切り裂くようにぶんっと音を放った一撃は、めり、といい感じの音を夜の空気に響かせた。


 クリティカルヒット!

 おっしゃ私よくやった!


 ヒールの裏に感じた確かな感触に心でガッツポーズを決める。

 振り上げた空手黒帯の片足は、綺麗に男? の顔面に命中していた。


 というかめり込んでいる。

 ん? めり込んでる?


 おろ? とめり込む足を見ると、あらまやだわ今日は九センチのピンヒールだったんじゃなーい。という事に気が付いた。


 まずいまずい、変態さん死んでないかしら?


 と思いつつ足を下ろし間合いを取ってから相手を伺うと、ソイツは面白いくらいばたりとその場に倒れこんだ。


 あらま綺麗な倒れ方。完全に伸びちゃってるー。

 うんうん、私の蹴りもまだまだイケるわねー。

 空手二段の腕は衰えてないわ。


 そう得意気になりながらぶっ倒れた変態を見やると、なんと全身真っ黒だった。

 うん。やっぱり変態だ。


 今の時節は九月頭。まだまだ夏の名残の蒸し暑さを纏う季節なのに、どこの世界にど深夜に黒いロングコートに黒シャツに黒パンツの男が居るんだよ。変態かアニメのコスプレでもない限りいないだろ。


 と断定しつつ、ヒールのめり込んだ顔を確認……もとい、死んでないかどうか顔面を観察した。

 ―――――ら。


 あれ……?

 ……なんだこいつ本当に変態か?


 の割りには……お、男前っ!! じゃん!


 倒れた変態は、思っていたより男前だった。

 服装は真っ黒だけど。たぶん十人が十人イケメンと判断するであろう造形だ。


 月明かりに浮かぶ白い顔は掘りが深く、濡れたように輝く黒髪が影を落としている。伏せた瞳は長い睫毛で縁取られ、爪楊枝が三本くらいは余裕で乗っかりそうだ。高い鼻梁と少しだけ空いた唇などのパーツもいちいち形が良くて、なんだか作り物みたいに整った顔立ちの男だった。

 首から上だけ見ると、女性にすら見まごうほどの美形だ。


 んんん? これはマジでイケメンさんじゃないか?

 ってことはイケメンさんの変態さん?

 それに良く見ると……スタイルだって良くないか?


 黒い布地に覆われた四肢はほどよく長く、私の蹴り一発で倒れたとは思えないほど筋肉もしっかりついているようで、軟弱な印象は受けない。


 こんな美形がど深夜に変態行為なんてかますか?

 いやでも人は見かけによらないって言うし。


 あれ。でもそういえば私まだこの人に腕掴まれたりしたわけでもなければ特に何かされたわけでも無いような……?


 それによくよく見てみれば、なんかやたら顔色が……悪い……?


 頭に『絶世の』とかつきそうな男性を前に、もしかして、という可能性が浮き上がる。

 たらりとこめかみに流れてくる汗をそのままに、私はちょっと離れて倒れた男をまるっと眺めてみた。


 ……あれ。

 これって。もしかして。


「ただの具合悪い人ーーーっ!?」


 大慌ててバッグからスマホを取り出そうと中を漁る。


 やばいやばい、単に具合悪いだけの人だったんじゃん! なのに蹴りいれちゃうとか私は暴漢か!

 血をとか言ってたけど貧血ってことだったのかなあれ!

 だって変態しなきゃいけないほど女に困ってなさそうだぞこの人!


 わわわ傷害罪とかなったらどうしようってかこれ確定だよね!

 逃げたほうがいいのか? でも放っておいたら本気でご臨終しそうなくらい顔白いし!

 それに殺人犯にだけはなりたくないーーーっ!


 バッグから発掘したスマホで、一一九を押そうとするが、そこであれ、と気付く。


 なぜか指がキーパッドの上から動かない。というより、右腕の感覚が消えていた。

 確かに押そうとしたはずの指が、自分の意思に反して携帯から少し浮いているのに気づいて、思わず目を見開く。


 アレ?

 ナニ、コレ――――


 指が、動かないんだけど。


 画面の上で浮いた指を眺めながら、右腕どころか全身が動かなくなっている事に気付いた。

 呼吸は出来ている。生きている感覚はある。

 でも、指も、身体も動かない。


 こ、こんな時に金縛り!?


 パニックになる私を、足元からぶわわっと強烈な恐怖が襲った。

 それはまるで、ざらりとしたベールにつま先から包まれていくような感覚で。


 ぎぎぎ、とかろうじて動かせる眼球を動かす。


 見えたのは、なぜか、足元で倒れる『男』の顔だった。


 閉じていたはずの目が。

 大きく開き、私をじっと見ている。


 そこにあった瞳の色は―――毒々しいほどの紅だった。




 あか、アカ、赤、紅―――


 言葉で言い表せる赤の色を、私はコレしか知らなかったけど、それは本当に『紅』だった。


 目が紅い。顔は確かに整っている。綺麗だとさえ思う。

 けれど異常なのは、この紅い瞳だ。


 合わさった視線を外すことができない。

 身体は動かない。


 どうする。

 コレハ、何だ。


 自問していると頭に言葉が響いた。

 それは知らない、男の声で。


 『 ソレ ニ サワ ルナ 』


 足元で倒れている男の紅い目が私に向いている。なぜか私は無意識に、これはコイツの声だと思った。

 自分で動かしたわけじゃないのに、ひとりでに身体が動き、手にしていたスマホをバッグにしまう。

 自分の身体なのに、自分の意志に反して身体が動く。


 何だこれ。


 何なのよコレ……っ。


 腹が立った。

 それはもうかなり。


 そう。

 私は、腹が立ったので。

 無理矢理身体を動かしてみることにした。


「ざっけんなこらあああ!!!」


「は?」


 近所迷惑顧みず、雄たけびの如く叫んでどうりゃっと身体を根性で動かしてみる。すると、動けこんにゃろう、と念じて実際動かそうとした足が、ゆっくりではあるが私の意思を取り戻して動き出した。

 最初はぎぎぎ、とプラモデルを動かすみたいな感じだったのが、段々思い通りになってくる。


 おっしゃいける!!


 ふっと口唇を上げながら右手をぐーぱーしてみたり動作確認していると、いつの間に起き上がったのか、地面に肩膝付いて座っていた黒い変態イケメンが、驚きの表情で私を見上げていた。


「う、嘘だろ……!?」


 でかい紅い瞳をかっ開いて何やら呟いてる男に、私はやっとこさちゃんと動く様になった自分の肩やら足やらをコキコキ動かしチェックし、再びぐっと構えの姿勢をとった。


 うし。

 丁度よい高さに頭があるな。


 と私は『そこ』に狙いをつけて―――


「乙女に何しくさるんじゃこのど変態があああっ!!!」


 ぶんっと、先ほどより数割速さの増した一撃をお見舞いした。


 するととさっきよりも良い音を響かせてた変態イケメンは再び、べしゃっと地面に崩れ落ちた。

 悪は滅ぶべきなのである。


 あー……心配して損した。

 イケメンでも変態ならどーでもいーや。

 捨てて帰ろう。


 先ほどまでの焦りを忘れ去り、私は再びヒールを鳴らして自宅アパートへと帰宅したのだった。


 続く―――かもしれない。

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