第32話

 雨流の自宅があるマンションから出て、次の目的地は井ノ海の家である。

 向かっている途中、井ノ海はどこか緊張した面持ちだったが、気を揉んだ雨流が、彼女のケアを行うように常に喋りかけていた。


 井ノ海の自宅は駅前方面らしく、進む度にモンスターの数も増えていくので、できるだけ見つからないように、あるいは速やかにキルしていく。

 一応彼女たちのレベルを上げるためにも、スキルなどを使ってモンスターを誘き寄せたり、攻撃を与えたりしてKPを獲得させていった。


 それでも100まで上げるには結構時間がかかり、さすがにそう簡単にはレベルは上がらない。

 そうして少しずつ歩を進め、井ノ海の自宅がある住宅街へと入った。

 傍には小さな公園があって、その二軒隣が目的地らしい。


 しかし住宅街ということもあって、モンスター化した住人が多いようで、そこかしこにゴブリンやオークやらがウロウロとしている。

 ここで騒ぎを起こしてしまえば、近くにいる連中をすべて集めてしまいそうだ。


「私のスキルで路地の向こう側で音を出せば、気を引けるわ」


 雨流がこういう時のために途中で拾っておいたガラス瓶を、《サイコキネシス》で浮遊させ、そのままフワフワと誰もいない路地の方へ運んでいく。


 その奥で力を切り、ガラス瓶が重力に従って地面に落ちて割れる。当然その音を聞いて、近くにいるモンスターたちが、こぞって路地の方へ向かい始めた。

 俺たちは今のうちに通路を渡り、井ノ海の自宅前までやってきたのである。


 井ノ海曰く、事件が起きた当初、両親は家の中にいたはずだという。母親は専業主婦で、父親は銀行員でエリートなのだが、その日は休日だったらしい。


「お母さん……お父さん……」


 やはり確認するのが怖いのか、玄関に近づくのにあと一歩進むことができないようだ。

 ここで強制してもダメだ。しかしいつまでもここにいるわけにもいかない。いつモンスターたちが、ここに向かって徘徊してくるとも限らないのだから。


「……井ノ海」

「セ、センパイ……」

「俺たちがついてる」


 どんな結果であろうと、俺や雨流が支えてやるつもりだ。

 井ノ海が、俺の言葉に対し意を決したように頷くと、玄関へと近づきノブに手を掛けた。


 ゆっくりと捻っていき、扉が開く。

 玄関が視界に飛び込んでくる。生活感が溢れる感じの内装で、靴箱や傘立てなどが置かれていた。


 ……血痕とかはない、か。


 周りを見回し、少なくとも玄関から目に見える範囲には争った様子などは見当たらなかった。

 これならもしかして二人とも無事の可能性が高い。基本的にモンスターは乱暴で粗雑だから、家の壁や床、そして扉などが傷ついていたりする。


 しかしその形跡が一切ないということは、この場にモンスターがいないという判断もできるはずだ。もちろん可能性の話ではあるが。

 緊張感が漂う中、俺たちは息を潜めながら家の中を探索していく。


 リビング、キッチン、客間などなど。しかしどこも井ノ海が出て行った時と変わりのない状態だった。


「……あとは二階か」


 モンスターになって、ずっと二階に居続けるというのは変な話なので、俺の予想ではやはりこの家にはもうモンスターは存在していないように思える。

 それを確かめるために、俺が先頭で二階へと上がった。物音一つしない。誰かがいる気配がしないのだ。


 一つずつ部屋を調べていっても、やはり井ノ海の両親らしき人たちの姿を発見することはできなかった。

 このことから予想できるのは……。


 一つ、両親がこの家から人間の状態でどこかへと逃げた。今も無事。

 二つ、両親がモンスター化して、そのまますぐに家を出て外を徘徊している。

 三つ、逃げたはいいが、モンスターに殺されてしまった。もしくは一人は逃げ伸びた。


 パッと思いつくのはそれくらいだ。モンスターになって、誰かに殺されてしまっている可能性もあるが、そもそもモンスター化した時点で、すでに救いはないので一緒である。


「……どこに行ったの……二人とも……」


 不安一杯に顔を伏せ、言葉を絞り出す井ノ海。


「家の中には争った形跡はない。両方でも、どちらか一方でもモンスター化したなら、ここに居ない以上は外に出たってことになる。けど窓も割れてないし、扉にも傷一つなかった。多分……二人とも人間のままだったはずだ」


 モンスターが馬鹿正直にノブを捻って扉を開けたり、ガラス戸などを丁寧に開くとは思えない。


「! じゃ、じゃあお母さんたちは無事なんでしょうか?」

「それは……正直なところ分からん」

「そ、そんな……」

「けど無事な可能性はある。さすがにどこに行ったかは分からないけどな」

「そうね。何か置き手紙などをしていないか、もう一度探してみてはどうかしら?」


 雨流の言う通り、もし両親がここから逃げたとしたなら、一人娘のために書置きくらいは残しているはずだ。

 俺たちは手分けして、何か情報がないか探すことにした。


 するとしばらくして、井ノ海からの呼び出しを受ける。彼女の自室に来てほしいとのことだった。

 さっきも少し覗いたくらいだが、やはり女子高生っぽいというか、井ノ海らしさに溢れた室内である。


 こう見えても几帳面な性格でもあり、部屋も綺麗に片づけられていてゴチャゴチャっとはしていない。本棚に収納されている本も、きちんと整理整頓されているようだ。

 色彩感も、ほとんど黄色と白で統一されていて、ウォールフラワーなども飾られてお洒落な雰囲気を醸し出している。


 勉強机の上も、俺の部屋のものとは違い清潔感に富んでいる。しかし不意に伏せられた写真立てが気になった。


「なあ、この写真立てって……」

「ふぇ? あっ、ダ、ダメェェェェッ!」


 俺が写真立てに手を伸ばした直後、慌てた様子で井ノ海が写真立てを手にし、俺から距離を取った。



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