第10話

「わぁ、ほんがいっぱい! あっ、えほんもある! にぃやん、よんでいい?」


 俺が「いいぞ」と言うと、「やったー」と喜んで、黒板下にある棚から絵本を取り出して物色し始める。

 俺が部長を務めるここは、『書物研究部』の部室だ。略して『書研』と呼ばれ、俺を含めて僅か四名だけの小規模部。


 日本全国のみならず、世界中のあらゆる書物について研究するという名目の部活だ。

 名目というのは、確かにここには様々なジャンルの書物がたくさんあるが、ただ部員たちの興味の赴くままに書物を買い漁った挙句、こんなことになっただけのことだ。


 元々はただの読書部だったらしいが、何代か前の部長が「地味!」と言って、名前を『書物研究部』として、名目上は様々な書物を研究し、その結果をブログなどで発表するようにした。


 ただやってみると、ブログの更新が面倒ということで、次第に行わなくなり、今ではブログも閉鎖され、ただただ読書を楽しむだけの部と成り果ててしまったのである。


 俺としては本を読むのが好きなので入った部活ではあるが、その時には部長一人しかおらず、部員二名だけの寂しい部活だった。

 だがしばらくして他二名が入部してきて、俺が二年に上がった頃にまた一人入ってきたのだが、急に部長が『引退する!』と言って、俺に部長を明け渡したのである。


 文化部だし、クソ緩い部活なので引退とか意味ないように思えるが、部長曰く、引退して後輩にあとを託す儀式をしてみたかったというくだらない理由だったらしい。

 事実、引退してもほぼ毎日遊びに来るのだから本当に無意味な儀式だったが。


「ひまる、トイレに行きたくなったら俺に言えよ? あと、勝手に外には出ないこと」

「はーい!」


 俺は返事を聞いたあと、隣の部屋へと行き、キッチンスペースにある冷蔵庫を開く。


「あーやっぱ電気は通ってないなぁ。冷凍庫はまだ冷たいけど、このままじゃ氷やアイスはおじゃんだな」


 ならもったいないので食べてしまった方が良い。

 他に食器が収められている棚の下の扉を開く。そこには幾つかの菓子類やカップ麺などが置かれている。小腹が空いた時のために食べるために置いていたものだ。


 食べるなら消費期限が迫っているものからにした方が良いだろう。

 飲み水のストックも結構あるし、部員たちには悪いがこれらはありがたく頂いておこう。


 俺がアイスを持ってひまるのところへ戻ると、やはりいうべきか、アイスを見たひまるは目を輝かせて寄ってきた。

 一緒にアイスを食べながら、俺はここにはどれだけの日数いられるかを考える。


 生活していくにはハッキリいって困らないはず。《スペルカード》を駆使すれば、生活水準を下げずに過ごすことだってできるからだ。

 贅沢さえ言わなければ、ひまると二人で暮らす分には問題ない。


 しかし絶対安全な場所とは言えないし、いつモンスターが近づいてくるかも分からない。

 するとその時だった。


 テーブルの上に置いていたスマホの画面が明るくなり、画面には例の包帯男――アーザが現れたのである。

 俺は思わず手に取り、画面を凝視した。


「やあ諸君、久しぶりだね」


 若干愉快さが込められた声音にイラっとする。


「どうかね、変革した世界は?」

「最悪だよ、ちくしょう」


 こっちの声は聞こえないだろうが、そう言わずにはいられなかった。

 ひまるも何事かと興味を持って、俺の隣にビタッと張りついて画面を見ている。


「約一日が経ったが、そろそろ己の立場を理解できたかな? 中にはすでに『新人種』として力を自覚し振るっている者もいることだろう。どうかね……新しい自分は? 決して嫌ではない自分に気づいているはずだ」

「……!」


 俺は反論することができなかった。

 確かにコイツのせいでひまるが危険に晒されるようになったのは憎い。絶対に許せないが、《スペルカード》という能力を得て嫌だったかと言われると…………正直喜んだ自分がいた。


「人とは単純なものだ。嫌だ嫌だとこの世界を、私を呪いつつも、手にした強大な力に酔いしれる。そして二度と手放したくはないという感情に支配されているはずだ。まあ、中にはそのような力など必要ないと愚かなことを言う存在もいるがね」 


 コイツの言う通りだ。

 特に俺みたいなガキは、一度くらいファンタジーな世界に憧れたりするものである。


 漫画やゲームに出てくるような主人公のような冒険がしてみたい。魔法やスキルといった空想でしかない力を使ってみたい。

 日常を愛してはいても、どこかで非日常を求めている自分もいたりするのだ。


 そして今、それが現実となり、望んでいた世界が、そして力を手にすることができた。

 命のリスクは当然あるし、アーザに対し怒りを覚えているが、それでも魔法のような力を使えるようになった事実に嬉々としたものを感じた者たちは俺以外にも確実に存在するだろう。


「ククク、『新人種』に選ばれた者は、近いうちに私に感謝することになるだろう」

「感謝だって? さすがにそんなことするわけがないだろうが」


 スキル自体にはありがたく思っているが、コイツに感謝することなんて未来永劫来ない。


「君たちは選ばれた次なる世界の民なのだよ。本来ならすべての民は滅びを与えられていてもおかしくはなかった。しかし神は情けを民に与えたのだ。世界のために、生きるべく民たちだけを残そうと」


 コイツ……一体何を言ってやがんだ? やっぱ頭のネジがぶっ飛んでるだけなんじゃないのか?


「だから自覚せよ。真に生き残るべき民は自身の立場を理解せよ。そして――存分にその牙を振るうが良い。ククク……アーッハッハッハッハッハッハ!」


 本当に狂っている。何故この状況で笑えるのか……。


 思わずスマホを床に叩きつけたい衝動にかられるが、こうしてコイツからの連絡があるのなら、おいそれと失うわけにはいかない。


「ああ、それともう一つ、君たちに伝え忘れていたことがあった」


 ……何だ?




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