ミントステッカー

 るるるるるる...かっかっかっ、るるるるるる...。

 一台の黒き手負いの馬がゆっくりと玄関口たる簡素なゲートをくぐる...。といっても、一本の木にゴムタイヤ(しかし木で作られてある...なかなかの完成度だ)を端から端まで通した柱に、こんどは寂れたホイール(こちらは本物らしい)がはりにぶら下がっている。そこをくぐったのだった。

「わりと頭ぶつからない様に配慮されてますね。」

 その黒い馬を操る少女...

「むっ。」「こすったかぁ!?」「いや、違います...。」

 少年ルアは先ほど大きな声で聴いてきた眼鏡に帽子の少女キャディ、そして助手席の居眠り狂種バーサーカーのピシー。それとその頭で寝るこれまた居眠り龍なファネ...彼らは今日この国で休むことにした。

 この国に宿という宿はないが、民宿が多数ありゲートからもわかるようにこの国は名の知れた車愛好家たちが住む国である...よってガレージに停めてもらいその上で民宿にお世話になることができる。


「少しの間お世話になります。」

『あぁ、大歓迎さ!』

 快く泊めてもらえた。

「少年くん! 少年くん!!」

「わかってますよ...。触っちゃいけませんよ? 勝手にはいけませんからね。」

「わ、わかってますよぉ」

『別に構わないよ、代わりにと言っては何だが見せてくれないか君たちの相棒をさ』

「!」

 ちら...とメガネの少女がキラキラとしたまなざしを向ける。

「...ではわかりました。」

 ルアは一言と会釈すると少し早歩き気味でこのガレージの主の黄色と緑の矢印のデカールが貼られた車へと向かった。

「すごいですねぇ...扉が翼の様に開きますよ。」

「なんだっけ...わすれちゃったなぁ! でもかっけぇなぁ! 攻めた全身ガラス張りのデザイン!」

『その扉はバタフライウイングドアさ! この斜め前に跳ね上がるように開く! このあたりでも、他には見たことがない自慢のクルマさ! ...というかよくそんな簡単に内側から開けられたねメガネのお嬢さんは。結構コツがいるもんだと思ってたんだが...さすがだよ! 上げられるのは燃料くらいしかないけどね』

「...確かに言われてみれば上手く開きませんね。」

 ルアも助手席に入ってからそう言う

「少年くん...もしかして?」

「ちょっと...はい、脱出手伝ってください......。」


 少し休憩...にはなっていなかったのだが、済ませるとまだ日が昇りきったばかりの街へ繰り出した。

 なるほど移動用の古代異装が多い、と言っても一つや二つレプリカもありそうなので一口にオリジナル、掘り出し物と呼べないのは少し難しい。

「帰りは次いでに燃料を買いに行きましょう。」

「もう帰りの話ですかァ? しょうねんくーん」

「ん...それもそうですネ。」

「お、なんだかいい匂いが! お昼の話なら大歓迎ですよぅ!」

「の...前に、一旦お店を遠目から見ていきますよ? クルマの壁とかちょっと穴空いてるんで直さなきゃですから。」

「りょーかい!」

 ふと、あの襲撃を思い出す...。

 GUILDにもう追いつかれてしまったのだろうか? しかし、あの村で自分を目撃した者、気付いた者は蒼い焔に全て焼け死んだのだ...それに自然ナチュラルに納得し、妙な安心感を感じている...感覚がズレている気もする。だが...これでいい。いいのだろうか?

「少年くん? おーい! 前ッ!」

 ごっ!

「いっっつ!! ...看板が。」

 血は出ていない、タンコブは出来そうだが...。

「おっ」

「んんー...。お昼ご飯を先にしますか。」

「ナイス看板!」


 そういえば...ピシーは車から離れようとしない。ので、置いてきた。彼女ならまぁ...大丈夫だろう。念の為、何かあったらファネに飛んでくるよう伝えておいたが...伝わったかは定かでは無い。

 今日のお昼ご飯はやはりサンドウィッチ。だがここの店は一斤の食パンをスライスしたパンの耳を丁寧に剥がし、それをラスクに...そして耳のないまっさらなパンで葉野菜とハム、近くの牧場の牛のチーズで作られたサンドウィッチセットだ。あとコーヒーも付いている...今日はなんとなくブラックで頂いた。

「柔らかいでふね。」

「耳の無いサンドウィッチは顎が楽よのぉ! ラスクも最高だっ!」

『君たちクルマは?』

 近くにいた客の男が言った。

「宿にとりあえず...。」

『んん〜次会う時があったら...クルマも一緒に顔出してくれよな!! あ、そうだ。見てくれこの生イカしたマーク! 矢印の様な形が真ん中でイエローとグリーンに別れているんだ!!』

 促されたのでその客の男の車を見に行く。ルア達を待ち受けていたのは三又に別れたウィングが目を引く力強い足回り、そしてオフロードに生きるとでも言いたげな顔つき。

「ひゃえぇ...これまたすごいです!!」

「少年くん少年くん! このステッカー! 見たことありますよう!!」

『そりゃああるはずさ! なんてったってこのステッカーは近くにある古代異装採掘場でたくさん獲れる、この国のシンボルたるマークだ!! 永遠に尽きない流行ファッションさ! みんなバッチリ貼っているよ』

「なるほどう! 少年くん! 貼りましょうよ! 貼りましょうよぉ!」

「ぬう。しょうがないですね...どこで売ってます?」

『あの先に採掘師の店があるはずだよ』

「ありがとうございます。」!」


 本当によく獲れるようで値段は安かった。お手頃ファッションだ。

 民宿へと帰ると特に何も変わらず車でピシーが寝ていた。

 早速買ったデカールをボンネットに張り付け...気づく。

「あっ...応急処置のテープと燃料忘れてきた。」

「まぁ、いいんじゃないですか?」

 メガネの少女が苦く微笑む。

「そうです...ね。」

 苦い笑いで返すと眠り魔が、

「おかえり」

「ただいま。」!」

 これには元気に答えた。


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