第9話 昼休みはバスケ部

バスケットボールシューズの入った赤い靴袋を持ちながら、オレはまだかまだかと時計と先生を交互に見やる。


11時43分……44分……あと1分。


イスを少しスっと引いてスタンバイ。左足で貧乏ゆすりをしながら、板書にくらいつく。

現代文の先生が、この授業の板書で最後の1文字を書き終えた。


カッカッカッと素早く音を立てて板書が書き上げられた瞬間、一瞬の静寂……4、5人がシャーペンを置く音だけが聞こえた。


コーーン、キーンコーンカーンコーン


3時間目終了のチャイムが校内に鳴り響く。と同時に、先生が授業終了の号令。


――昼休みの始まりだ。


「では、終わりまぁす」

がたがたがたっと全員がイスを引いて立ち上がる。

その間オレはノールックで慣れた手つきで素早く窓の鍵を開け、窓の端に手を置く。


「ありがとうございまし――」


――カララ……スタッ


全員が号令を行う音に紛れ、オレはいつも通り窓から脱出。全力で走って体育館へ走っていく。


「弁当食い終わったらオレたちも行くからなぁ!」

と、田川が開いた窓から男友達と身を乗り出しながら呼びかける声が聞こえた。


体育館のドアを勢いよく開け放ち、誰もいないことを確認。【今日は】一番乗り確定だ。


「っし、今日は一番乗りだ」

小さくガッツポーズをしながら、涼しい体育館の真ん中を突っ切り、バスケットボールを求めて体育倉庫へ向かう……


「残念やなぁ、まっちゃん。今日も一番乗りはオレがもらったわ」


体育倉庫脇のバスケ部の倉庫から、1人の男がひょっこり顔を出す。


「うわっ、また村西が先かぁ。お前授業出てるかホントに」

「4組より3組の方が体育館には近いのよっ。そして、今日はJaneの授業が早く終わったから、早いのは必然やわ」

座ってバッシュの紐を結びながら話すこの男は村西薫。背はオレより10cmくらい高く、細いがふくらはぎと肩の筋肉は大きく、バスケットマンという体つきだ。毎日昼休みの体育館で顔を合わせるため、いつの間にか仲良くなっていた。

ちなみにJaneとは化学の先生のあだ名。口癖がジェーンのため、Janeと呼ばれるようになった。本名は知らない。


「今日もこれ使えよ」

当たり前のようにバスケ部の新しいボールをオレに投げてくる。

「いつも使っちゃってるけど、これバスケ部のだろ?」

「いいのいいの、うちのチームが欲しがってたシューターに使ってもらえるなら、先輩も文句ないって」

「……そりゃどうも」


結局いつも通りバスケ部のボールを借りて、昼休みに練習しに来るバスケ部やバドミントン部があまり使わない、真ん中のコートでシューティングを行う。


これがオレの昼休みの日常だ。


スリーポイントラインに立って、あらゆる方向からシュートを放つ。昼休み明けの授業の時間ギリギリまで普段は放ち続ける。


だが、今日は違う。


お昼のアナウンスが聞こえ12時を過ぎた頃、田川達がやってきた。


「碇お待たせ!明日のためにご教授よろしくぅ」

体育館シューズのつま先を床にコンコンとやりながら、相変わらず明るい笑みで田川が言う。


明日は高校初のイベント、校外ホームルームがある。各クラス県内の好きな所で1日遊ぶものだ。うちのクラスは体育館を借りてスポーツをするのと、バーベキューをやることに決まった。


「オレ、ドリブルは下手だから頼るなって言ったからな?」

などと文句を言いながら、内心オレは嬉しい。やはり何人かでバスケをやるほうが楽しいものだ。


「今日は賑やかだな」

隣のコートで村西がオレたちの光景を微笑ましく見ていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る