第3話 お前は、ズッ友だよ

土日を挟んで高校生活3日目、オレの今のところの唯一の楽しみは人間観察である。色んな人のではない。右斜め前に座る可愛い女子の観察だ。


「なんとなんと、話しかけられないとはいえ、ボブカットで優しそうでちょっとネコみたいな形の目…いいわぁ、推し確定。こんな可愛い子と席近いだけでお釣りがくるってもんよなぁ…毎日が明るい!」

などと口にしたら終わりの発言を心の中で叫びまくる平穏な朝。


そう、とても平穏な。


「あ、清彦!学年集会行こーよ♡」

ぎゅっ


突然男の腕に嬉しそうに飛びついたではないか。


――は?


「ちょっ、南ここで腕組むなって」


楽しみも、平穏な朝も、終わった。


いやぁ、まぁあんだけ可愛けりゃさすがに彼氏いるよねぇ…分かってたことよ!



なんて、気持ちをすぐに切り替えることは出来ず、そっかぁ2人とも同じ高校に受かってねぇ…見せつけちゃってねぇ…クッ…。


もしも岸本南と中学から付き合っていて高校でも同じクラスだったら…と目を閉じて妄想することで、教室で騒がずに事なきを得た。


今日は体育館で学年集会。高校での指針や大まかな授業過程、校長先生からの激励だのと、お尻が痛くなるような時間が1時間ほど続いた。


その途中、チラチラと周りを見ると、各クラスあちこちで出席番号が近い人たちがそれぞれコソコソ楽しそうに会話をしている。8クラスともだ。


項目ごとに1人ずつ先生がオレたち生徒の集団の前に立って熱心に説明をしている。もちろん聞かずに会話している生徒には、集団の周りでポツポツと立つ他の先生から圧の強い視線が送られ、一時的には静かになる。

しかしすぐに会話は再開。とはいえ、別に全員が先生の話を聞かずに会話しているわけではない。


だが、ただケツが冷たくて痛い時を過ごすオレにとっては寂しさを感じるものだった。

開け放たれた体育館の四隅の4つのドアから吹き抜ける暖かい風が、少し肌を突き刺す感覚がする。


入学早々、文理選択なんて言われてもねぇ、と今日の集会での内容を思い返しながら、オレは教室に戻るため立ち上がった。


「っく、ケツ痛っ」

1時間も木の板に座らされていたようなものだ。ヒリヒリする。

「あの…」


集会が終われば、あとは配布物を受け取って帰るだけ。今日も昼前には帰れるので、オレは帰って何するか熟考中…


トントン、

「あのっ、お名前なんて言うんですか?」

誰かが突然肩を叩いた。

「えっ、あ、」

180cmはあるだろう長身のイケメンが立っていた。くせっ毛で鼻が高い彼は、人懐っこい笑みで言う。


「オレ、田川清彦って言います」

田川くんか、陽キャ男子の一族だな。


「あ、えっとオレは碇雅也って言いま…」

ん?清彦?…


「ンア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!清彦オオオオオオオオオオオオ」

オレは突然奇声を発し頭を抱えてしゃがみ込む。


なんだよ、オレが岸本さん推してたの察してバカにしにきたのかよ、としゃがみながら勝手な恨みの視線を田川に送る。


「えっ?あれっ、オレなんかしちゃった?てか名前知ってたんだね」

少し困った笑顔をしている。


そりゃあ、知ってるさねぇ。高校唯一の楽しみを奪ったのだから。そしてイケメン。何て言ってやろうとオレは考えを巡らせていると


「友達になりませんか?RINEとかやってます?」

はいバカにしてきたよ。


……え?友達?


ガシッ。

オレは突然立ち上がり、両手で田川の右手を強く握りしめた。


「ああ!君はズッ友だ!」


目をキラッキラに輝かせ、かなりの握力で彼の手を握っていたかもしれない。


ヤバい、オレ変な奴に声かけたかも、と田川が思ったのも知らず、オレは激しく握手しながら高校初の友達を手に入れたのである。


やっと、オレの青春がはじまったぞ!

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