その記者、社会派につき?

 アンツォがユリアーナに接触してから数日後の昼下がり、イタリー新聞社の前に豪奢な馬車が横付けされた。


「失礼。社主はいらっしゃるかしら」

「私が社主兼編集長のアンツォでございますが、侯爵令嬢様がどういったご用件で」

「あら、私がヘンリク侯爵家の娘と知っておいでなのね」


 社屋に入ってきたのは渦中の人物の1人リーゼ。物腰こそ落ち着いた様子であるが、どうにも言葉の端々にトゲが見え隠れする。


「こんな身なりですが、私も男爵位を賜っておりますので。ささ、こんなところで立ち話では失礼ですからこちらへ」


 アンツォは自身も貴族の端くれだからその顔と名が一致していてもおかしくないと言うが、彼女には見え透いたウソと映っているように感じた。


(まあそう思うだろうな……)


 自身が格好のネタを供給する当事者だと認識しているのは間違いない。そして自分のことを知っているのも、取材を通してのことだろうと思っているのだろう。そう考えれば、態度にトゲがあるのも無理はないところだと、アンツォは苦笑して肩をすくめた。




「お口に合うか分かりませんが」

「お気遣い無く。早速要件に入らせていただきますが、この記事は何ですの?」


 新聞社で用意する茶葉など飲めたものではないだろうと思い、アンツォは謙遜しながら紅茶を提供したが、リーゼはそんなものには目もくれず、新聞紙をバンとテーブルに叩き付けた。


「これはウチの昨日の新聞ですね。これが?」

「このような記事を書いた了見を伺いに来たのです」


 何か問題でも? とトボけたフリをして、リーゼが指し示す紙面を覗き込むと、そこには『高貴なる者の使命とは?』と題された大々的なコラムが掲載されていた。


「ああ、私が書いた論説ですね」

「ええ。文責者不明の記事ばかりの貴方のところにしては、珍しく署名入りでね」


 アンツォの名前入りで掲載されたコラム。その内容は先日のユリアーナ襲撃事件を伝えつつも、他紙の論説に同調することなく、証拠も何も見つかっていないのに邪推するのはいかがなものかと論じていた。


「特におかしなことを書いたつもりはありませんが」

「そうね。私は読んだことがありませんでしたが、使用人が申すには、貴方のところにしては至極まともなようね」


 酷い言われようであるが、普段なら「お前が言うな」と各方面からツッコミが入りそうな内容であるのはたしかだ。


「では了見とはいかなることで?」

「それで世間が何と言っているかご存じ?」


 コラムでは憶測で物を言う怖さを伝えていたが、その続きには、「では何故、今回そういう論調になったか」を検証していた。


 城下で王太子が何をしていたのか。市井の暮らしをその目で確かめるという建前ながら、その案内役が男爵令嬢である必要はあったのか。身分の低い者がこれを断るのは難しく、よって親しげに映らないよう、側に仕える者たちが考慮すべき事案だったのではと。


 明確な批判ではなく、あくまでも考察。しかしいつもなら大手紙が論じるような話を、今回に限ってはイタリー新聞が報じているという違和感を読者はどう思うか。


 いくらイタリーでも王家の話題をネタに使うのは考えにくい。もしかしたら大手紙が報じることの出来ない何かが裏にあるからこそ、他紙が報じないのではないか……? と訝しがる市民が現れているようだ。




「あらぬ噂で王太子殿下のお手を煩わせるなど、不敬にも程があります」

「私としては、貴家があらぬ批判を一身に受けるのはお門違いではないかと思ったまでのこと。責任の一端が無いとは言えませんでしょう」

「余計なことを……」


 侯爵家だけに責任を押し付けるのはいかがなものか。善意から書いた擁護記事を余計なこととは酷い言われようだと、飄々と語るアンツォに向けて、リーゼが怒りの眼差しを向ける。


「いつそのような記事を書けと頼みましたか」

「では侯爵家はこのまま批判を甘んじて受けると?」

「私が何と言われようと構いません。しかし、殿下に対する批判は許しません」


 リーゼ曰く、王太子が市中を見て回るのは遊興のためにあらず。民と直接言葉を交わし、その暮らしを見て、王家として何がしてやれるかを考えるための糧にしていること。そして事実、それを基に様々な法を作り、人々の役に立っていると言う。


「法を整備するのは官僚に任せているゆえ、殿下の名は出てきませんが、決して遊びのためではないことを私はよく知っております」

「だが市中での殿下のご様子、リーゼ嬢もお聞き及びなのでは? だからユリアーナ嬢を学園でも迫害しているのでは?」

「私が扇動していると言いたいのですか? バカなことを……侯爵家の名にかけて、そのようなことなどしておりません。ユリアーナさんの件は承知していますが、殿下には何かお考えがあってのことなのでしょう。私は殿下を信じております」


 うん知ってる。と、アンツォは心の中で呟いた。何より彼女の潔白は自身たちが見ているのだから聞くまでもないことなのだが、そう答えられて、王太子とリーゼの間には固い信頼関係が結ばれているのだと感じられた。


 だからこそ、彼女は自分の身よりも先に王太子の心配をして抗議に来たのだろう。


「今すぐ記事を撤回しなさい」

「それは侯爵閣下のご意思か?」

「……いえ、父に申しても捨て置けとだけ」

「でしょうな。侯爵閣下がこれを不敬と思し召しなら、昨日のうちに抗議の使者が来たでしょう」


 不問というわけではないだろうが、今回の新聞記事は為政者のありようを監視するメディアとしては至極まともな意見であり、下手に抗議すれば墓穴を掘ることも考えられる。


「今の今まで抗議が無いというのは、それが閣下のお答えだからでしょう」

「くっ……」

「編集長、大変だ! エッサン先生の診療所が襲われた!」

「なんだと!」


 にべもなく要求を断られたリーゼが歯噛みしているところへ、サイゾが血相変えて飛び込んで急報を告げる。


「ユリアーナ嬢が攫われた」

「まさか……」


 リーゼは最初、何のことか分からなかったが、アンツォたちが向ける視線で、自分が疑われていると思い至ったようだ。


「私は何もしていません!」

「仮にそうだとしても世間はそうは見ませんよ」

「そんな……一体誰が……」

「これはマズいねえ……従者殿、急ぎ邸にお戻りになられたほうが良い」


 仮に関与が無くとも、侯爵家は今頃大騒ぎかもしれないと言って従者に帰宅を促したものの、リーゼは憔悴したまま立つことも出来ない。そこでアンツォは俯いたままの彼女に近づいて耳打ちをした。


「今は邸の中で嵐が過ぎるのをお待ちになるといい。なに、貴女が敬愛する殿下と侯爵閣下が何とかしてくれます」

「何とかって……あなたが一体何を知っているというの……それは!」


 適当なことを言うなと憤慨するリーゼであったが、顔を上げた瞬間にアンツォの手に乗った、とあるが目に入ると、途端に言葉を無くした。


「これでも私が何者かお知りになりたければ、お父上にアンツォ・イタリーという男爵のことお尋ねなされ。多分、『あの男に関わるな』とでも仰るでしょうがね」


 リーゼが詳細とまでいかずとも、自身が何者かに気付いたような雰囲気を感じたのか、アンツォがニヤッと薄笑いを浮かべると、彼女もまたそれに応えるべく小さく頷いて新聞社を後にするのであった。



 ◆



「ププッ、性格悪っ」

「根っからの性悪みたいな言い方しないでほしいね。これでも結構心苦しいんだからね」


 リーゼが帰ったのを見送ると、サイゾが笑いを堪えられないようで吹き出した。


 彼女や王太子がシロであることはアンツォが一番良く知っているのに、いかにも疑惑を解明せんとする記者よろしく糾弾する姿が滑稽に映ったのだろう。


 別にアンツォも好きでやっていたわけではない。こうすることで敵がより動きを加速させるだろうと見込んで仕掛けた記事ワナなのだ。


 もちろん、それが巷間でまことしやかに囁かれているのは、彼らの仕込みによる流言飛語の成果によるところも大きい。事態を重く見たリーゼが直接乗り込んで来たのは少々誤算ではあったが……


「それで首尾は?」


 何の首尾かなど聞くだけ野暮かもしれない。何故なら、知らせに来たように見えたサイゾ本人が、診療所襲撃犯の一人であるからだ。


「対象はバッチリ保護したっす」

「後は敵さんの動向だな」

「そっちは姐さんに任せてるんで」


 侯爵家に対する疑惑の目が増していけば、敵は人々の疑念を確信に変えるよう、いずれ動くと考えており、アンツォは機先を制してユリアーナの身を保護することにしたのだ。


 敵が襲撃してくるのを迎え撃つ手もあったが、リスクもあるし、実行部隊が切り捨てられて、何より肝心の黒幕の尻尾を掴み損ねる危険もある。だから先手を打ったのだ。無論、正体不明の誰かが攫ったという体は整えている。




「さて、決戦は来週の夜会あたりかな。それまで、精々情報操作をさせてもらうことにしようか」

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