S級を目指す新米ダンジョン配信者を撮影プロデュースすることになったけど、どうやらじわじわバズってるらしい

雨 唐衣

追放とリストラは似てる気がする






風間かざま ジン。君はクビだ」


「なんですって?」


 ある日晴れてもない昼下がり、出勤したら上司に肩を叩かれた。

 そんで応接室に連れ込まれて、これである。


「選択肢は2つある。今すぐ退職のサインを書くか、あるいは二軍のハコに移ってもらうか、だ。ああ、安心したまえ。契約に従いきちんと退職金は出させる」


「まて。まって、まってください。何がいきなりどうしてそうなるんですか? 己がなにかしましたか」


「なにかをしたかといえば、なにもしていない」


「仕事をサボってた覚えはないんですが」


 無能すぎてクビだ。

 といわれたら覚えがない、これでも誠心誠意自分に出来るだけの結果は出してきたのだ。

 それ以上は逆さになっても出せないが。


「端的に言えば――リストラ、だ」


「ああ」


 リストラ。

 つまるところ経費削減、無用な人材を減らして人件費を削るという企業お約束のわかりやすいクビ切りである。

 そうなればターゲットの矢玉に上がるのはもちろん自分だろう。


 自分は"ダンジョンの攻略にも配信にも貢献していない役回りだからだ"。


 無論減らした分の負担は残る現場にのしかかるものだが……


「己がいなくなってチームは大丈夫なのでしょうか?」


 率直な心配。

 業績としては貢献しているわけではないと思うが、チームの皆とは仲良く、出来るだけのフォローをしてきた自負はある。

 それがなくなって大丈夫なのかと尋ねると、上司は四角いメガネフレームに指を当てて。


「なんとかするさ」


「なんとかとは」


「辞める立場の君が心配するものではない。正直に言えば引き継ぎなりを手伝ってもらいたいものだが、それまで任せたらリストラにならんだろう」


「はぁ」


 なんと言えばいいのかわからずに相槌を打つ。


「これから有望なライバーが入る、そのためにチームは新体制になる」


 どうやら上司の意思ではなく、もっと上からの指示だそうだ。

 これまで仕事関係でしか殆ど話したことがなかった相手ではあるが、やや気の毒に思える。

 いやクビを切られる人間が思うことではないが。


「エリファは承知しているのでしょうか?」


 自分の、いや、先日まで所属していたチームのストライカーの名を上げる。

 チームの皆でも特段よく話していた"特権"持ちのエース。

 同期でもあった彼女がもしもどうでもいいと言われたら割とショックである、が。


「彼女にも通達済みだ。チーム<アリアンス>にも説明が済んでいる」


「そうですか」


「有給は残っていただろう。有給消化の手続きはしておく、もう明日からこなくて構わない」」


 がっくりと力が抜けた。

 多少なりとも愛着があったのだろう、我ながら失望感が重い。


「わかりました。これまでお世話になりました」


 もう無理だ。

 最終通告、いや、もう決定事項を聞いて席を立つ。


「荷物に関しては既にまとめて君のアパートに郵送済みだ。ああもううちの従業員ではないから、今月中に退寮してもらうが」


「手回しがいい手筈感謝します」


 元々私物のほとんどなど通勤時のカバンにいれている分しかない。

 さっさとやめるには問題なく、広げていたカバンの中身を放り込んで終わり。

 事務所用のカードキーも、バッチも、返却し。


「ああ、それとカメラとデータを出してくれ」


 事務所支給だったノートPCとカメラを取り出して、渡す。

 これで終わり。


「お世話になりました」


 頭を下げて、己は応接室を出た。

 慣れ親しんだ廊下を通り、外へと向かって、その最中に見覚えのない顔を見つけた。

 女かと思ったが、スーツ姿の格好からすると男のようだ。

 モデルのような整った顔に、どことなくにやけた顔つきで廊下に張られているポスターに手を当てている。


「失礼。そのポスターは事務所の備品だ、欲しいなら受付の購買品から注文するといい」


「あん?」


 よくあるポスター狙い……試供品の転売狙いなどもあることから注意として声をかけたが、その青年は顔に合わず派手に舌打ちをした。


「おい、なにをしてる」


 舌打ちと共にポスターに手を当てた青年に注意をするが、嫌な目つきで返された。


「おいてめえ、ここの事務所のやつだろ」


「いやも「お前どの面下げて、このオレに命令してるわけ?」


 人の話を言い終わる前に食い気味に青年は喋る。


「ていうかオレのことわかんねえのか? わかんねえよな」


 知らんがなと言いたいが、言葉は止まらない。

 見下した目線を向けている。背丈的に下だから見上げられているのだが。


「覚えとけ、オレの名は天沼 ユウキ。今日からここのエースになる男だ、覚えておけ」


「はあ」


「何だその態度、仕事舐めてんのか? あ゛あ゛!」


 いや仕事舐めてるのお前では?

 初対面の人間相手にイキってくるのは中々レアなタイプだ。いないわけではないが。


「少しお待ちを。対応出来る人を呼びますので」


 とりあえず警備員を呼んで、そこから警察に通報の流れだな


 最悪刃物を出される可能性もあるから、相手の手に警戒しつつ――そういえばアリアンスの護身対応する奴誰か用意するんだろうか、己がいなくなるわけだが――登録してる警備室の電話番号を呼び出そうとして、後ろの応接室のドアが開いた音がした。


「紫香楽、なにを……天沼くん、なにをしてるのかね!?」


「おいおっさん、こいつなんなんだ? オレの顔を」


「いや彼はもう退職してる人間なんだ」


 慌てた態度で彼を引き取って去っていく元上司に、社会の悲哀を感じつつ。


「てめえ。今度見かけたら覚悟しろよ!」


 何故己はあんなにも睨まれたんだろうか。

 よくわからんが


「マナーが悪い奴だったな」


 しかし、あの態度、成人してるとは思えない態度だったが学生上がりだろうか。


 まあいいか、もう己には縁がない話だ。



 そうして五年間所属していた事務所を去った。




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