第3話

 十一時の開店と同時に、お客さんが入ってきた。コロナ禍で癖づいたお弁当習慣のままに持ち帰りを願う人も多かったが、あれよあれよという間に店内はお客さんでいっぱいになる。そして――


「ほんまに神様が上についてきとる……」


 ――そのお客さんの頭の上には、一人一柱神様がくっついてきていたのだった。

 ずらりと手元にある御札は、神様が近づくと光を放って神様本人と糸が繋がる。誰が誰だかさっぱり分かっていなかったためありがたい配慮だったが、それにしたってついさっき神様が見えるようになった私にとってはあまりにも見慣れない光景すぎた。


「あわわ……」

「ソラ! 豚の生姜焼き定食持ってけ!」

「あ、はい!」


 しかし、立ち止まっている暇などない。ヒメ姉を手伝って注文を受けて御札を配置、キッチンからおきっつぁんの料理を運び、手すきの間に皿を洗う。

 レジはほむやんがやってくれているのでつきっきりにならないのは助かったが、キッチンもホールもどちらも半分担当というのは相当に疲れる内容だった。

 ひぃひぃと内心悲鳴を上げながら細々と動く間に、神様とお客さんの食事風景を見る。


「いただきます!」

『△〇◇×!』


 定食メニューの所にでかでかと「ご飯を食べる前は、いただきますをしましょう」と婆ちゃんの味のある墨字で書いてあるおかげか、お客さん達は皆礼儀正しくしっかりとごはん前の挨拶をする人ばかりだった。そうすると自動的に神棚に飯が置かれているという流れで供物に変わり、神様も一緒に食せるシステムだ。

 味噌汁を啜り、白米を大口を開けて食べながら合間に竜田揚げを食うおじさんの上で、神様もまったく同じように湯気を食しているのがなんだか面白い。

 ぱっと見はパントマイムにしか見えないのにそれがきちんと食せているというのだから、神様ってすごいなぁとしみじみ感じ入るのだった。


「そしてやっぱりきつねうどん定食が多いんやね……」

「お稲荷さんが多いからねぇ」


 店内が落ち着いてきた頃合いでヒメ姉に話を振ると、そんな答えが返ってきた。確かに寺の中でも小さな木祠もくしが置いてある所は、大抵お稲荷さんが祀られている。


「全国におよそ八万社あると言われるお社の中で、三万社近くをお稲荷さんが占めてるんだってぇ」

「多いな!!」


 横で話を聞いていたほむやんが、パソコンを見ながら追加の情報をくれた。そりゃお揚げさん入りのきつねうどんが頼まれるわけだ! と納得し、ちょっと考えて「お揚げさんのメニュー増やさない?」と皿洗いをしていたおきっつぁんに提案した。


「あん? なんで」

「なんだっけ、丸島さん、だっけ? きつねうどん定食ばっか食べてたって人」

「あぁ」

「その人以外もそういう目にあう可能性もあるわけやろ? なんかこう、あるやん! お揚げ使う奴!」

「例えば?」

「た、例えば!?」


 そう来るとは思わなかったと必死に頭を巡らせ、指折り数えてレシピを述べる。


「代表的ないなり寿司に、小松菜と油揚げの煮びたしやろ? 旬の筍とお揚げさんの炊き込みご飯もいいし、肉詰め焼きもチーズ焼きもいいやん。あと味噌汁もアリ!」

「ほー。メインじゃなくて副菜に忍ばせろと」

「じゃなきゃきつねうどん定食と同じ末路を辿るやん」

「確かに」


 ケラケラと笑ったおきっつぁんが、「それ参考に考えるわぁ」と軽く手を振って調理に戻っていった。


「てかこんなん、うちの家で出てたメニューやで? ヤエ婆ちゃんからなんも言われんかったん」

「お婆ちゃんはどちらかというと神様のことが優先だったからねぇ」

「お揚げさんが食べたいっていうお稲荷さん達にメニューを聞いたら、『きつねうどん』って返ってきたから、ずっとそのままだったわけだよ」

「ふーん……」


 巫女さんだったって聞くし、婆ちゃん的には神様の仰ることに重きを置きたかったのかな、となんとなく思った。でも、私としたらこの『もえぎ』のご飯を食べたくて来てくれるお客さんの食べたいものを提供したいと思うわけで。


「食券システム導入しない? そしたらほむやんもレジにつきっきりじゃなくて済むし、お客さんと神様の食べたいニーズを食券機で合わせてお知らせとかさぁ」

「…………」

「お客さんと神様が同じ数入るとは限らんのやろ? だったらこう、定食ごとに神様には列作ってもろて、食券出たらその人についてってさー。マッチしない時はもうしゃあないって思ってもらうしかないけど」

「……フフ、」

「うふふ」

「え、なに?」


 つらつらと言い募っている内に、いつの間にかほむやんとヒメ姉のツボを刺激していたらしい。クスクスと笑いながら小さい頃の様に頭を撫でられ、「ソラはそういう所がいいよねぇ」と褒められた。


「な、なにさ!」

「神相手に忖度しないところがさ」

「神託を下して勝手に食べたいものを変えさせていたことを、私達何もおかしいとは思わず見てたものねぇ」

「いや、だ、だってさぁ」


「人ありきやん、この店」と私は唇を尖らせた。


「ヤエ婆ちゃんとおきっつぁんの飯が旨くて、ヒメ姉とほむやんの接客が良くてこの店にきてくれるわけやろ? そりゃ神様やって大事やけど、まずはここに通ってきてくれる人に感謝せんといかんやん。お金落としてくれるのも人間やで?」

「そうねぇ」

「お客さんが食べたいって思うもん提供せんと。こっちはプロなんやから」


 むん、と胸を張った私に、ヒメ姉とほむやんが「おー」とふざけまじりに拍手をする。

 その内キッチンから「おーい働け―」とおきっつぁんの声が飛んできたので、私達は慌てて持ち場に戻るのだった。

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