第16話 やっちまった

 準決勝当日。

 校門で集合した俺達えれくとりっく! は、会場となる第六体育館に向かっていた。


「ふ、ふぅ」

「緊張しすぎ」

「そりゃそうだろ」


 ネタの練習はバカみたいにしたし、面白い自負もある。

 しかし、人前で漫才を披露するのは今日が初めてなのだ。緊張するなってのは無理な話なのである。


「練習通りやれば絶対に大丈夫よ」

「……おう」


 漫才科の校舎近く、目的地に到着した。


「着いちまったかぁ」

「リラックスよ、桜井」

「おっけい。行こう」


 気合を入れると、正面入り口を抜ける。

 普通の体育館、としか表現のしようがない館内のあちこちには、すでにニ十組程の準決勝進出コンビの姿。(例のネタバレ女子コンビもいる)

 パッと見た感じだけど、漫才科の科章が付いていないのは俺だけ……?

 ってか、みんな面白そうだなぁ……根拠とかはないけど、何となく。


「何とか一回戦は突破できたみたいだね」


 この嫌味ったらしい声には聞き覚えがあった。

 振り返ると、芹沢さんの元相方、純君が不快そうな顔で俺を見ている。


「ま、決勝進出は無理だろうけど、精々頑張ってよ」

「無視していいわよ、桜井。あっち、行きましょ」

「お、おう」

「ふんっ」


 体育館の隅まで足早に歩くと、壁を背もたれにして座る。


「ってか、あいつも一次を突破したんだな」

「あれ、言ってなかったっけ?」


 どうやら、芹沢さんは知っていたようだ。

 まぁ、同じ科にいれば情報も入ってくるんだろう。


「ほら、前に純と会った時に一緒にいた子、覚えてる?」

「あぁ、確か莉子ちゃん、だっけ」

「純の幼馴染なんだけど、彼女と組んだのよ、純は」

「コンビ名は何て言うの?」

「ナジミーズ」

「……ひょっとして、幼馴染だから?」

「そうなんじゃない?」


 オシャレなようで……ダサいコンビ名だと思った。え、ダサいよね?


「今は他人の心配なんてしてる余裕ないでしょ、アンタは」

「そうだな、集中しよう」


 俺はお茶を一口飲むと、大きく深呼吸。


「噛んだりしたらまじごめんな」


 予防線を張った俺に、芹沢さんは笑顔をくれた。


「フォローするわよ。あたし達はコンビなんだから」


 かっこよー。惚れてまうやろー!


「では、定刻になりましたのでこれより準決勝を始めます」


 スピーカーから男性の声が聞こえると、館内は一気に静まり返った。

 これより事前に通達した通りの順番でネタを披露し、協議を行った後、決勝進出コンビ八組を発表する、という旨の説明が行われる。

 ステージの正面に置かれた三脚のパイプ椅子に、審査員である漫才科の教員が腰掛けると。


「では、一組目のヘップバーン、ステージへ」


 準決勝が始まった。




 滞りなく、審査は進んでいた。


「もういいわ!」

「ありがとうございました!」


 揃って頭を下げた男性コンビは、十一番目。次はいよいよ俺達の番だ。

 舞台袖で名前を呼ばれるのを待ちつつ、


「今のコンビはそこまででもなかったな」

「……集中しましょう。感想は後で話せばいいわ」


 芹沢さんは、これまでに見せた事がない真剣な面持ちでステージ中央のスタンドマイクを見ていた。俺は「OK」と頷く。


「では、次はえれくとりっく! お願いします!」

「……行くわよ」

「おうよ」


 俺達は拳を合わせ、勢いよくステージへと駆け出した。

 スタンドマイクの前にいつもの立ち位置で並ぶと、マイクの高さを調節して。


「どうも、えれくとりっく! です! よろしくお願いします!」

「突然だけどね、あたし、将来の夢があるんだけど聞いてもらえる?」

「聞くだけでいいのか?」

「夢が叶った時のために、できれば予行演習もしたいわね。よろしくて?」

「よろしくてよ」


 視線の先には、審査員と大勢のライバル達。

 よーく見とけよ? これが俺達の漫才だ!


「じゃあ、あたしは学校の先生をやるから」

「俺は生徒役だな」

「ガラガラッ。今日からこのクラスの担任になりました芹沢です!」

「……」


 ……。

 …………。

 ………………あれ?

 ………………なんて言うんだっけ?


「…………」


 なにも考えられなかった。ただ、頭の中が真っ白で……言葉が浮かばない。


「え、えっと……」




「ごめん」


 始まる前、俺は噛んだらごめん、なんて口にしたけど。

 実際はどうだ? ネタを飛ばすなんて……とんでもない大失態だ。


「まじでごめん」


 元居た場所に戻って来ると、床にへたり込む。


「最悪だ」

「……よくリカバリーしたわよ、アンタは」


 俺の肩に手を置きながら、芹沢さんは言う。

 あの時。ネタをすっ飛ばした俺の頬を、芹沢さんは全力で張った。

 俺はそれで我に戻る事ができて。



「体罰すなっ!」

「必要ならするわ。あ、でも……AKBにだけは内緒にしてよね」

「PTAだろ! アキモトさんは関係ないのよ!」



 そう、ネタに戻る事ができたのだ。

 失った時間を、ボケを一個飛ばす事で調節してくれたりもしたし。

 アドリブで場を繋ぐだけじゃなく、ネタ時間のコントロールまでするとか、漫才科ってやっぱり凄いわ。これが経験値の差なのだろう。


「流石にアンタが飛ばしたのはバレてると思うけど、持ち直せたとは思うわ。信じて結果を待ちましょう」

「……」

「きっと大丈夫よ。審査員が笑ってたの見えたでしょ?」

「まぁ……」

「もうっ。シャキっとしなさいよ」

「できない。俺、レタスじゃないし」

「……例える元気はあるのね」


 自然と口から飛び出ただけです。

 ……相当、頭の中漫才で染まってるなぁ。だからこんなに悔しいんだろうけど。




「それでは、準決勝の結果を発表します」


 真ん中に座っていた、最も年配の男性教諭がステージ中央でそう言った。

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