第3話 空飛ぶ絨毯


「次は、こちら。ソロモンさんの『空飛ぶ絨毯じゅうたん』です」

 遠隔書簡魔導具テレ・ライターの話がひと段落着くと、今度は絨毯であった。とんでもない単語を口にしながらザキは机の上に玄関マット程の生地を拡げる。

「思ったより小さい、ですね……」

 何だろう、ファンタジーと魔法に満ちた品が目の前にあるのに、その現実的なサイズは妙にがっかりした気配を孕んでいる。


「どうやって使うんです?」

「マットの上に完全に乗ると、自然に浮き上がるそうです。普段は浮かないから、丸めておけば収納も楽ちんですよ」

 セールスポイントは、本当にそこで良いのだろうか。疑問に思いながらも、目の前の怪しげな品に目を奪われてツッコむことを忘れたブッコロー。


「乗ってみて良いですか?」

「どうぞ。私もまだ、乗ってないんですけど……」

「大丈夫です、それ? 安全確認できてますか?」

 警戒心はあるものの、好奇心には勝てない。おそるおそるブッコローは絨毯の上へと踏み入れる。

「へぇ、綺麗な模様ですね。これは普通の絨毯だとしても高そう……」

 物の良し悪しもわからないのに適当な評価をしながらブッコローがちょこん、とミミズクの身体を乗せると、前口上まえこうじょう通りに絨毯はふわりと浮き上がった。




「…………」

「…………?」

 少しだけ、様子見のような沈黙がスタジオを訪れる。

「低っくぅ……」

 やがてこれ以上状況が変わることがないと察したブッコローが低い声で不満を唱えた。


「何ですか、コレ。確かに浮いてはいますけど、地上からせいぜい10センチってところじゃないですか。大きめの石とか置いてあったら普通にコケるレベルですよ?」

「そう、ですね……」

 さすがにザキも期待していたとおりの品ではなかったらしい。力なくブッコローの言葉に相槌を打つ。


「しかも僕の体重支えきれてないのか、僕が乗ってるとこだけ重みで下がっちゃってますよね。え、コレ人間が乗ったらもう浮かないんじゃないです? ザキさん、ちょっと乗ってみてくださいよ」

 促されて、ザキはおずおずと絨毯に近寄っていく。

「失礼します……」

 ご丁寧に靴を脱ぎ、絨毯の上で正座をするザキ。そのちぐはぐな取り合わせは、何故か妙に似合っていて……。

「ザキさん、エキゾチックな絨毯柄も相まって、なんか導師みたいな雰囲気出てますね」

「えぇ……?」

 何を言われたかわかってなさそうな半笑いのザキの足元で、絨毯がふわりと浮いた。


 ……うん、予想通り。何というか、絨毯の前後を「せぇーの!」と人力で持ち上げたような浮き上がり方。ザキの座っている中央部分は大きくヘコんでいて、地面スレスレのところで何とか浮いた状態を保っている。

「Pも乗ってみます?」

「いや……良いわ」

 あまりに期待外れの光景に、商品紹介の最初の頃は興味津々だったはずのPもあっさりとブッコローの提案を断る始末。


「空飛ぶ絨毯なんてロクなもんじゃないっすね」

 ブッコローの冷たい感想が炸裂した。

「移動手段としては、これならおじいちゃんのセニアカーの方がマシじゃないですか? 移動する速度もしょっぼいし……。まぁ絨毯としてのモノは良いんで、触った感触は気持ち良いです。異国風のがらも綺麗だし。だから、玄関マットとかに良いんじゃないですかね」

「え、玄関マット、ですか……?」

 不思議そうに首を傾げるザキは、やっぱりブッコローがいくらボケてもツッコんではくれない。


「ほら、この絨毯を玄関に敷いとくと、断り切れないイヤな客とかが来た時に客が玄関マットに乗った瞬間フワッて。イヤな客、追い返せますよ」

「それ……良いですね」

「!?」

 ツッコんでくれるとは思ってなかったけど、まさか同調されるとも思わなかった。


 いつもザキは、ブッコロー渾身のボケの息の根を止めてくる。思わずギュルンッと振り返ったブッコローの視線を受け止めて、ザキはにこやかに頷いた。

 ――この悩みのなさそうなザキが嫌がる客って何だろう……そんな細かいところが気になったブッコローであった。




「そういえば今更ですけど」

 空飛ぶ絨毯がクルクル巻かれて片付けられてから、ブッコローはふと呟いた。

「商品のインパクトにやられてすっかり抜けてましたけど、絨毯って別に文具じゃないですよね」

「…………」

 ブッコローの指摘に少しの間黙り込んだザキは、しばらくしてから自信なさそうに目を逸らして答える。

「でも、本じゃありませんから……」

「出たよ、『本じゃなきゃ文房具』理論! それ、ヨソじゃ絶っっっ対、通用しませんからね!?」


 ブッコローのもっともなツッコミは、ザキの愛想笑い中でうやむやにされていったのだった……。


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