06 下限突破の可能性

 ダンジョンの入口には黒い霧が立ち込めている。

 これは物理的なものではないらしく、入口を通りさえすれば視界はすぐに回復する。


 さっきまでの地下洞とは打って変わり、ダンジョン内部は角張った石造りの天井と壁が真っ直ぐに伸びている。

 ダンジョン以外で似た場所を探すなら、王都シュナイゼンの地下下水道が近いかもしれないな。

 もちろんこのダンジョンに下水は流れていないのだが。


「これがダンジョンか……」


 聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだ。


 しかし、俺にはその経験を味わってる時間はなかったらしい。


 通路が真っ直ぐに伸びる先、十数メテルのところに、ゴブリンが数体うろちょろしてる。

 そのうちの一体がこちらに気づき、仲間に警告の声を発した。

 外のゴブリンより心なしか反応が早い。


「くそっ、いきなりかよ!」


 ゴブリンは……見えてる限りでも五体か。

 影にもう二、三体いるかもしれないな。


 となると、剣で一体ずつ倒していくのは不可能だ。


 俺は「持ち物リストから爆裂石を取り出す」と強く念じる。

 俺の手にごつごつとした溶岩石が現れた。


「くらえ!」


 俺は爆裂石をゴブリンに向かって投げつける。


 俺が狙った先頭のゴブリンは、飛来する爆裂石を剣でとっさに打ち払おうとした。

 が、それは最悪の応じ手だ。

 強い衝撃を受けた爆裂石は即座に爆発。

 凄まじい轟音と爆熱がゴブリンもろとも通路を呑み込む。


「ぐあっ……耳が……」


 手をかざしてたおかげで爆光から目を守ることはできたが、耳を塞ぐ余裕はなかった。

 鼓膜の痛みとともにキーンと高い音が脳裏に響く。


 だが、今は鼓膜の心配をしてる場合じゃない。


 俺は油断なくロングソードを構えながら、爆炎の消えたダンジョン奥に目を凝らす。


 ゴブリンは散り散りになっていた。

 散開したって意味じゃない。

 無数の肉片となって飛び散り焼け焦げ、壁や天井の赤黒い染みになっている。


 どうやら生き残りはいないらしい。

 数秒もすると肉片や染みは黒い粒子となって消え去り、赤黒い魔石だけをその場に残し、ダンジョンは元の姿を取り戻す。

 床に転がる魔石は外のゴブリンのものより赤みが強く少し大きい。


「ふう……助かったか」


 でも、問題はこれからだ。

 虎の子だった爆裂石は使ってしまった。

 さっきのゴブリンたちの数からして、この先に進むのは今の俺には危険すぎる。

 かといって来た道を引き返そうにも、岩山のゴブリンたちと再び出くわす可能性が高い。


 じゃあ、今いるこの場所に留まるのはどうか?


「いや、駄目だな。ダンジョンのモンスターの湧出速度は外よりかなり早いらしいからな」


 外のゴブリンは日が昇れば活動が鈍くなるだろう。

 モンスターと言えど睡眠が必要なことに変わりはないらしく、ゴブリンは夜が明けるとともにねぐらに身を隠して睡眠を取る。

 その時刻まで粘れれば脱出できるかもしれないわけだが、日が沈みかけの現在から夜明けまでとなると、そのあいだにモンスターが再湧出リポップする可能性が高いだろう。

 いつ湧くともしれないモンスターに怯えながらこんなところで一夜を過ごしたいとは思えない。


 俺は床に落ちた魔石を拾い上げながら、何か使えるものはなかったかと必死で考える。


「といっても、持ち物は初級ポーションくらいだからな……」


 俺は持ち物リストを表示する。

 古代人の仮想空間であるこの世界では、アイテムと認められたものは持ち物リストに「収納」できる。

 持ち物リストはステータスと同じような要領で確認可能だ。


 俺の現在の持ち物は、



Item―――――

初級ポーション 3

初級マナポーション 1

毒消し草 1

爆裂石 0

薬草 0

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

―――――



 ……こんな感じだ。


 だが、表示されたリストを見て、俺はおかしなことに気がついた。


「残り個数、0?」


 武器防具は別として、消耗品には残り個数が表示される。

 これを古代語では「スタック」という。

 同種のアイテムをまとめることで持ち物リストの空き枠を節約できる便利な機能だ。

 持ち物リストには16種のアイテムしか入れられないからな。もしスタックという機能がなかったら、初級ポーションだけでアイテム枠を三つも埋めてしまうことになる。


 しかし、個数が0というのはおかしい。


 通常、使用したアイテムは消滅する。

 消滅に伴って、持ち物リストの残り個数も一つ減る。

 元が3個なら2個になるわけだ。


 ……何当たり前のこと言ってんだと怒られそうだが、大事なことだから勘弁してくれ。


 もちろん、個数が2個から1個になっても、同じように数字が減るだけだ。


 だが、1個から0個になる時は話が違う。


 というより、アイテムの残り個数は、1から0には決してならない・・・・


 残り個数が0になれば、そのアイテムは持ち物リストからなくなるからだ。

 「0個持ってる=1個も持ってない」んだから当然だな。

 1個も持ってないアイテムが「持ち物」としてカウントされるのはおかしいだろう。


 つまり、1個しか持ってなかった爆裂石を使った後のアイテム欄は、「爆裂石 0」ではなく、「(空き)」となるのが正しいはずなのだ。


「え、まさか……一度アイテムをリストに入れたら、そのアイテムを使い切っても枠が空かないっていうのか!?」


 古代人が設計したとされるこの世界は、確固たる規則によって支配されているという。

 この世界にそうした規則が存在すること自体が、この世界が古代人によって造られたことの動かぬ証拠である――というのが、架空世界仮説信奉者の論理だな。


 しかしそれだけでは「この世界にはこの世界の規則を定めた全知全能の神様がいる」と主張する宗教家と理屈において大差がない。


 そこで架空世界仮説信奉者が持ち出すのが、この世界に存在するという虫食いバグである。

 世界を支配する規則には、創造者の意図しなかった例外があるのではないか。

 それが、虫食いバグと呼ばれる現象だ。


 もしこの虫食いバグが俺の持ち物リストに起きたのなら最悪だ。


 何が悲しくて、「下限突破」なんていう意味不明なハズレギフトを引かされた上に虫食いバグにまで見舞われなければならないのか――


 そこまで考えて、俺はようやく気がついた。


「下限……突破?」


 俺は慌てて、「下限突破」の説明文を表示する。



Gift――――――――――

下限突破

あらゆるパラメーターの下限を突破できる

――――――――――――



 「あらゆるパラメーター」と聞いて最初に連想したのは、レベルやHPといったいわゆる「能力値」のことだった。


 だが、パラメーターという言葉の範囲は、必ずしも能力値に限らない。


 アイテムの個数だって立派な変数パラメーターだ。


 その「下限」を「突破」できるのだとしたら……



「ひょっとして、0個からでも『爆裂石』が取り出せる……なんてことは?」



 俺は「持ち物リストから爆裂石を取り出す」と強く念じた。


 俺の手元に、ゴツゴツした溶岩石が現れた。


 もちろん、爆裂石だ。


 その状態で持ち物リストを開いてみると、 



Item―――――

初級ポーション 3

毒消し草 1

爆裂石 -1

薬草HQ 0

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

―――――



「-1……だと?」


 俺は確かめたくなって、さらにもう一個爆裂石を取り出した。


 そして再度持ち物リストを確認すると、


「『爆裂石 -2』……!」


 調子に乗ってもう一個。

 さらに、一個、二個、三個……と取り出してみる。

 足元に「爆裂石」が積み上がった。


 その状態で持ち物リストを開いてみる。



Item―――――

初級ポーション 3

初級マナポーション 2

毒消し草 1

爆裂石 -19

薬草HQ 0

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)

―――――



「こ、これは……!」


 おわかりいただけただろうか?


 「下限突破」のパラメーターの下限を突破する効果は、アイテムの個数にも有効なのだ。


 だから、アイテムの個数が0になっても、マイナスになっても、いくらでもアイテムが取り出せる。


「これ……とんでもないぶっ壊れギフトなんじゃないか?」


 俺は足元に「爆裂石」を無限に転がした状態のまま、半ば放心してつぶやくのだった。

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