(46)原稿用紙の使い方

 未だ知らない、原稿用紙の使い方――!

 俺は驚いた。

 だがそれ以上に、原稿用紙なんてヘンテコリンな武器を与えられたヤツが、俺の他にいた事に驚いた。


「ふ、二人目……!?」


 手ぬぐいを絞って体を拭きながら、法心は星空を見上げる。

「珍しい名前だったから覚えてるぞ。確か、芥川と言ったかな」


 原稿用紙、つまり小説家で芥川と言えば、龍之介しか思い付かない。

 俺はひっくり返りそうになった。


「ででででで! そその、芥川さんは、どんな風にこの原稿用紙を使ってたんですかああ??」

 キョドりまくる俺に苦笑しつつ、法心が言った。


の人は、原稿用紙を能力向上スキルアップに使っていたぞ」


 俺は愕然とした。

 そんな原稿用紙の使い方を、考えた事がなかった。


 法心は法衣に袖を通し、続ける。

「他人の能力向上をして、見返りに食うものを貢がせていたようだが、そのうち精神を病んで、筆を折ってしまった」

「…………」


 創作家というのは、突き詰めると、そういうところがあるらしい。

 底辺作家である俺には、到底たどり着けないだろう境地だが。


 俺はボリボリと頭を掻きながら、考えた。

 スキルアップ、か……。

 ゲームで言うなら、経験値が貯まって、「〇〇スキルのレベルが上昇した!」というヤツだろう。


 だが以前――星野コスモが命を落とす直前、俺は原稿用紙に、コスモが助かるよう書いたのだが、赤ペンは

【転生者への直接の干渉はできません。】

 と、素気なく返してきただけだった。


 スキルアップは、転生者への干渉になるのではないのか?


 その疑問を法心に聞いてみると、彼はニヤリと笑みを浮かべた。


ではく、干渉なら、問題ない」


 目からウロコだった。

 つまり、れば、能力を上げられる、というワケだ!!


 俺は興奮した。

「凄いよ! おじさん、凄いよ!!」

「おじさんと気安く呼ぶな!」



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 その夜は、法心も含めて九人で、焚き火を囲んで眠ったのだが、翌朝、朝食を済ませると、彼は

「次なる修行に出る」

 と言って、どこかに旅立っていった。


 それにしても、彼から得た情報は、俺たちに敵意を向けてきたお詫びと、チョーさんの食事へを対価としても、余りあるほどに大きなものだった。

 旅支度をしながら、俺は考えていた。


 スキルアップ、かぁ……。


 みんな、今よりも強力なスキルが使えるようになったら喜ぶだろう。

 でも、それにはある程度の試練を考えなくてはならない。

 危険のない程度で、赤ペンを納得させるだけの試練、か……。


 準備が整い、ヤクの引く荷車を押して歩きながら、俺はみんなに聞いてみた。

「スキルアップできるとしたら、どんなのがいい?」


 最初に答えたのはバルサだ。

「純粋に、もっと強くなりたい」


「私は、無詠唱で魔法が使えるようになりたいわ」

 ニーナが苦笑する。……確かに、毎回早口で呪文を唱えるのは大変そうだ。


「私、前から、こんな事ができたらいいな、と思ってた事があって。……植物を掛け合わせるんです。例えば、サクラとモクレンを掛け合わせたら、どんな花が咲くんだろう、とか」

 マヤが楽しそうに言った。


「アタシは、髪の毛以外もスタイリングできるようになりたいわね。彫刻なんて面白そう」

 芸術家志向の高いエドらしい希望だ。


「オレは、もっと遠くが見える目が欲しい。どんな獲物も見逃さない鷹の目ホーク・アイが」

 スニフ爺さんの形見の眼帯を触って、アニが答える。


「ワタシ、もっとお客さんが欲しいアル。もっとワタシの美味しい料理を食べさせたいアル」

「それはちょっと違う気が……」


「ファイは何かないの?」

 俺の隣で黙っているファイに聞くと、彼は小さく首を横に振った。

「この世界に来てから、みんなより少し体は弱いけれど、こうして一緒に旅ができてる事で、僕は幸せなんだ」

 そう言ってから、ファイはマヤに笑顔を向ける。

「マヤの出してくれるオタネニンジンのおかげで、あまり熱も出さなくなったし」


 ……とりあえず、バルサ、ニーナ、マヤ、エド、アニ、五人分の、スキルアップに適したイベントを考える、か……。

 異世界転生モノらしくなってきた。

 俺はワクワクしてきた。


 昼食休憩の時、俺は原稿用紙に向き合った。

 まずはバルサ。雑な筋書きだが、「純粋に強くなりたい」というバルサの希望なら、こうするのが一番だろう。

 ――しかし、少々危険が伴う。

 躊躇しながらも筋書きを書き切ると、原稿用紙の文字は光の粒子となって、森の奥に消えていった。


 ……始まってしまう……。


「みんな、よく聞いてくれ。これから野生のオークの群れが……」

 俺が言い切るより、ドドドド……という足音の方が早かった。


 野生のオークの集団が、俺たちに向かって突進してきたのだ。

 ……その数、五十は下らない。

 しまった、数を指定するのを忘れた。赤ペンは俺のイメージよりもやり過ぎるんだった……。


 だが、先陣を切ったバルサは怯んでいなかった。

「任せておけ。俺が何とかする」


 エクスカリバーが唸りを上げる。


 バルサの獅子奮迅ししふんじんの戦いぶりは凄まじかった。

 対・法心戦で、全くいいところを見せられなかった反動もあるだろう。

 ……いや、そんなものじゃない。

 彼が暴漢から守れなかった、愛する妻と子供に対する思いが、その一振り一振りに込められているようにも見える。


 そんな鋼の暴風を前に、オークの巨体が、血飛沫を上げながら、次から次へと肉片と化していく。


 だが、いくらバルサが強靭な戦士であっても、五十体という数は多過ぎた。

 疲れが出た一瞬を突かれ、棍棒で側頭部を殴られてしまう。

 意識が飛んだのが、傍から見ていても分かった。

 そんなバルサの頭上を、別のオークの棍棒が狙う。――ヤバい!


「バルサ!」

 咄嗟にニーナが杖を振る。

 夫の身を案じる思いがそのままカドゥケウスに伝わり、強烈な一筋の光がバルサを貫いた。


 途端にバルサは意識を取り戻した。

 そして、

「オルアアアアアア!!」

 と、前よりも威力を増した剣撃で、二頭のオークを一閃で真っ二つにする。


 ――一石二鳥。

 妻を守りたい思いと、夫を守りたい思いが重なり、二人のスキルが同時にアップしたのだ。

 我ながら、名脚本だと思う。


 その後、ニーナの補佐もありながらも、バルサは一人で、オークの群れを片付けてしまった。

 オークの数を見た時には、エドやチョーさんの助力を頼まなくてはいけないかと思ったが、バルサは本当に強かった。


 血の滴るエクスカリバーを肩に担ぎ、荒く息をしながらも、バルサは満足そうに言った。

「これからは、『聖剣の守護者ガーディアン オブ エクスカリバー』と名乗る事にする」

「なら私は『癒杖の守護者ガーディアン オブ カドゥケウス』ね」


 守護者――つまりは、保護者。

 バルサがニーナを、ニーナがバルサを、それぞれ守ると同時に、彼らの未だ会えていない子供を求めている強い気持ちが、伝わってくるような気がした。



 ……一段落した後。

 オークは貴重な食材でもある。

 みんなでオークを解体して、食べられそうな部位を集めている時。

 アニが俺に言ってきた。

「オレも早く強くなりてえんだ。何か考えてくれよ」


 アニがスキルアップするための物語、か……。

 バルサとニーナがうまくいったのを分析してみると、「大切な人をピンチから守るため」というのが、王道パターンな気がする。

 なら……。


「アニが一番大切な人って、誰だ?」


 するとアニが突然、俺をぶん殴ってきた。

「痛え!」

 尻もちをついて涙目で睨むと、アニは顔を真っ赤にして俺を見下ろした。

「て、てめえには、デリカシーというモンがねーのか!」


 ……アニの口から、デリカシーという言葉が出てくるのが意外すぎた。

 唖然と俺が見上げていると、アニはぷいとそっぽを向いて言った。


「ど、どうしても一人、決めなきゃいけないのなら、おめえにしてやる。……リーダーだからな、おめえが死ぬのが一番困る」

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