(6)ストランド村へようこそ

 ――翌朝。

 俺は後悔していた。


 興奮して眠れなかったのだ。

 その上、書いた「小説」が地味すぎて、本当にその通りになったのか、確認ができない。

 ……ニーナとバルサはよく眠れたようなので、俺のおかげだと、自分を慰めておく。


「村はあそこだ。もうすぐ見えてくるぞ」

 バルサがそう指し示すが、俺には何も見えない。草原の彼方に、ぼんやりと山が見えてきただけなのだが。

「あの山のふもとなの」

 ニーナの言葉に、俺は絶望した。


 それから二時間も歩いただろうか。

 ようやく村の形が見えてきた。


 丸太の塀が張り巡らされた向こうに、建物の屋根が見える。とはいえ、三角屋根は板葺きで、小屋と呼んだ方が相応しい気がする。

 そんな屋根が四つほど並んだ横に、鐘楼しょうろうみたいな背の高いやぐらが建っていた。

 そこに掲げられた大きな旗に、麦の穂のような絵が描いてある。


「あれはね、この世界を旅する人に、ここには物々交換できる物がありますよ、って示すものなの」

「うちの村には麦畑があるから麦にしている。麦は貴重だからな。果樹園があれば果物の絵だし、狩人が多く住んでいればオークの顔だったりする」


 他にも、「道具屋」だったり「衣服屋」だったり、その場所によって様々な特産品を掲げているらしい。

 この世界にはお金というものが存在しないから、それらを物々交換で旅人とやり取りをするそうだ。


「……と言っても、旅人が寄る事なんて、滅多にないけどね」

「宿屋もあるんスか?」

 何気なく聞いてみると、ニーナが言いにくそうに答えた。

「その人が盗賊でないっていう証拠なんかないから、旅人を村に入れる事はないわ」


 ――この世界では、武器が何より重要。

 武器の略奪を目的に侵入する賊が後を絶たないため、信頼の置ける仲間しか、村には入れない事になっているという。

 他人の武器を奪う行為がルール違反でない以上、万全な警戒をしなければならないのだ。


「でも、俺は……」

 昨日会ったばかりで、信用されているとは思えないのだが。

 すると二人は、ジャージのポケットからはみ出した原稿用紙に目を向けた。


 ……つまり、こんな約立たずの武器で、ニーナやバルサを倒せるワケがない、と。


「あの、昨日の夜、俺、これの使い方を研究したんスよ。もしかしたら、スッゲー武器かも……」

「はいはい。……みんな気さくな人たちばかりだから、ゆっくりしてくといいわ」


 村の前に到着すると、頑丈そうな丸太の門に、「ストランド村」という看板が打ち付けてあるのが見えた。


 門扉の前で、バルサが叫ぶ。

「コスモ! エド! オーク肉の土産を持って来たぞ!」


 少しして、扉の向こうから声がした。

「ニーナが帰ってきたああ!」

 ……その声が子供のように甲高く舌足らずで、俺は首を傾げた。二人の子供だろうか?


 間もなく扉が開く。

 すると、声の主が飛び出してきた。

「ニーナああっ! コスモ、寂しかったよおお!」

 と、ニーナのローブにしがみ付く。やはり子供だ。五歳くらいの女の子。


 ……そして、何より目を引くのが、その格好だ。

 ツインテールを縦巻きして、ミニ丈のドレスを着ている。フリフリのフリルから伸びる足には、膝丈のブーツ。そこにも大きなリボンが揺れる。


 ――その姿を、俺は知っていた。

 何年か前に流行った幼女向けアニメ、『魔法少女 キラキラ☆コスモ』の主人公、星野コスモのコスプレである。


 この原始的な村に、あまりにも似合わない。世界観とのアンバランスさなら、ジャージにジーパンの俺より数段上だ。


 彼女はニーナのローブを掴んで訴える。

「コスモ、ニーナがいない間、エドお姉ちゃんと寝たんだよ。エドお姉ちゃんがお歌を歌ってくれたけど、全然知らない歌だから、コスモ、つまんなかった」


「あーら、酷いじゃない。髪の毛を丁寧に洗って可愛くセットしてあげたのに。コスモだって喜んでたじゃないの」


 女言葉の低い声は、門柱にもたれ掛かる背の高い男のものだ。

 ……この人が、エド、なのだろうか……?


「エドが悲しんでるわよ」

 ニーナが苦笑すると、星野コスモは口を尖らせた。

「だって……」

 そう言う星野コスモの肩を、ニーナがギュッと抱く。

「ごめんね、遅くなっちゃって。今夜はニーナが、コスモの好きなお歌、歌ってあげるからね」


 ……やっぱり、二人の子供なのだろう。

 しかしそれなら、父親であるバルサが、手持ち無沙汰に横に突っ立っているのに違和感がある。


 すると、俺がジロジロ見ているのに気付いたのだろう。星野コスモが俺に目を向けた。


「誰、こいつ?」


 ……幼女に「こいつ」呼ばわりされる俺……。


 膝から力が抜ける。

 そういえば、昨日からめちゃくちゃ歩いた。それに、一晩眠っていない。

 俺は疲れ果てていた。

 そこに、幼女の冷たい視線がトドメを刺した。


「あの……俺……ちょっと……休みたい……」


 気力が途切れ、俺はフラフラと門を抜けた。そして一番手前の小屋に入ると、奥にあったベッドに突っ伏し……意識が途切れた。

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