第17話 ハチナイ 刺される

(お師匠が刺された! はっ、回復ポーション。)


 重なって倒れているハチナイと、ハチナイを刺した男。

石畳に血が血溜まりを広げていく。


「誰か!

ポーションを!」


 近くに居た冒険者パーティが、ポーションを持っていた。

うどんは刺した男を後ろから抱え込み、引き剥がした。


(そう云えば、今この男動いていない。)


そう思いながらも、ハチナイと刺した男を引き離す。


驚いたことに、刺した男が気絶していた。

(お師匠が気絶させたのか?

刺されながら?)


 横臥したまま、ハチナイは腹部付近に深々と刺さった剣を、気丈にも自分で引き抜いた。

通りがかりの冒険者から受け取ったポーションを、自分で傷口に掛ける。

なんという精神力。


やがて傷口が塞がり、ハチナイは

「はぁーー。」

と溜め息を付いた。


 うどんは気絶している犯人に短剣を密着させている。

いつでも刺せる様に。


 犯人は目を覚まさないまま、自衛団が駆け付けて来た。

気絶したままの犯人を、自衛団が屯所に運んで行く。


「うどん様、肩を貸して下され。

わしも屯所に向かいます。」


しかしかなり出血している。

ハチナイは1人で動けないのに、自衛団の屯所に行きたいと言う。


「駄目です。

治療が先です。」


「うどん様!」

ハチナイを取り囲んだ人々を押しのけて、フクロが駆け付けて来た。


「商人ギルドに運びましょう!」


うどんと、周りの何人かの手助けで、ハチナイを抱え上げる。


 フクロは、後ろに従っているギルドの受付嬢に、医師の先生を呼んで来るように命じた。


 ハチナイの顔が青ざめている。

目は開けているが、意識は朦朧としているようだ。

それはそうだろう出血が多い。


 商人ギルドの一室に運び込まれ、ベッドに寢かせる。

ギルドで販売している高位ポーションを飲ませると、少し楽になったのか、目を閉じて眠った。

 医師がやって来て、回復魔法を掛けながら、傷口を確認する。

剣傷は左側の腹部から背中に抜けていた。


「どうですか?」

うどんとフクロが医師の見立てを聞く。


「驚いた、内臓の損傷が少ない。」


ハチナイの顔色は青ざめているが、呼吸は安定している。


「これなら、回復は早いですよ。減った血の量が戻れば、大丈夫でしょう。

まぁ、2〜3日は寝て過した方がいいですが。」

医師の言葉にホッとする、うどんとフクロだった。



 うどんとフクロは廊下に出て、この後の事を話す。


「お師匠を領主様の館に連れて行くのは、難しいでしょうか。」


「えぇ、寝かせて運んでも、領主様の館は遠いと思います。

このギルドは夜は無人になりますし・・・。

宿に連れ帰るか、

我が家でも構いませんよ。」

とフクロが言う。


 うどんはハチナイがどんな宿に泊まっているか知らない。

ハチナイがうどんを警護する立場で、うどんは1人で出歩くのを止められていたからだ。必然、うどんとハチナイが分かれるのは、いつも領主館になる。


「フクロさんのお宅でお願い出来ますか?

すみませんが。」


「うどん様、こんな時は周りの者が助けるのは当然です。」


 カチリ、扉が開いた。

「もう大丈夫でしょう。」

医師が部屋から出て来て言う。


「内臓に傷はついてないので、食事は普通で良いでしょう。血が増える食事がいいですね。」


そう言って医師は帰って行った。

忙しいフクロも、ギルドの仕事に戻る。


 うどんは、眠るハチナイのベッド脇に座ると、さっきの出来事を思い出していた。


 犯人は、路地から飛び出してきた。

(親父の仇と言ってたな。)

(俺に向かって来たのかと思ったら、脇を抜けてハチナイを刺した。)


 うどんを守ろうとしたハチナイと、最初からハチナイを狙っていた犯人。

(そうだ、やっぱりお師匠は、俺を守る積もりで動いた、だけど、犯人の狙いはお師匠だった。だからお師匠が無防備になった。)


(あの犯人は何者なんだろう。

お師匠との関係は?)




 自衛団長のヤモがやって来た。

ハチナイの容態が落ち着いてるのを見て、二人は廊下に出た。


「良かった、なんとかご無事そうだ。」


「医師が仰るには、内臓に傷が付いていないらしくて、血の量が戻れば大丈夫だそうです。

出血が多かったので。」


「傷口の確認ですが、どんな感じですか?」

自衛団の調査に必要なのだろう。


 うどんは、左の腹部に人差し指で傷口の位置と形を示した。

「ここから、剣が背中に抜けていました。」


ヤモがメモする。

「犯人は、親父の仇と、叫んだそうですが。」


「はい、私にもそう聞こえました。」


 細々と事件の事を聞き取って、ヤモはメモを閉じた。


「犯人はフウト国出身のケヤキという、40歳の男です。自衛団屯舎の牢に入れてあります。」


「その、ケヤキは何かハチナイ様の事を言っていますか?」


「ケヤキが10歳の時に、父親を殺されたと言っています。」


「うどん様、ヤモどのが来ておられるか?」

ハチナイが目を覚ました様だ。

二人で、部屋に入る。


 ハチナイは、背中を壁で支えて座っている。

顔色は幾分良くなっている。


「犯人はやはりケヤキでしたか。」

ハチナイに廊下の声が聞こえたのか、二人にそう言った。


「あれは、ケヤキは、わしが若い頃パーティを組んでいた、ムクとウメ夫婦の子供じゃ。」

ハチナイが語り始める。


「まだまだ駆け出し冒険者だった頃、ムクとウメともう一人、4人でパーティを組んでおりました。」


「その、ムクとウメの息子がケヤキでござる。

ケヤキがわしを父の仇だと言うのなら、討たれてやってもよい。

まぁ、わしにも条件があるが。」

長く話すとハチナイの呼吸が浅くなる。

平素よりか細い声だ。


「お師匠、気分はどうです?」


「うどん様、申し訳ない。

我が身の不徳でございます。」

自分の状態の事は答えず、うどんに謝った。


「血が増えれば、大丈夫との医師どののお言葉でしたよ。

2〜3日はベッドで過ごせ、とも言われてましたが。」


「さようですか、女神様はまだわしをご所望ではないか。」


「ヤモどの、わしはこの通り、怪我はしたが、命は助かった。

ケヤキを召し放ちにしてくれまいか。」


 ヤモは即座に首を横に振った。

「街中の、人の往来の多い場所での刃物沙汰ですからな、ハチナイどのでも無茶な注文です。」


「ですな。」

そう言う返答だろと、予想していたようにハチナイは頷いた。


「どの様な刑になるのですか?」

うどんが聞く。


「まあ、スキルなりステータスなりを取り上げて、2〜3ヶ月の入牢でしょうな。」




 スワンの街の領民学校。

子供達の清らかな歌声が響く。

今日マイエは学校で、子供達と過ごしている。

子供達と花飾りを作ったり、紙の剣や兜を作ったり。紙で魔法の杖を作ったり。

キラキラした笑顔に囲まれて、1日を過した。



 私服の衛兵隊員が2名、商人ギルドにやってきた。


「ロフ様からハチナイどのへ、お見舞いです。」

と、花束を抱えている。


「ありがとうございます。

ロフ様には爺いは元気だったと伝えてくだされ。」


「そう言えば、此処はどちらのお屋敷でござろう。」


「商人ギルドの一室ですよ。」

うどんが答える。


「此処に居るとご迷惑ですな。

宿に移動しましょう。

お手伝いお願いできるかな?」

やってきた衛兵隊員に言う。


「宿が良いですか?

フクロさんの家にお連れしようと思っていたのですが。」


「定宿の女将は親切でしてな、こんな体で戻っても、色々気を付けてくれますで、心安い宿に戻りたいのです。」


「そうですか、では、宿に行きましょう。」


 衛兵隊員がハチナイをおんぶし、商人ギルから宿に移った。

商人ギルドでは、ハチナイはフクロに丁寧にお礼を述べて辞した。


 初めて訪れたハチナイの定宿の部屋を見て、

ハチナイらしい部屋だと、うどんは思った。

一ヶ月以上滞在しているのに、物が少なく、ちゃんと掃除されている。


「夜に一人で大丈夫ですか?」

ベッド脇の台にポーションを3本置きつつ、うどんが聞く。


「大丈夫ですよ。

食事もこの部屋に持ってきてくれますし、

夜は女将が見回ってくれます。」


 心配だったが、うどんは領主館以外には泊まれない。

護衛役のハチナイが怪我して動けないので、

うどんが領主館の外に出ている間、きっと影の護衛が編成される事になる。

吊り橋に警護が多く必要なこの時期に、迷惑は掛けられない。


 うどんは心引かれながら、私服の衛兵隊員と領主館に戻った。

明後日が、吊り橋の通行解禁日だ。

 この時点では、まさか自分が二日後に犯罪に加担するとは、思ってもいないうどんだった。







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