異世界転生した俺は聖女になつかれる~立ちふさがる奴らを会話しながらぶっ飛ばす~

冴木さとし@低浮上

第1章 始まる異世界生活

第1話 ガザセルという男

 世に言うブラック企業と言われる職場で俺は働いていた。世間でブラック企業だと言われようが35才を過ぎても、ずっと無職で引きこもっていた俺を雇ってくれた会社だ。


 職を選べる状況じゃないのはこの年で就職活動をして分かったことだ。書類審査すら通らない。社会に出るのが不可能だ。詰んだと思っていた俺を雇ってくれた会社だ。雇ってもらったのだから必死になって働いた。


 降り積った雪が作業の遅れを招いていた。その作業の遅れを取り戻せと現場監督に苛立いらだたしげに言われ、少しでも早く作業を進めようとしていた俺は足を滑らせ建物から落下した。そして意識を失った。



 次に俺が起き上がった瞬間、周りは見たことのない世界だった。慌てたけど身体は包帯でぐるぐる巻きにされて動けなかった。この部屋を見ても全く記憶にない。


 けれども、足を滑らせ落ちた記憶がある。そして目から見えるこの包帯だらけの小さな身体と小さな手のひら。そして窓から見える草原と山脈、馬車をみて俺は死んだのだろう、と思わずにはいられなかった。ラノベの異世界転生という言葉を思い出した。


 意識を取り戻した俺は、この男の子の身体の両親に抱きつかれ泣かれた。何を言ってるのか分からなかった。けれどもケガをしてたし、しゃべれなくても問題なかった。この異世界で今の感覚のまましゃべっていたら、両親が『この子は天才だ』と騒ぎ出してもおかしくない程、転生した俺は若く幼かったからだ。


 それから俺はまずこの世界の本を頼りに言葉を学んだ。少しずつしゃべりだす俺を見て、この世界の両親は笑って幸せそうだった。そして俺に本を読み聞かせてくれる。この世界の歴史はまさに剣と魔法の世界、ファンタジーだった。


 人生のやり直しができる。俺はそう考えることにした。


 会話ができるようになった俺は身体を真剣に鍛えだし、武闘家のサルタ師匠に武術を教えてもらいに行くようになった。そして日々、魔法の訓練をし身体の鍛錬や武術に明け暮れた。



 酒好きなサルタ師匠は


「最初はまんべんなく鍛えな。得意不得意なんて1年や2年やったくらいじゃ分からん。それくらいで分かるならワシはこの年まで武術一筋でやっとらん。魔族との戦いで死にたくなかったら、武術と魔法は最低10年はしがみつけ。ガザセル、お前は今5才だろ? ならキリがいいから20才まで武術と魔法の訓練は続けろ!」


 とよく言われたものだ。割とむちゃくちゃな話だった。剣術や槍術とか他にも流派としてあったから、そっちもやってみたかった。けれども、結局のところ俺はサルタ師匠の言う通り武術と魔法を集中的に訓練することにした。


 武器がなくても拳一つでのし上がるっていうのも面白いと思った。いつでもどこでも戦える。これが武術の一番の大きなメリットだ。自分を鍛えれば、それに身体は応えてくれる。武器はいきなり折れるし持ってないと意味がない。けれども、拳ならいつでもどこでも戦えるのだ。


 あとは師匠に言われた通り魔法もかじっている。こっちは武術ほどうまくいっている訳じゃない。どちらかというと苦手分野だった。


 だからこそだったんだけど、魔法を鍛えるよりも武術にのめり込んだ。拳の握り方、構え方からサルタ師匠の真似をした。そっくりそのまま真似ができるようにひたすら鍛えた。



 武器を持った門下生を含む10人を相手にしても、サルタ師匠は余裕で攻撃を回避し、そして拳ひとつでなぎ倒す。鍛えられた門下生を圧倒するサルタ師匠の強さは俺の憧れだった。師匠のようになりたい。そう思った俺が師匠の真似をする。俺にとっては当たり前といっていいお話だ。


 サルタ武術道場に入り訓練をひたすら続け、7回目くらいの冬を迎えたある日、俺は道場で1番、2番を争うほどに強くなっていた。


 でもお酒を飲んでよろよろ状態のサルタ師匠と戦って、やっといい勝負になるレベル。サルタ師匠の強さを目指す俺には、道場の1番だろうが2番だろうが興味はなかった。


 サルタ師匠を超える。それだけを目標にひたすらに俺は鍛え続けた。そんな俺をみてサルタ師匠はこう言った。


「ガザセル、武術に真面目なのはいいことだ。じゃがな、強さの果てに何を求める? お前は若い。だからこそワシはお前が心配じゃ。老い先短いワシは後進を育てることを選んだ。だがお前は強さを得たあと、何がしたいんじゃ? 人は目標がないと道を誤りやすい。これからは何を目指すのか? を真剣に考えなさい。そういうことも考えていい頃じゃろうて」 

 

 いつになく俺の目を見つめて丁寧にさとされた。こんな真剣に師匠から言われたことは今までなかった。俺は意味が分からなかった。俺の強さは師匠に及びもしない。なんで師匠はそんなことを急に言い出したんだろうと思った。


 強さの果てに何を求める? この問いに答えなんてでる訳がなかった。だが師匠を超える、これが俺の目標だった。それでいいと思ってた。


 樹木が赤く染まる頃、サルタ武術道場の門下生の中で1番の強さを手に入れた。それでも師匠に追い付けない。強さを手にしないと分からない強さがあるんだと初めて知った。

 

 それでも師匠に勝つんだと思っていた矢先、師匠は病に倒れた。お酒が原因だろうとのことだった。魔法でも治らなかった。


 サルタ師匠は病の中でこう言った。 


「ガザセル、ワシは正直、お前が強すぎて心配じゃ。お前が道を踏み外したとき、ワシはこの世にいないかもしれないんじゃからの。強さの果てに何を求めるか? お前のだす答えをいずれ見せてもらいたいのぉ」


 師匠は周りにいる門下生たちを見て、1人1人に話しかけ笑っていた。



 そんな心配をされながらも、俺はサルタ師匠の道場で武術を指導してもらっていた訳だ。そんなある日、肉屋のおやじが


「サルタ師匠、助けてくれ! とんでもない数のアンデッドの魔物が外壁の外で暴れてる!」


 と道場にやってきて叫んだ。肉屋のおやじが言うには


「『俺様はカオスリッチ様の配下、暴虐のザグナルだ。この街はカオスリッチ様の支配下とする。つまり皆殺しだ! 俺様のアンデッドの軍団に加えてやる。お前らはみんな死んで俺様に感謝しろ!』って言ってんだ!」


 慌てた肉屋のおやじは暴虐のザグナルが引き連れてきたアンデッドの軍団を怖れ、サルタ師匠に助けを求めに来たということらしい。


 けれど街の中は情報が乱れ飛び混乱していた。暴虐のザグナルの引き連れたアンデッドの軍団は街の外壁を壊すのも時間の問題と思われた。


 話を聞いて「分かった」とサルタ師匠は暴虐のザグナルのところに出て行った。


 俺たちサルタ道場の門下生も当然ついて行った。このライカル街の危機だったからだ。一方で街の長がフラタムル王国へ救援を求めたという話も聞いた。


 けれど、王都から助けがくるのは早くても3週間後だ。戦闘準備も含めればもっと時間がかかる。それまでに皆殺しにされアンデッドにされてしまう可能性の方が高い。


 暴虐のザグナルはサルタ師匠と俺たち門下生を見て


「それだけの人数で本当にいいのか? 悪いが俺様は手加減なんてしないぞ?」


 と話してきた。バカにしてるにも程がある。俺たち門下生はみんな殴りかかろうとした。けれどサルタ師匠は両腕を広げ俺たちを止めた。


「お主の目的はなんじゃ?」とサルタ師匠は暴虐のザグナルに問いかけた。

「お前ら全員の命と死体。アンデッドにして俺様の軍団に入れてやるのから喜べ。不老不死は、まさにお前らの人間どもの夢だと聞いたぜ。嬉しいだろ? 1回死んで俺様に従ってくれればいい。簡単な話だろう?」

 

 暴虐のザグナルは嘲笑あざわらう。


「お主の言うことに従っても従わなくても街の人々全員の命が希望か?」とサルタ師匠は話した。交渉の余地があるかどうか聞いていたのだと思う。

「他に何かあるのか? それ以外に欲しいものなんかないぜ!」

 

 その言葉を暴虐のザグナルが言った瞬間だった。アンデッドの軍団が砂煙をあげ進軍してきた。


 街の全員を殺しに来たアンデッドの軍団を止められそうにない。

「話し合いはできないんじゃな?」とサルタ師匠は問いかける。

「アンデッドと人間どもが和解なんて今までしたことがあったのか?」と暴虐のザグナルは不敵に嗤う。


 交渉決裂と判断したのだろう。サルタ師匠は暴虐のザグナルを倒すために一直線に疾走した。俺たち門下生もサルタ師匠に続いた。片手剣や盾を使って器用に防御と攻撃を繰り返すアンデッドや、大鎌を振り回すアンデッドもいた。サルタ師匠が暴虐のザグナルと戦えるように、門下生が雑魚のアンデッドと戦い道を作る。


 サルタ師匠の拳が届く位置にきて、暴虐のザグナルは禍々まがまがしい大鎌を取り出した。サルタ師匠も暴虐のザグナルもおかしな強さをしていた。両者の攻防一つとっても紙一重の危うさの上に成り立っていた。


 あの禍々しい大鎌の受け方を一つ間違えれば致命傷だ。援護に行っても足手まといになると思った俺は手が出せなかった。


 暴虐のザグナルがここまで強いとは俺も思っていなかった。互角だった。病にあるとはいえあのサルタ師匠とだ。


 じりじりとした緊張感の中での戦いだった。その均衡を打ち破ったのは、暴虐のザグナルの配下だった。アンデッドの軍団がサルタ師匠に斬りかかったのだ。


 それを見た俺たち門下生はサルタ師匠を守るため雑魚のアンデッドを攻撃した。


 だが近づいた俺たち門下生を見た暴虐のザグナルは、ニヤリと不吉な顔で嗤っている。そして近づいた門下生を狙ったのだ。


 それを見たサルタ師匠は、暴虐のザグナルの攻撃から門下生の1人を守るため、あの禍々しい大鎌を背中から身体に受けてしまった。


 暴虐のザグナルの禍々しい大鎌はサルタ師匠の身体を貫いていた。致命傷だと思った。けれども、サルタ師匠は自分を貫いた大鎌をものともしなかった。門下生を守るため、街のみんなを生かすため最期の力を振り絞ったようだ。


 倒したと油断した暴虐のザグナルの右手をサルタ師匠はつかんだ。サルタ師匠は身体から青白い炎を発生させ、暴虐のザグナルの頭をそして身体を叩きのめし粉砕した。そして微笑み


みな、力を合わせて生きよ」


 とサルタ師匠は言い残し膝から地面に崩れ落ちた……

 


 サルタ師匠と暴虐のザグナルの戦いがあったのは俺が12才の頃の話だ。それから今まで以上に鍛錬するようになった。


 あのときサルタ師匠が病気でなければ負けるはずがない。そうでなくても俺に暴虐のザグナルを倒せる実力があれば、サルタ師匠は死ななくて済んだと思った。


 せめてサルタ師匠と一緒に戦えるだけの力が俺にあれば、と思わずにはいられなかった。それができればサルタ師匠は死なずに済んだはずだ。力がなければこんなにも容易く死ぬ世界なんだと思った。


 暴虐のザグナルは『この街はカオスリッチ様の支配下とする』と言っていた、と肉屋のおやじに聞いた。カオスリッチがどこにいるか分からない。これから先の未来、カオスリッチに出会うチャンスがあるかどうかも分からない。


 だが師匠の仇は俺が討つ。親玉のカオスリッチは必ず倒す。そう誓い今まで以上に魔法と武術の訓練に明け暮れる日々を過ごす俺がいた。

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