第7話 魔法の届く範囲


 王も、大将軍フィリベールも、そして財務省パトリスさえも、魔法の存在は思考に染み付いている。

 相手の偵察が魔法に依るものと疑わなかった一方で、大岩を落とすという手段を採ったこと、その大岩を隠していないことから、単に魔法についての知識は低いものと考えていた。

 魔素を使いこなせるなら、大岩を落とす必要などない。王国間の戦争においてさえ禁忌ではあるが、地に太陽を出現させる術式すらあるのだ。それを使う方が、重い岩を運ぶより遥かに楽なはずだ。


 ただ、そもそもを考えるなら、どのようにして星々の間を渡ってきたのか?

 それが魔法に依るものであれば、超絶レベルの術である。この辺りの説明は、敵の魔素を扱う術のレベルだけではなかなかつけようがない。


 先ほど、モイーズ伯は「天の敵どもが、天眼の術でこちらを見ていて、騙されてくれるという見込みなくば」と言った。

 見られていること自体は間違いないので、気にも留めなかったのだが、モイーズ伯も玉座の間の面々と同じ過ちをしているのかも知れぬ。

 相手の魔術のレベルを考慮しておかねばならぬどころか、魔術と魔素そのものを理解していないことも考えに入れねばならないのではないか。自分たちにとって当たり前の魔術は、天の敵にとっても当たり前ではないかもしれぬ。


 これは、他心通を能くするレティシアだからこそ、気がつけた点かもしれない。

 人の心はみな違い、目から入る光、耳から入る音自体は同じでも、その認識は異なる。レティシアは術は使わねど、その才によりクオリアというものを感覚として知り尽くしているのだろう。


 王は、その認識の上で再び口を開いた。

「クロヴィス、その方に問う。

 天眼を持つ者は、同じく天眼を持つ者を遠くから見分けられるのか?」

「知人であれば……。

 まったく知らない相手であれば、気がつくことはできませぬ。

 ただ、天の敵のことを考えるに、自分自身は安全なる場所に置いて見ていることは必定、その距離感は掴めるかと思うゆえ、満遍なく視線を走らせたいと思いますが……」

 クロヴィスの返答は、歯切れが悪い。


 それに対し、師匠のアベルが補足した。

「我らが天眼の術で見えるのは、月の内側まででございます。

 これは、太陽より流れ出す魔素の影響のためにて、我らも知らぬなにかよほどの術を使わない限り、それより遠くははっきりとは見えませぬ。

 こちらに飛んでくる天の大岩ですら朧となり、どこに落ちてくるか明確にはわかり申さず。ましてや、人1人を捜すのは至難の業にて……」

「つまり、『敵』が、月より遠方から見ていたとしたら、わからぬと申すのだな?

 そして、それはほぼ不可能と」

「御意」

 王は再び顎の下に手をやりながら、瞑目した。


 材料が少なすぎて、ありとあらゆる可能性を考慮せねばならず、これでは敵についての考察ができぬ。ありすぎる可能性は、なにもわかっていないのと同じになってしまうのだ。


 そこで、大将軍フィリベールが口を開いた。

「迷いなされるな。

『敵』がこちらを見ているのは必定。それは動きませぬ。

 間者がニウアの偵察に入り込んでいたのであれば、探し出せば済むこと。

 天から見ていたとするならば、月の内側を天眼の術で隈なく見れば済むこと。

 月の外であれば、『敵』の手段は見つけられはしませぬが、この内のどの方法で見られていたとしても、見られている前提そのものは変わりませぬ。

 逆に、見られていることを逆手に取りましょうぞ」


「逆手に取るとは?」

 王の質問に、フィリベールは淡々と答える。

「2日後、セビエ王国のネイベンは天よりの大岩で蒸発してしまうのでしょう。

 ですが、セビエの王は、せめて人命だけは助けようと尽力するはず。

 ニウアのように人ごと蒸発した戦果と、ネイベンの人は避難した後の街の蒸発という戦果で、敵がその後の対応を変えてくるかどうかでござる。

 これだけでも、さまざまなことが推し量れ申す」

 どんな意味でも、敵の情報は値千金である。それを得る好機にしうるということは、この場の全員が理解した。


「敵がその後の対応を『どう』変えてくるかで、さらに得るものは多いな。

「御意」

「5日後のコリタスへの対応も、それによって変わってこよう。

 成り行きのそしりは免れぬが、仕方なかろうな。

 モイーズ伯、このあたり、セビエの王にもよく話しておいて欲しい」

「仕ります」

 モイーズ伯の返答は短いものの、どことなく安心感を抱いたことが察せられた。

 これだけの智慧が集まっているのであれば、天の敵にも対抗できるやもしれぬ。


「クロヴィス、もう一度確認する。

 月の内側であれば、天眼の術を持ってすれば、満遍なく視線を走らせること自体はできるのだったな?」

「御意」

「では……」

 と、王が話し始めるのを、アベルが遮った。


「お待ち下さい。

 容喙ようかいはお詫びいたしますが、広大な空を見るは、短時間では能わぬこと。

 クロヴィスはすぐにも旅立たねばならぬ身。

 それは、このアベルが行いましょう」

「それでよい」

 王は頷いて、アベルの申し出を了とした。


「アベルの探索結果についても、結果を手紙でそちたちに知らせる。

 セビエの王との交渉の一助とせよ」

「はっ」

「ではすぐに発て。

 その他の詳細も追って随時送る」

「御意のままに」

 ここで3名は、慌ただしく立ち上がった。


「モイーズ殿」

 その後姿に声をかけたのは、フォスティーヌである。

 次の瞬間、モイーズの身体は淡い光に包まれた。

「お疲れのようなので、治癒魔法ヒーリングを。

 幸運をお祈りいたします」

「ご厚意、感謝」

 目の下の隈が消えた顔で、モイーズは軽く頭を下げ感謝の意を表した。そして、慌ただしく駆け出して行った。玉座の間に入ったときの、重い足取りが嘘のようであった。


「それではアベル、早速敵の監視者を探せ。

 わかり次第、儀官に伝えよ。ただちに目通りを許す」

「御意」

 アベルもそう応えて、玉座の間を出ていった。


 残ったのは、儀官と各省の長のみである。

「表の手としては以上だ。

 これより、裏の手について話す。

 儀官、窓のとばりを閉め、扉に鍵を掛けよ。

 これよりのちは、くれぐれも他言無用」

 王の声は、先ほどまでとは打って変わって、低く響いた。

 大将軍フィリベールの目がそれを受けて、昏く光る。

 玉座の間に射していた陽の光が遮られ、玉座の間の面々の顔が闇に隈取りされたように見えた。



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あとがき

明日から、攻めてきた艦隊側のお話しです。

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