生き残りゲーム:森のサバイバル対決 8




「じゃあ、メイリーン。さきに行って! わたしの命を預けたよ」

「ご武運を」


 武運なんてもんはドロ川に沈めて、ぼこぼこにしてやりたい。


 メイリーンが森に消えるのを確認してから、わたしも音を立てないよう静かに距離をあける。矢の届くギリギリまで大蜘蛛から離れる。


 大蜘蛛がどの程度の速度で襲ってくるかわからない。

 貧民窟で生息していた蜘蛛に、こんな大型のものはいなかった。神の山だからだろうか。人の二倍はある大きさなんて、どんだけ食べてるのよ。

 育ちすぎだから!

 その上、体表面が極彩色でグロい。


 ふうっと息をついだ。

 以前、頬を切り裂こうとした時から、ずいぶんと時間が過ぎたけど、あっという間な気もする。当時と同じで、やっぱりわたしはバカだ。ため息しかでない。


 後悔しながら大蜘蛛までの位置を目測した。


 この辺りだろう。矢の届く、ぎりぎりまで戻り視界の良さそうな木に登った。

 小邪鬼と違い蜘蛛は木に登れる。だから、ここでも安全ではないのだが。


 メイリーンを探したが、視界の範囲にはいない。


「オッシ、オッシ、オッシ! 気合いを入れろ、シャオロン! できる、わたしなら、できる!」


 なんだか、昔、同じことを叫びながら愚かな行為をした。ま、いい。そんなことを考えている場合じゃない。

 勢いってのが、こういう場合、大事なんだ。


 背中に結んだ筒から、数本の矢を取った。矢を弓につがえ、弦を限界まで引き絞る。


 ムーチェンが囚われた白い網の向こう側で、大蜘蛛は作業を終えたのか、前足二本を上げて、何かしている。


 何をするつもりだろうか。

 あんたが、何をするつもりかわからないけど、わかるつもりもないけど。わたしのする事だけは大目に見てほしい。


 さあ、目だ。薄黄色の不気味な蜘蛛の目。そこに向かってキリキリと弓を引き絞る。


「ヤアアアアーー!」


 声を限りに叫び、三本の矢を放った。

 曲線を描き、大蜘蛛にむかって正確に矢が軌跡を描いていく。


『弓は生き物だと思え、おまえの第二手足として感覚で弾けるまで、練習しろよ』とヘンスは言っていた。


 どんなに練習しても、彼はヨシとしなかった。

 あの厳しい訓練が、今こそ役に立った。


 ギャシュっという音がして、片方の目に二本の弓が正確に当たり、一本は目の下に突き刺さった。

 ギュウウウウウ!


 怒っている。大蜘蛛が怒りに震え、矢が来た方向に身体を向ける。それ、わたしの方角だから。

 いや、こっち向くな!


 すぐ矢を連射した。


 次々に飛んでくる矢に、敵はすぐに反応した。

 すごい勢いで向かってくる。


「来た〜〜! 来るぞ!」


 大声で、成果を伝えて、木から駆け下りる。

 こっからの勝負は、もう逃げ足だけだ。


 走れ!

 走れ!

 走れ!


 背後から大蜘蛛が木を薙ぎ倒し、ドカンドカン、バキバキッと凄まじい音をさせ、一直線に向かってくる。図体がでかいわりに速い。


 八本足と二本足。どっちが速いんだ。そんな実験なんてしたくないってば。


 背後を振り返ると、どんどん距離を縮められている。さらに必死で走った。


 木の枝で肌を傷つけたが、かまっている場合じゃない。

 足もとを気をつけなければ、転ぶ。ヘンスの訓練は、こうした悪路をどう逃げるかってのもあった。

 最初から……。

 この儀式のために、わたしを育てたのか。ムーチェンやメイリーンも、そうだった。ヘンスも同じだったのか。


「ええい、クッソ、ヘンス!」


 頭に来る。

 背後を振り返った。大蜘蛛をさらに怒らせるしか、この勝負には勝てない。


 闇雲に狙いも定めず、弓矢を射た。

 何本か大蜘蛛を捉えたのだろう、怒りを助長させた。


 どのくらい走ったのか。朝、起きたあの崖っぷちから、大蜘蛛の巣まで、そんなに距離はなかったはずだ。

 走れば、あっという間と思ったが、案に反して遠い。


 ドッカンバリバリッという激しい音がすぐそこに聞こえる。真後ろまで来ているのだろう。


 見ちゃいけない。見たら、恐怖で走れなくなる。


 樹木の先に光が見える。もう少しだと思うと同時に、背中に鋭い痛みを感じた。

 前足が背中をかすり、服の生地をビリッと裂く。


 大蜘蛛は、真後ろだ!

 真後ろなら……、いける! わたしは足を緩めず、背後に短刀を投げた。


 グヘッという音がする。

 きっと刺さったのだろう。だが、確認する余裕はない。

 山道を出ると、すぐ崖っぷちにいるメイリーンが見えた。


 全力疾走で崖っぷちまで走る。


「メイリーン!」

「用意した!」


 メイリーンが用意した縄を掴むと、すぐ背後に迫る蜘蛛を引きつけ、そのまま崖から飛び降りた。

 

 頼む、追って来い!


 メイリーンが鞭を鳴らして、勢いがついた大蜘蛛の足を捉え、そのまま崖の向こうへと放り投げる。速度のついた大蜘蛛は抵抗できなかった。

 わたしは縄を片手に崖にぶらさがる。

 その前を、腹を見せた大蜘蛛が落ちていく。白く、柔らかそうな腹が見え、そして、底が見えない雲海の先に消えた。

 この場所は瑞泉ずいせん山の突出した外縁。

 位置的に考えれば、皇都からさらに下部、貧民窟の砂漠まで落ちていったはずだ。


「火だ、火をつけろ!」


 大蜘蛛が崖上に放った命綱の糸にメイリーンが火をつける。炎が糸を焼き、大蜘蛛を追って、はるか地底へとクネクネ落ちていく。


「生きてる?」


 頭上から声がした。


「ひ、引き上げて。わたし、高いところが、す、すっごく苦手」


 足が空中でぶらぶらするなんて、無理。貧民窟には高い場所がなかった。ずりずりと上に持ち上げられる間、必死に縄を掴んでいた。


「や、やり遂げましたね」


 安全地帯に戻って、はじめて、自分の無謀な計画に震えがきた。立ちあがろうとしても足がガクガクしている。


「二度としないから! しないから……」



(つづく)

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