第4話 奴は恵まれすぎている

「どこに行ってしまったんだ、シルベ」


 自分の居室に戻ると、窓の外を眺めながら呟く王子。

 独り言は勝手だが、両脇を掴んで私を宙ぶらりんにしながらは御遠慮願いたい。

 そして名を呼ぶな。あー、両腕がぴーんってなってまた釣りそう。


「まさか……帰ってしまったのか、妖精の国アルフヘイムへ」


 意味不明の言述に恐怖を禁じ得ない。

 災い深い世相であるが、結果的に婚約が破棄されたことは大慶たいけいである。


 ぴーんに抗おうと神経を集中するが骨格的に無理では? などと考えながら奴の独り言を聞いていると、どうやら、私のことを人世界ミズガルズに迷い込んだ妖精の国アルフヘイム人では、と疑っている様子。


「ヒトの言葉を理解しながら、話すのは難しいようだった」

 分かってんなら話しかけんな! 求婚すんな破棄するな、放っておいてくれよ……、ん?



 美しい。



 今の言葉は受け取っておく。


 言われたことないわけじゃないけど、思ってない気持ちも人は言うことができる。

 今のは嘘じゃなさそうだ。   


「シルベはまあまあ元気にしてるよ」


 私が鳴くと王子はいつも喜ぶのだ――

 


 森に煙が上っている、延焼してるなら止めないと!

 伸ばしたままの前足を横にずらして、窓の外に指――肉球を向けた。


「帰りたいのか? 今、森は混乱しているし、猛獣たちも殺気立ってる」


 私を探しているだろうか……。

 ニシャ・フォノカとかいう名の新参の術士だ。うろついている間に侍従たちが噂していた――キーレン王子の側近から取り立てられたらしい。


 次に見つけたら先に攻撃……は、今はできないから逃げよう。

 私の正体が露見した場合、逃げ切れるか? もやもやと思案する。


 魔法を使わずに全ての攻撃を無力化できないか……?

 ダメだ思い付かない! でも、ずっと引きこもって練習するのは正直きつい。

 安全なのは王子と陛下の居室ぐらいか……?


 陛下はご健在であったが、呪いの手紙を開封するうっかり屋さんだ。

 そもそも手紙は、呪いを看破できなかった術士が悪い。

 わざと見逃した、とか? そもそも手紙に呪いを仕組んだのが術士、とか……。 


 どうやら私の敵は、ニシャとかいう王宮術士で決まりのようだ。

 敵を定めると、感じていた不安は少し和らぐ気もした。

 

 陽を受けて艶々する奴の黒髪を見ていると、ふと、両耳の立った私の頭に天啓のごとき妙案が閃いた。

 

 ――女神様の加護を受けて頑健な肉体をもつ者がいる。


 鉄鎧アーマーなんか装備せず、地位に相応しくないチュニック姿でいつもうろついている。もし戦闘になっても奴には鎧は必要ないし、付けないほうが俊敏に動けるからだ。

 誰よりも疾く戦場を駆け抜け、時には騎士の従卒・盾持ちより前に出て、高らかに名乗るという活躍っぷりは、父――トレガロン公が話しているのを聞いたことがある。王軍らしからぬと批判するには奴の人気は高すぎる、らしい。ほぼ万人に好かれているような奴って他にはいない。攻撃を弾く肉体って素晴らしいね。


 ――王子を盾にすればいい。


 次の瞬間に私は二つ目の選択肢、つまり謎解きを続行することに決めた。

 ペンを持つ練習には、もううんざり嫌気がさしていたのだ。

 考えただけで手がっ……、というか王子が抱っこしすぎなんじゃい!


 両腕がぴーん、のままなので、長い身体を丸めながらの背筋力を乗せ、足で蹴り上げた。

 爪は立てなかったが、右足が当たった王子の顎は赤くなっている。おや?

 一定以上の攻撃じゃないと、女神の加護は発動しないのかもしれない。


 今のは痛かったの?


 朗らかに笑っているので、さっぱり分からない。


 咄嗟に背後に回れるように、ぴょんこぴょんこ、と左右に跳ねて逃げ隠れる訓練をはじめると、足下の私を眼で追って更に喜んでる。ともかく、でかくて頑丈なのはうってつけだよ。


 王子よ、物理的な盾となれ! いざという時に!

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