5. 勉強会と佐伯さん

 外は少し風が吹いていたが、7月相応の暑さだった。

蝉の声がどこからか聞こえてきて、少し歩くだけで汗が首筋を伝っていく。


 終業式から1週間がたった。

今日は部活も休みで佐伯さんに勉強を教えるために、彼女の家に向かっているところだ。

佐伯さんの家は私の家の最寄り駅から2つ先で、そこから歩いて15分くらい。

佐伯さんの家にいくのはもちろん初めてで、少し緊張している。

手が汗ばんでいるのはこの暑さのせいなのだろうか?


 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的地についた。

閑散とした住宅街にある佐伯さんの家は普通の一軒家って感じだ。

家の前で深呼吸して、インターフォンを押すとすぐに佐伯さんの声が聞こえてくる。そしてしばらくしてガチャリとドアが開く。

「西本さん、いらっしゃい。今日はありがとね。」

「うん。こちらこそ今日はよろしくね。」

私はそういって佐伯さんの家のなかに入る。


 玄関で靴を脱いでいると、

正面のリビングから佐伯さんのお母さんと思わしき人がでてきた。

「こんにちは。奏の母です。今日はあの子に勉強を教えてくれるみたいで、本当にありがとうね。奏が友達を連れてくるなんて珍しくて、、、、」

「お母さん。もうそれ以上いいから。西本さん、私の部屋いこ。」

そう言って少しだけ顔が赤い佐伯さんは私の手を引っ張って二階へと連れていく。

佐伯さんのお母さんは佐伯さんと似ていて優しそうな感じだった。

階段を上り佐伯さんに手を引かれるままついていき、

私は初めて彼女の部屋に入った。


 中はクーラーがひんやりときいていてとても心地よかった。

暑い中、駅から頑張って歩いてきてよかったなあとしみじみと感じる。

「ここすわってね。下から飲み物とお菓子持ってくるね。」

部屋の真ん中にあるローテーブルの横にクッションを置いてくれた佐伯さんは、そういって部屋を後にする。

私はそこに座りカバンから勉強道具を出しながら、

1人になった佐伯さんの部屋をぐるりとみわたす。

私の部屋とはすこし違って、かわいい動物のクッションやぬいぐるみがベッドにたくさんあり、棚には私があまり読まない小説がずらりとならんでいる。


 そうしていると、とことこと階段を上がる音が聞こえてきて、私はあわてて部屋をじろじろ見るのをやめる。

「外暑かったよね。私のためにわざわざありがとう。」

そう言って飲み物とお菓子をテーブルに置き、私の向かい側に座る。

「なんの教科から勉強しようか?」

「実は6月の英語の授業あまり出れていなくて。そこから教えてもらっていい?」

「わかった。」

そう言ってお互い教科書とノートを出して勉強を始めた。


  そこからは休むことなく私が英語の授業の内容を要約しながら説明して、佐伯さんがそれを聞きながらノートに書き込む。そして、1つの単元が終わったら問題集を解くの繰り返しだった。

時折まじめに取り組んでいる佐伯さんを見ると、

こちらに気づかないくらい真剣で、あまり保健室では見せない表情だなあって思ったり。

なんだか、佐伯さんと保健室以外で会っているなんて、不思議だなあって思う。

佐伯さんはデニムのズボンに白色のブラウスを着ていて、制服を着ていない彼女はとても新鮮だった。

(制服じゃない佐伯さんもかわいい。何着ても似合いそうだな。)

髪は学校にいる時とは違いポニーテールにまとめられていて、

いつもは見えない小さくてかわいい耳がひょっこりと顔を出している。

ふと時計をみると、英語の勉強を始めてから2時間近くが経っていた。

「佐伯さん。そろそろ休憩しよっか。」

「そうだね。うわ、もう2時間も経ってる。んー疲れた。」

そう言ってお互い背伸びをする。

それが同じタイミングでなんだかおかしくて、お互いに顔を見て笑った。


「そうだ、西本さんに見せたいものがあるんだ。ちょっと待ってて。」

休憩をして少し経ったとき佐伯さんはそう言い、部屋を飛び出す。

しばらくして戻ってきた佐伯さんの手に持っていたのは、お皿に乗った大きなアップルパイだった。

「わあおいしそう。これ佐伯さんが作ったの?」

「うん。お菓子作りが趣味で。よかったら食べて。」

私はフォークで佐伯さんの作ったアップルパイを一口、自分の口の中に入れる。

冷蔵庫に入っていたのだろう。

ひんやりとしていて、

りんごの甘い香りとシナモンのほのかなアクセントが鼻孔をくすぐる。

とてもおいしかった。

「これお店で食べるよりおいしい。佐伯さんこんなの作れるんだね。」

「うん。料理するの結構好きで。ケーキとかもたまに焼くんだ。」

そう佐伯さんは満面の笑みで言った。



それからはお互いに夏休みの課題をしながらいろんなことを話した。

私たちはたまに保健室で会うだけの関係でまだお互いのことを何も知らなかった。

「私最近クッキー焼くのにもはまっててね、、、」

「ほかに趣味は本を読むことかな、、、」

「昔からあまり体がよくなくて、小さいときは何回も病院を入院することもあってね、、、」

「だから運動もあまり得意じゃないし、勉強も遅れをとることもあったけれど、、、」

「でも西本さんが教えてくれたおかげで、今度のテストはいい点とれそう!」

「今年は体の状態もいいから、夏休みはいろんなところへ出かけたいな、、、」


こんなに自分のことを話す彼女を見るのは初めてだった。


いつの間にか佐伯さんは私の隣にいた。


肩と肩が触れそうな距離。


彼女はまだ楽しそうにこの夏行きたいところについて話している。


私とは違うシャンプーのにおいが佐伯さんからする。


いいにおい。


そんな佐伯さんを見て私は少しだけドキッとした。


私の視線に気づいたのか、佐伯さんがこちらを見る。


そして、にこっと笑みを浮かべて、また話に戻っていった。


私はこの時、今まで感じたことない想いを胸の奥に感じた。


そんな気がした。


口の中にはまだりんごとシナモンの甘酸っぱい香りが残っていた。




「またきてね。今度はケーキを焼いてごちそうするから。」

帰り際、佐伯さんは私にそう言った。

外の景色は夕暮れに染まっていて、どこかでカラスが鳴いていた。

玄関を出るとき佐伯さんのお母さんにも再び感謝されて、また彼女の家におじゃまさせていただく約束までした。

右手には佐伯さんが焼いてくれたアップルパイの残りが紙袋に入っている。

はりきってたくさん作りすぎちゃったみたい。

そんな佐伯さんもかわいいなって思う。


帰り道、佐伯さんの家に行く時とは違って、西日が私の顔を照らす。

夏休みはまだ始まったばかり。

今年の夏はいつもより暑くなりそうだ。


~続~



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