第3話 いたずら心



 数日後

 夕方下校時間。運動部系の掛け声が全方位からサウンドのように突き抜けてきた。僕も料理部だったが幽霊部員になった今、何かに情熱を注げるのは他人事な気がする。

 たまに部長が戻ってこいと社交辞令言うも、ただこんなやる気の欠片もない無気力男を復帰させては今年入ってくる後輩達へ申し訳が立たない。なので丁重にお断りしていた。


「それは驚いた。勘九郎を問い詰めるほどの女がいるんだな。それでなくても気味悪がられるからなお前は」

「僕も驚いたよ。壁ドンならぬゼロ距離からの壁ポヨン。弾力がポヨンだったポヨン」

「学園一の美少女にそれは羨ましいな」


 滅多に人のこない屋上手前の踊り場で、華もない野郎同士で不毛な会話を楽しむ密会をしていた。と言っても、女の子が期待するようなBL展開には移行していない。 確かに僕の顔は中性的だから元ヤリチンのダイワなら万が一はある、まあ、その時は抵抗せず全てを受け入れよう……なんてね。


「真相語ればよかったじゃん」

「さすがに僕でもそこまで空気を読めない男でもないよ。第一ホクトの立場はどうなる? あいつに矛先向かうぐらいならここは僕が悪者になるしかないじゃないか」


 確かにあれはないけど……。

 登校中でも授業中でも体育でもバイト中だってお構いなしに俺へ許しを請うのは行き過ぎだ。金色夜叉の貫一とお宮のようにすがりつくからズボンが落ちる。

 風呂中でさえクラスのグループチャットでごめんねの連続コンボ。クラス巻き込んで僕の身動き取れなくするのはどうなのよ。更に女子から嫌われて彼女は自分しかいないと追い込んでくる辺り策士。

 でも、それでも振ったことを撤回するつもりは毛頭ない。


「優しすぎるんだよ勘九郎は。俺としては北斗と元サヤに戻って欲しいんだけどな」

「ホクトに何があったかは知らないし聞きもしない。でも大事な家族だ。幸せであればそれでいい。ただそれは俺の役目じゃないと思う。もう拒絶されるのは怖いんだよ」  


 そう僕は怖いんだよ。一番信頼していた恋人の本音、あそこまで拒絶して動画を送り付けたのに、誤解もないし、許す許さないの問題でもない。もうこれ以上関わってはいけないと頭が拒否反応を出している。


「北斗に口止めされているから真意は言えないが、もう一度だけ許す選択はないのか?」

「ないよ。ホクトのことはダイワに任せたいんだ。君になら家の権利とか俺の保険の受取人、権利を全部譲ってもいい」

「おいおいやめてくれ。重い重い! 俺にそんな資格はないよ。形はどうあれファミリーの勘九郎に酷いことをしてしまったからな。それに俺にとっても妹にしか見えない」

 

 なら君は今まで近親相姦していたのか? と問いたいが終わったことなので口には出さない。


「昔が懐かしいよ。クロー、ヤマト、アルデ、ナナホシ、ミョージョー、カリン、セイウン、アクエリアス、オリオン、ギンコ、絶対の信頼関係で結ばれたファミリー。 連絡取らないのも何人かいるけど」

「アルデバランとオリオンとアクエリアスは音信不通。リーダーの俺でも居場所は知らずじまい」


 昔は暗くなるまでともに遊んだ仲間達。性別なんかなかった、その頃は関係なかった、ただただ固い絆で結ばれていたんだ。

 皆の為たったら僕は死ぬことさえ厭わないだろう。たとえ騙されたって裏切られたってその気持ちは変わらない。


「で、今は勘九郎が奇襲攻撃かけられてヘロヘロになったその加藤さんが気になっている。主に胸が」

「ダイワは気の強い女好きだからな」 

「大好物だよ」


 ダイワの場合ヒノワがそのトリガーだったからな。ちなみにホクトより大きかったな。グラビアアイドルかよと思ってしまうほど。


「でも俺も当分いいとおもっているよ恋は。そろそろ部活再開したいしさ」

「そうか」

「でも、もし俺がまた恋をしたとしたらお前は応援してくれるか?」

「当たり前でしょ」

「俺はお前を裏切って北斗に手を出したんだ、それでもか?」

「それでもだよ。僕の優先事項は昔も今も幼馴染の幸せ。ただそれだけだよ。ダイワもホクトも」

「そうか……すまん。ありがとう勘九郎」


 ダイワが頭を下げる横であの頃に思いを馳せる。学校の銅像に落書き、ピンポンダッシュ、寝ている大型犬の前で爆竹、幼馴染み皆でイタズラ一杯した。俺達の絆はとても深い。腐れ縁でも切れない。

 と思っていると、ふと眠っていたイタズラ心に火が着く。


「でもちょっと燃えてきたな」

「なにが?」

「そんなに僕のことが嫌いならとことん嫌いになって貰おうじゃないか。ヒールとして加藤さんのワーストワンになるのも面白い。そうしたら僕も心が楽になれるだろう」 

「そんなことができるのか優しいお前に?」

「女の子の場合、嫌いなものはどこまで行っても嫌いだからプラスになることはない。なら簡単なこと」


 それに今の学園生活、ファミリー以外しがらみがあるわけじゃないから、楽しんでみるのは一興かな。何、迷惑かけるほど酷いことしたいわけじゃない。ただ、日直の当番を俺が代わったり、雨の日さり気なく折りたたみ傘置いておいたり、体調悪かったら先生に当てられないように身代わりになったり、勉強分からなかったらノート置いとく程度。


「ならいい方法がある」

「いい方法? 詳しく聞こうか相棒」

「俺が昔よく使ってたやり方なんだが、嫌われて会いたくないと言っている相手に無理矢理毎日会うんだよ。そうすると嫌いな気持ちがどんどん膨れ上がってくるから。女関係をリセットしたいときによくやっていた。逆効果もあったがな……」

「なるほど」  


 ダイワが言うと説得力しかない。


「何しても気をつけろ。 女ってやつは可愛い顔して怖いからな。獰猛な肉食獣だからな。勘九郎みたいなウサギさん一発で歯牙にかけられてしまうぞ」 

「忠告ありがとう。でも大丈夫だよ。些細なイタズラするだけさ」

 

 そう、僕だってたまには鬱憤を晴らしたい時もある。

 ————などと軽く絵空事考えていた時期もありました。僕としては大したことをやったつもりじゃなかったんだが、それがあんな結果になるとは予想だにしなかった。


「大和と勘九郎、お前らまた悪巧みしてるだろ?」

「げっ! 陽輪」


 密談をしている場所を知っているもう一人の悪友がやって来た。腰に手を当て、イケメン女子の所以眼力の強い細い目を釣り上げる。


「お疲れ様、よくここの場所がわかったねヒノワ」

「おっす! あんたらの付き合いが長いからね。勘でわかるのさ」


 ニカッと少年のように笑うヒノワ。相変わらずヒマワリのように快活だ。


「糟屋陽輪様たるものが盗み聞きかよ?」

「うっせ、ヤリチン。こんなところで話すのが悪い。後、大和のアドバイスはいまいちだ。それだけじゃ本気で女の子には嫌われないよ。気持ち悪い言葉をかけるのが一強かな。例えば好きだよとかね」

「好感度上がらん?」 

「それはてめえだからだ色ボケイケメン。普通の女の子は好きなタイプや興味がある奴から好意ある言葉を言われたらときめくが、逆に知らない奴や関わり合いになりたくない奴に愛の言葉を囁かれたらどうなる?」

「うわ、普通に怖いねそれ……」

「たまにお前のことを女だと誤解してしまうほど陰湿だわ」

「私は女だボケナス大和!」


 メンヘラ系も経験したことがあるから言える言葉だなダイワのそれ。愛が深い程ど思い込みも激しいか。

 

「だろ。まー北斗や私には効果ないと思うけどね」

「そうだ、ダイワに用事だったんでしょ? 僕外そうか?」

「止めてくれ。俺たちの関係はもう終わっている」

「そういうこと。ただの親友に戻ってるよ。だから気遣いはなしで頼むよカンタ。大体、付き合ってたわけじゃない。いつでも離れられる肉体だけの関係だから。だから私もカンタがフリーだからチャンスがあるんだよ」

「勘弁してくれ。 もう彼女は作りたくないよ」

「だよね。北斗以外は眼中になかったもんねカンタは」

「その名前は今出さないでくれ。まだ完全な思いでに変えられるほど人間出来てない。トラウマがまた出てくるから」

「悪い悪い」 


 気を使わせて悪いと思っているけね。今だけはわがまま言わせてよ。


「それに私は今は王子様一筋だからな」

「ああ、例の謎の朗読劇の王子様か?」

「そう、あああ、お昼のソロ朗読劇がもう圧巻で。素敵すぎる……じゅる!」


 何でもお昼の放送で王子様ボイスの部員がいるらしい。朗読劇が凄まじかったようだ。


「そういえば結局何か用なのか?」

「大したことないんだけどカンタのこと銀河ちゃんが呼んでいる。職員室に行った方がいいよ」

「銀河先生か。サンキュー。 愛しているよヒノワ」

「私も愛しているよカンタ」


 ふむファミリーに言っても好感度マックスだから意味はないか。

 遠ざかる場所から陽輪顔が真っ赤かだぞ? は? 夕陽のせいだろタコがと、いつもの罵り合いが木霊した。

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