第21話 赤髪の女子


「…………ん?」


 目を開けると眩しい日差しが入ってくる。


「体が軽い……?」


 身体中が自分の体でないような感覚がいきなり現れ、気がつくと床に倒れていたのではなかったのか?


 腐死病にかかると、我ら龍人族はひとたまりもない。


 抗うことも、どうすることも出来ずに、ただ死を待つのみ。


 長寿である龍人族の数が減るのは、毎回この病気が流行った時。

 なんの前触れもなく突然流行る原因不明の病。


 それが腐死病フシビョウ


 我は……腐死病それになったのではなかったのか? 呼吸をするのも困難になり、体が腐り落ちていく感覚を覚えておる。だが今は、そんな感覚などない。


 何気なく頬を触ると……壊死した鱗がはりついていた皮膚が、ボロボロと崩れていくのが分かる。


「なっ?」


 慌てて横になっていた上半身を起こし、再び頬に触れると……どす黒く変色した鱗の塊がポロリと落ちてきた。


「……我の体になにが起こって?」


 姿を確認しようと寝台から降りようとした時。

 足元の方で、微かに動く真っ赤な何かが目に入る。


「なんだ? あれは……髪の毛か?」


 なぜ見ず知らずの髪の赤い女子おなごが、我の寝室におるのだ?

 かなり気になるが、まずは自分の姿の確認だ。


 すやすやと、気持ちよさそうに寝ている女子を起こさないように、寝台からそっと降りた。

 姿見があるところまで歩いて行き、自分の姿を確認すると。


「なっ……」


 崩れおちた皮膚の後から、綺麗な桃色の皮膚が再生されていた。

 手や足など、まだ身体中の至る所に腐った鱗はある。

 固まって取れたのは顔の部分だけのようだな。


 我の体に起こった腐りの進行は、食い止められたようだ。

 だがやはり……この姿は紛れもない。……腐死病の姿。


 我に一体なにが起こったというのだ?

 腐死病の特徴である、腐乱の進行は食い止められないのが常。

 なのに進行が止まった。


 これにはもしや、あの赤い髪の女子が関係しておるのであろうか?


 チラリと女子を見ると、気持ちよさそうに眠っておる。


 寝台の横に椅子を置き、そのまま倒れるように眠ったか、布団に頭をうつ伏せるようにして眠っておるので顔はわからぬ。


 起こすのも可哀想だしのう……。


「ふむ」


 我は女子の横に椅子を置き、同じように椅子から寝台にもたれ掛かるようにして寝そべり、女子をじっと観察することにした。


 本当に見事な赤じゃ。こんな綺麗な赤い髪をした女子は見たことがない。

 きっと龍宮殿に集められた女子の誰かなのだろうが。

 初対面だというのに不思議とこの女子は、側におっても嫌悪感を抱かぬ。


 いきなり寝室に見ず知らずの女子が現れたら、警戒するものだが……我ら龍人族は感覚で分かるからのう。

 此奴こやつは我に敵意などないと。


 美しい髪をマジマジと見ていたら、頭がモゾっと動き顔が我の方を向いた。


「なんと……」


 陶器のように透き通った白い肌。龍人の女子も肌が白い女子は多いが……この女子の肌は特別に美しい。


「んん……」


 女子の口が動く。次の瞬間パチっと目が開き我の姿を凝視する。

 

 少しの沈黙の後。


 勢いよく頭を上げたかと思ったら、そのまま我に近づき頬に触れる。


「なっ?」

「ああああああっ! 良かったぁ! 腐りが治ってきている」

「へっ?」

「飛龍様! 良かった。もうこれで安心ですよ」


 赤髪の女子が、瞳に涙を溜めて満面の笑みで笑う。


 その顔は我のよく知った顔で……。


「……お主は……翠蘭か?」

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