第19話

 工場長室を出たら後は真っ直ぐ廊下を進み階段を降りるだけ。ダイスケと女の回収は後から来るであろう警察に任せることにする。



 ――そのはずだったが、八つ目の扉を過ぎたところで急に後ろに引っ張られる。


 いや、俺が引っ張られたのではない。背負ったミユキを後ろから引きずり落としたのだ。扉の裏に隠れていたミナミが。


「おっと、動かないで頂戴。この子の生殺与奪はウチが持っているのよ」


 ミユキの首元にナイフを当てながらミナミが警告する。油断した。


「止めろ。これ以上罪を重ねるな」


「煩いわね。もういいの。この子がいる限りカズヒトはウチのものにならない。なら、殺ってやるわ。この子かもしくはカズヒト、あなたを」


 ミナミがミユキの首筋に当てたナイフをすべらせると、つーっと僅かながら赤いものが流れ出る。


「ふわぁ……痛いの。止めれ、お」


 ミユキはまだ混濁から戻ってこれていないので抵抗ができないようだ。


「わかった。ならば俺を殺れ。ミユキは関係ない、離してやってくれ」


「ふんっ、じゃあ先ずその懐中電灯をこっちによこしなさい。床において後ろに下がって」


 ゴンっと床に懐中電灯を置き、後ろ向きに下がる。


「うわぁ、これは重いわね。こんなので殴られたら一溜まりもないわね」


 ミナミは手に取った懐中電灯を開いたままだった工場長室の扉の向こうに投げ捨てる。あれでもうは簡単に取ってこられなくなった。


 懐中電灯の明かりがなくなり、窓から差す月明かりだけが唯一の照明になった薄暗い工場の廊下。


「次は何だ? 早くミユキを離せ」


「うっさいわね。ミユキ、ミユキって。こんな女の何がいいのよ? ウチの方が可愛いし、おっぱいだってバインバインだし、あそこの締りもいいんだけど⁉」


「いいから離せ」


「もうせっかちね。じゃ、五体投地して動かないで頂戴。ゆっくり動くのよ」


 胸の方に回してあったボディバッグを外して横に落とし、俺はゆっくりと膝をついていき、やがて五体投地の形になる。


「あはは! いい気味! ウチのことを蔑ろにしたバツよっ!」


 暗い廃工場の廊下にミナミの高笑いが響く。


「もういいだろう? ミユキを開放しろよ」


「まだよ。カズヒトの息の根を止めるまでは離せないわ」


 ミユキよりも大柄なミナミは足元のおぼつかないミユキを引きずりながら俺に近づいてくる。

 用心深いことにナイフはミユキの首元から一切離していない。ちょっとでもなにかあったら、ミユキの首は斬られる。


 チャンスは一度きり。


 失敗すれば俺が刺されるか、ミユキが斬られるかのどっちかになる公算が大きい。それくらい今の状況は危うい。



 近づいてきたミナミはそのまま俺の背に馬乗りになった。




※※※

アメリカンポリスな懐中電灯も捨てられてしまったのにどうするカズヒト!?

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