第9話 新宿区大久保1ー〇ー〇〇 ②

 昔、スターになりたかった。テレビの向こうにいる有名人はみんながキラキラして見えたんだ。だが、歳をとって、そしてまだ若いのに頑固になったのか、無理になった。特にバラエティが無理になった。


 画面の向こうの有名人がみんな嘘っぱちに見えるのだ。いや、有名人だけじゃない。インタビューに答えるような一般人も…というより、現実という体を扱うテレビが無理になった。まぁ、殆ど見ないんだけど…。


 なんていうか、悲しいことがあったら悲しまなきゃいけなくて、面白いことがあったら笑わなくちゃいけなくて。その…感情の表象の仕方をまるで強制されてるみたいで無理になった。こういう話題の時は泣きなさい。こういう話題の時は難しそうな顔をしなさいって。


 そして、こういうときはこういう意見を言いなさいって。これが社会が求める人間だと。だから本当に嫌いになった。


 …今は、ネットもそうなってきた。…だから、遅かれ早かれ俺の居場所は無くなっていたんだろう。行動を起こす起こさないに関わらず。


 カラオケルーム19番室の扉を開ける。そこには1人の、俺と同じくらいの若い女が座って歌っていた。知ってる。友達はさっきトイレに行った。


 女の視線がこちらを一瞬でとらえると、歌うのをやめ、その姿勢のまま硬直した。


 包丁を向ける。


 「動くな、動けば殺す」


 一人暮らしでずっと大切に使ってきた包丁だ。思い出深い。本当に大切な包丁。


 俺は、今のネットじゃなくて…昔のあの混とんとしてた頃が好きだった。人を平気で中傷して、そのたびにインターネットモラルのリンクが貼られたり、ニコ生で乞食したり、本当にモラルのモの字も無い。あのバカみたいな空間。人が死のうがなんだろうが、絶対に自由な空間だった。


 女は黒くて長い髪に目立つ金のメッシュをした今時の…本当にかわいらしいいでたちだ。初めて喋るのがこんなんで本当に残念だ。だが、きっとこんなんじゃなきゃそもそも話せなかっただろう。


 デンモクが上に置かれた机を脚で蹴って勢いよく扉に押し当て、その上に座り、左手に持った結束バンドを前に持ってくる。


 「こっちに来て手を差し出せ、指を結ぶ、そのあと、靴と靴下を脱いではだしになれ、従わなければ殺す、従えば危害は加えない」


 女の子が硬直している。状況が呑み込めず混乱してるんだろう。そんな様子もかわいらしい。きっともう二度と会うことは無いだろう。


 「聞こえねぇか?さっさとこっちに来いってんだよ!!それとも、今暴れながら死ぬか!?」


 強めに怒鳴りつける。心が痛む。


 クリスマスイヴの日から大体今日で2か月あまりが経過した。俺は、なるべくこの孤独感、そして危機感、怒り、これを世間に伝えようと奮闘していた。


 無許可で演説をやって迷惑行為として捕まった。ネットで意見を広めようとツイッターでつぶやいたが誰も見なかった。親にも連絡しようとしたが、今行方が分からなくなっていた。


 その間、ずっと他の大学生たちを見てきた。カップルたちを見てきた。特にクリスマスの前後は本当にきつかった。俺は世間から必要ともされてなく、そして存在も認知されてないことがまじまじと実感できたからだ。


 …幸せなやつに優先して義務を負わせればいい。俺じゃなくて、あそこの幸せそうなやつらに。


 俺は、不幸だ。不幸自慢をしてランキング形式にするなら別に上位には入りこまないだろう。客観的に見て俺以上に不幸な人間なんてごまんといる。だが、それでも不幸で何も得られなかった。それなのに、社会はそんな存在を無視して、そしてなんの言葉も無くまっすぐ前に進もうとしてる。いや、正確に言えば無視はしてない。ただ、責務だけ負わせて良いように使いつぶそうとしている。俺という存在自体には決して目を向けようとしない。そんなの絶対に許せない。


 だから、世間に伝える。俺の存在を決して無視させない。見捨てさせない。良いように使いつぶさせない。


 俺は多くを取られた。社会から。だが、俺の努力次第でそれを取り戻すことはついぞできない。なぜなら、時はさかのぼらないからだ。そして、俺みたいな男が何しようと構うことは無い。男が悲しもうが、泣こうが、世間はどうでも良いからだ。


 世間では、これから、なんだかんだあの時は楽しかった、わたしたちは大変だったけどそんな中でも青春を楽しんだ、そういう流行りが生まれる。なぜなら、そうじゃない、ただただ苦しいだけの話なんて誰も求めてないからだ。そんな若者いらないからだ。


 「若者」は個人じゃない。明るくて、バカで、元気で、見下せないといけない。テレビに出る若者を見ろ。バラエティに出る若者を見ろ。あれが「若者」なんだ。


 …だから、俺は無視される。


 結局、試みは失敗した。俺の存在なんて誰も認知しないんだ。だが、それで俺は終わっていい筈が無い。何も与えなかっただけの社会に、良いように使われるのが本当に気に食わない。


 将来なんてどうでも良い。どうせ、こんなんなった俺にまともな将来なんてこない。もし、まともな将来が欲しいなら、その社会に服従して、バカみたいに「若者」を演じなきゃいけない。能も無い俺には何もない。本当はこの時期にそういうのを適当に見つけておくべきだったんだ。


 ここで、俺に残された選択肢は2つだ。自分で自分の人生にけじめをつける、もしくはもっと強引な手段をとる。


 こうなって、初めて統合失調症の気分が分かった気がする。全てが憎い。俺に持ってない全てを、貰う機会さえもらえなかった全てを簡単に手に入れて、そして簡単にそれらを捨てて、捨てられたものさえも手に入らないこの世界が本当に憎い。


 あがき方すらもままならないこの世界が本当に憎い。


 あがくことすらやめろと言われ、ただただ時間を食いつぶしたこの世界が憎くて憎くてたまらない。そのくせ、俺のことを見ようともしない。


 だから、俺は今日。人の命を盾にする。


 俺という存在に目を向けさせる。見ようともしない奴らに無理やり知らしめてやる。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る