6.講堂

 柱頭が彫刻で埋め尽くされた大理石の柱に囲まれた大広間。

 要所要所には金の浮彫りで装飾が施され、燭台が幾重にも重なっている。

 壁にはこの都市の勃興から海賊や外敵との戦い等の歴史を表した大きなタペストリーが掛けられ、天井は金の縁で装飾されたフレスコ画で埋められた空間。

 ウェニーキア議会堂。


 その講堂は正面入り口から最奥の壁には両翼を拡げ、前足で元帥杖を抑えたマンティコアが染め抜かれたウェニーキアの旗が、その下には一回り小さい『組合』と『商会』、『騎士団』の旗がそれぞれ掛けられている。


 「組合」の旗には青地に組み合わされたディバイダーと分度器、金槌。

 「商会」の旗には赤地に横を向いた髑髏に天秤と砂時計。

 「騎士団」の旗には黒地に薔薇を咥えた髑髏と大検。

 それぞれが各々の出自やモットーを具えている。


 その下は他の床より一段高くなっており、その壇上に置かれた樫の長卓には「議長」と、その後ろに数人の「記録係」が座している。

 そこから等間隔になるよう、1人掛けの重厚な椅子が200脚ほど扇状に並べられ、その扇の中央には通路として絨毯が通してある。

 更にその二分された扇状の座席の列から正面入り口側に、上と同様の椅子が30脚程、こちらは通路を塞ぐ様に矩形に配置されて並ぶ。

 そして、多少の空席はあるが、それぞれの椅子には男達が腰掛け議論していた。

 一部の従者や奴隷、「記録係」を除き、皆腰に細身の剣を履いている。

 ただし、入り口近くに陣取る一団の武装はより重厚であった。



「賢者が出たとの事だが、警備隊は一体何をしていたのかね?」

 入り口から見て右側の座席を占める一団の最前列にいる男から声が上がる。

 絹織りのローブを宝石があしらわれたピンで留めた、髭を蓄えた初老の男がゆるいながらも強い発声で訊ねる。


「申し上げます。商会長殿」

 入り口手前の一団より声が上がる。

 門番と同様の紋章を刺繍された外套を肩に掛けた栗毛の男が応える。

「『カラス』によりますと、街道脇の貧民窟の住人に某かを届けただけで、現在の処被疑者が『賢者』、或は『賢者』の関係者であるとの証拠はなく、また当該被疑者は組合員との事で、『騎士団』並びに『警備隊』は日常警備の管轄の埒外との事です」

 ただ上げられた報告だけを告げる。


「なるほど」

 上の報告を聞き、商会長と呼ばれた初老の男は一息つく。

「しかし、『不思議な力』を使った、とも聞いたが?」

 と質問を重ねる。


「申し上げます。商会長殿」

 先程と同じ男が応える。

「『カラス』によりますと、こちらも薬と音楽を用いた所、激しく呻いていた報告者の妻が平静を取り戻した、と言うだけで、通常の医療行為の成果か『賢者』の能力に依るものかは判断不能、との事です。また、『文字』、『書物』を用いた、との報告はございません」


「なるほど」

 訊ねた灰色の髭の男は警備隊長から視線を離し、通路の反対側の一団に目を移す。

「単なる組合員同士のもめ事ならいいですな。組合長殿?」


「何が言いたいのかね、商会長殿?」

 視線を向けられた先にいた一団の長、丁寧に織られた柔らかな毛織物のローブの上にディバイダーの紋章が織り込まれた絹織物を重ねた、肩幅の広い二重あごの黒髪の組合長は、右肩をやや前に出すと商会長に質問を返した。


「『そのまま』、ですよ。『そのまま』」

 商会長はつり上がった目を更に歪ませると、そのまま言葉を続ける。

「こちらは間もなく東方との大きな商談を纏めようと云うのです。教区を退かせ、自由自治を敷いているとは云え、現在の我々は、名目上でも、帝国の配下にある事は変わりないのですよ?そんな時に内部に不穏な動きがあっては、東方との取引も含め、帝国が何と云うか」

 商会長は首を大きく横に振る。


「ええ、そんな事は分っておりますよ、商会長殿」

 岩の様な目をした組合長は直ぐさま返す。

「しかし、外交や外とのやり取りはそちらの領分でしょう?それに、『教皇派』との関係も否定した、とも聞いているので、単なるもめ事ならこちらで処理しますから、そちらは外に集中されてはいかがですかな?」

「ええ、『外』は我々の領分ですよ?ですから、『内』を担当しているそちらが、何故『賢者』や『教皇派』と関係しているかも知れないと噂される者の発生、と云う内部の問題を抑えられなかったのか……」

 だが、そこにさらに商会長が言葉を重ねてくる。

「また、その問題にどう対処するのか、それを伺いたい、とそれだけですよ?」

 そう言い終わるお、目をつぶり、大きく息を吐く。

 その顔にはどこか嘲るような色が乗っていた。


「発生については先程警備隊より報告のあった通りです。対処も、先ずは『カラス』を通じて監視を強め、同時に『組合』内部にて聞き取り調査もする」

 組合長は忌々しげにそらを早口で述べる。

「今できるのはそれだけですよ」


「制御不能の貧民窟をあれだけ大きくしておいて、よくそんな楽観視ができますな」

「あれは重要な労働力としてあそこに置いているだけだ!そちらだって荷揚げや漕ぎ手として便利に使っているでしょう!」

 組合長は立ち上がり、商会長の言葉に強く言い返す。

「寧ろ、あの区域の労働力は『商会』の方が『奴隷よりも安い』との理由で頻繁に使っているはずだ。『賢者』や『教皇派』の件も含め、他に何か対処方があるなら言ってもらいたい。そもそも、東方との取引はそちらが勝手に始めた事。それで『帝国』の目が怖い等と今更……」

「怖いのではなく、交渉の邪魔になる、と言っているのだ」

 組合長の言葉を商会長が遮る。

「だいたい、件の医師は『商会』からも異国の薬草等を仕入れている、とも聞く。それなら、何を買い、どう行動しているのかはそちらの方が判りやすいはずですよ?」

 この言葉に商会長も立ち上がる。


「我々はただ注文された物を買い付け、卸しているに過ぎない!そちらの様に秘密主義に凝り固まった考え方が、今回の問題の発見を遅らせたのではないかね?」

「秘密主義も何も、それぞれ秘伝の製法があるからこそ、それぞれの強みが維持されるのだ!」

「隠されて失われた製法もあるのにか!寧ろ多いに知らせよ。さすれば我々が香辛料のように材料を買い付け、ガラス細工のように世界中に売ってみせるぞ!」

 2人の長はしだいにその根本部分での差異を露にし始めた。


「両名とも冷静に」

 入り口から最も奥に有る一段高い席より木槌の音をたてつつ黒いローブの上に紫の絹織物を羽織った白髪の男が声高に二人を制する。

「「しかし評議長!」」

 その声は2人の長から同時に発せられた。


「静粛に!」


 再度木槌の音。


「決闘をしたいなら、外の広場ですればよろしいのですぞ。もっとも、決闘自体が罪に問われますがな」

 場内は左右に別れた緊張感を高めつつあった。


「ふん。もし本当に『賢者』相手なら、常備兵でもない警備隊が抑えられるものか」

 その様子を見ながら、黒に青い横糸を織り込んだベロアの外套を肩に掛けた男が呟く。


「何か意見でも有るのかね、騎士団長殿?」

 評議長は騎士団長を正面から捉える。


 評議長に指名され、騎士団長は方眉を上げ、暫し考える。

「いや、『カラス』を使うのでしたら、警備隊の他に、我々にも直接協力させてもらえれば、と思いましてな?」

「『騎士団』が直接?」

 この騎士団長の提案に組合長が怪訝な顔をする。

「壁内の警備は我々『警備隊』の管轄ですぞ!」

 「組合」の一団から警備長が声を上げる。


 騎士団長は方眉を上げながら口元だけ笑い、話を続ける。

「そもそも、『カラス』は我々の部隊ですし、『教皇派』が絡んでいる可能性もあるのなら、日頃『外』を相手にしている我々の方が慣れているかと思いますがね?」

 口の周辺に短く蓄えた髭が笑みの形をより目立たせる。


「しかし!」

 警備長のその言葉は組合長の手に遮られた。

「そもそも、調査位しかできない現段階で、何か良い考えでも?」

 組合長は騎士団長の黒い目を見ながら騎士団長の言葉を確認する。


 騎士団長は俯き、目を閉じながら笑う。

「なに、『外』でやっている事を『内』でもやるだけですよ」

 この言葉に商会長の顔がやや歪む。

「『外』でやっている事?」

 組合長は内容を確認する。


「その医師が本当に『賢者』や『教皇派』と関係があるかどうか、より、それが『邪魔』か否か、で考えれば簡単でしょう?」

 騎士団長は笑った顔のまま、組合長を見る。

「もし、『邪魔』なのなら、『証拠』は拵えてしまえばいいのですよ」

「『拵える』?」

 組合長の顔の怪訝さはますます深くなる。

「『カラス』を使うなら、それくらい活用して頂かないと……」

 騎士団長は天井画の方を見ながら応える。


「それに、もう『手』は回してありますよ……」

 その視線の先には、月の女神が鹿狩りの為に矢を射かけていた。

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