第36話 転星少女(リライフガール)

「──っはぁ!」


 クレスを惨殺したシオン。

 残った血だまりの中に、彼女は力尽きたように崩れ落ちた。

 割れそうなくらい痛む頭に、鼻から大量の血が零れる。

 ブラックボックスの酷使は動くことすら出来ない激痛をもたらしていた。


「……カノ」


 思考すらもままならない、朦朧とした意識の中で、シオンは相棒の名を呼ぶ。

 足元の影から、黒き少女が姿を現す。


「……カノ。イリスは?」


 彼女の腕の中には、死に絶えたイリスの姿があった。

 シオンの問いに、カノは静かに首を横に振った。

 彼女がクレスを惨殺するまでにかかった時間は、非常に短かった。

 それでも、イリスを救うことは出来なかった。

 影に潜ったあの時点で、少女の命は尽きていた。

 だというのに、地面に横たえられた彼女の胸の穴から流れ続ける赤い血は止まっていなかった。

 その光景は、とても信じられるようなものではなかった。

 信じたくなかった。

 だが、彼女は動かない。

 血だまりの中心で眠る、人形と見紛うほど美しい少女。

 笑顔で未来を約束した彼女は、血の海の中心で眠り続けたまま、目を覚ますことはなかった。

 シオンは、ゆっくりと彼女に近づき、その動かなくなった亡骸を抱える。

 激痛に朦朧とする意識の中、血の海に漂いながら、しばらく呆然としていた。


「……ねえ、起きて。起きてくれよ、イリス……」


 どれだけ呼びかけようと、イリスから返事はない。

 鼓動も呼吸も、熱も何も感じない。

 ──彼女は死んだのだ。

 もう、その事実は覆せない。


「──カノ。どうしたら、イリスを生き返らせられる……?」


 その事実を受け止めた時、シオンの口から零れたのは、縋るような思いで絞り出されたのは、小さな呟きだった。

 しかし、その小さな声に反して、その願いはあまりにも大きすぎるものだった。


「……普通は無理。どんな生物にも等しく死は存在する。それは変えようのない事実」


 シオンの祈りにも近い疑問を、カノは容赦なく否定する。

 余計な希望を持たせる方が、酷なことだと彼女は考えたのだ。


「それに、仮にできたとしても、死者の蘇生なんて何が起きるか分かったもんじゃない。最悪の場合、この世界が滅ぶことになる。それでも──」


「それでも、やるよ。たとえこの世界が滅んだって、オレは彼女を救いたい……!」


 シオンは、彼女の言うことを理解していた。

 それでも諦めることは出来なかった。

 自分を救ってくれたイリスを。

 笑顔で自分の夢を語ってくれた彼女を。

 明日を、未来を約束した彼女を諦めて、このまま生きるなど、到底受け入れることの出来な話だった。

 それに、元より行く当てのない身。

 不可能を可能にする時間ならいくらでもある。

 その覚悟を感じ取ったのか、カノはため息をつき、呆れたような口調である可能性を口にした。


「はぁ……。そんなに彼女を救いたいなら、始まりの二種族にでも聞いてみるしかないんじゃない。死という理を覆す方法なんて、創世種しか分からないだろうし。それに、どのみち、私達の目的上、どこかでやつらに接触しないといけないんだから」


「始まりの二種族……。霊魔種と精霊種、か」


 カノの言う通り、シオンの当初の目的を達成するためには、全種族と接触する必要があった。

 それが少し早くなっただけの話でしかない。


「……待っててくれ。必ず、君を生き返らせてみせるから」


 世界を敵に回してでもイリスを蘇らせる。

 その覚悟を決めたシオンは、今はもう動かなくなった大事な彼女を強く抱きしめる。


「──行こう」


 しばらくの間、亡骸を抱きしめていたシオンは、覚悟を決め立ち上がる。

 どれだけ果てしない旅であろうと、必ず彼女を生き返らせると。

 彼女と共に、明日を笑顔で迎えるために。

 イリスの亡骸を影で包み、自分の影の中に仕舞い込んだシオンは、彼女の葬具を手にする。

 そして、カノと共に歩き出すのだった。



「──本当に、いるんだろうな?」


「もちろん。僕は、謀は得意ですが、仕事はしっかりとするタイプなんですよ」


 シオンは、栗色の少年と共に、歩いていた。

 飄々とした彼の表情に、若干の警戒心は覚えつつも、彼についていく。

 今の彼女には、それしか手掛かりがなかった。


「さあ、着きましたよ」


 彼に着いていった先にあったのは、バーのような場所だった。

 この世界に、酒類が存在しているのかは分からないが、似たようなものがある可能性は否定できない。

 そう考えると、ここは本当にバーなのかもしれない。


「入りましょうか」


「……ああ」


 店の中に入っていく少年の後を追って、シオンも店の中に入っていく。


「お待たせしてすみません」


 店に入った少年は、店の奥にあるテーブルへと近づいていく。


「──ん? ああ、やっと来たのか。随分と遅かったな」


「用事は終わったんですか?」


 そこにいたのは、二人の美しい男女だった。


「ええ。滞りなく」


「そんなことより、後ろの女は誰だ? 見たことのない洋装だが……」


「用事の途中で出会ったのですが、どうやら精霊種を探しているようだったので、まあいいかなと」


「ちょっ、あなたねえ……!」


「ふん。まあいいだろう。客人が一人増えようが二人増えようが変わりはしねえよ」


 男は、シオンを静かに見つめる。

 その瞳は何を映し出し、何を捉えているのか、彼女には理解できなかった。

 だが、今自分が明らかに値踏みされていることだけが分かった。

 一挙手一投足、言葉の一つまで見られ、測られているのだと。


「だがな──」


 次の瞬間、男はシオン前に手を伸ばし、火球を放っていた。


「俺たちに用があるってんなら、その価値を示してみな。クソガキ」


「し、師匠!? こんな店の中でいきなり何、を……」


 焦る女性だったが、異変に気が付く。

 男の放った火球は、凄まじい威力だった。

 シオンに直撃してなお、その余波は店ごと吹き飛ばす可能性があった。

 だが、その炎も衝撃も、シオンの後ろには一切届いていなかった。

 煙の中から現れたシオンの前には、黒い障壁が現れていた。

 黒壁はばらばらと崩れていく。

 その奥にいたシオンの目には、強い怒りが宿っていた。


「てめえ……せっかく直した制服がまたボロボロになるだろうが!!」


 次の瞬間、彼女の拳が影の壁を砕きながら、男の顔を捉えた。


「ふっ。いいな、お前」


 男は、シオンの目を見据え、楽しそうに笑う。

 その拳は、薄氷の表皮に阻まれていた。


「気に入った。お前、名前は?」


 シオンは、気に入らない態度を示しながら、拳を戻し、口を開く。




「──シオン。『転星少女(リライフガール)』シオン。あんたに聞きたいことがある」




 リラに転性した少女は、始まりの種族と相対す。

 全ては、大切な彼女を蘇らせる方法を知るために。

 そしてこの出会いが、新たなる戦いの始まりとなるのだった。


第一章 始まりは血汐と共に End

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